第20話 真相

『キャーーー!』


 背後から叫び声が聞こえる。それは縦横無尽に音源を移動させる。よく聞くと絶叫はしているものの楽しんでいるのが伺える。俺は今、ジェットコースターの近くにあるベンチに腰をおろしている。急遽、アリスと遊園地にきてデートすることになったけれど、俺がプランを立てて連れてきたわけじゃないから、あれに乗ろう、これをしよう、という綿密な計画はなく、とりあえずベンチに座っている。


 両手にソフトクリームをもってやってくるアリス。

「まさかあなたに奢ってくれと言われるなんてね。どっちがいい?」

 バニラのほうを指差して、受け取る。

 アリスもバニラとチョコのミックスをもって、隣に座る。

「金は親睦会でスッカラカンになったんだよ。ん、うまいな」

「あれは悪かったわよ。ん、おいしいわね」

 俺たちはソフトクリームを食べる。ときおりうしろを通り過ぎる絶叫を聞きながら。

 食べながらアリスは言う。

「親睦会のあのときはね、私が奢るつもりでいたの。だから、テルには払えないような金額にすれば諦めるだろうと思って三人に協力してもらったんだけど……まさか払っちゃったんだから驚きよね。あなた、本当にバカよね」


 楽しそうに嘲りながら、ソフトクリームをまた一口食べるアリス。

 そうか……だからあのとき、みんなたくさん食べていたんだな。


「でもエマ、めっちゃ食べていたよな」

「あれには驚いたわ。今度、賞金の出る店に連れて行ってあげようかしら」

「おまえ賞金いらないだろ」

「賞金じゃなくて――」

「面白いことしたいんだろ。わかっているよ」

「フン、生意気じゃない。テルのくせに」

 ソフトクリームのコーンも食べ終えたところで、俺はアリスに聞いた。

「しかしなんだ。急に、その、デートって」

「ああ、そのことね。それは親睦会の件についてあなたに謝らなければいけないと思っていたから。でもせっかくだから面白いところで謝ろうと思って」


「そ、それだけ?」

「ええ。それに男女が二人でどこかに行くなら、それはデートでしょ?」


 あっ。そういう感覚なのね。

 するとアリスがなにかを察したのかニヤリとこちらを見た。

「あらー? もしかしてなにか期待していたのかしら?」

「うるさい。中身の怪しいカレーパンめ」

「……? それどういう意味よ」

「企業秘密だ。……なあ、遊園地にせっかくきたんだからなにかに乗せてくれよ」

「あら。私に乗り物代を払わせる気マンマンじゃない」

「結局、考えたんだよ。アリスは財閥令嬢でもあるんだって」


「急になによ」

「いやさ、俺はなるべくそういうのを気にせず接しようとしていたけど、結局はそれも偏見なのかもなって思ってさ。いや、世間の常識は知らないよ? まあざっくり言えば、得手不得手と言えばいいのか……」


「個性ってこと?」

「ああ、そんな感じ。アリスは大金を使っても全然気にしないのに俺は三万円で拗ねていたじゃん。気持ちがどうのとかじゃなくて、単純に金に強いという部分をアリスが持っているだけの話で、そこを無理して対等にしなくてもいいかなって。少なくともAB組の中では」


「ややこしいわね……つまり、金を無尽蔵に使えるのは私にしかできない長所の一つで、急にキレてチンピラのバイクを止めようとする面白いことはテルにしかできない長所の一つ、ということよね」

「そう! それが言いたかった!」

 最後の俺の文言は長所と言っていいのかわからないが!


 俺はベンチから立ちあがった。

「とまあ、ざっくり言えばお互いの長所に世話になっているということだ。最後に俺が言いたいのは……観覧車に乗りたいから乗り物代を出してください!」

「男女関係なく奢ってもらおうとするその姿勢……面白いわ! さっそく行きましょう! 走っていきましょう!」

「よっしゃ!」


 こうして俺たちは観覧車を目指して走り出した。


   ・・・・・


「……ゆったりしているわね」

「まあ、観覧車だからな」

 観覧車に乗ってちょうど四分の一を過ぎたところ。

 アリスはむかい側で窓に張り付き、徐々に小さくなっていく人々を眺めながら「人がゴミのようだ」と定番ながらの言葉を口にする。


 ドラマやアニメで異性と二人きりで観覧車に乗るシーンを何度か見たことはあったが、本当にそんなことがあるのかと懐疑的に思いながらも、心のどこかではそんな素敵なシーンに巡り合えたらとも思っていた。まさか今日、こんなあっさりとした形で叶うとは思わなかったけれど、それがアリスだったというのも想像していなかった。


 地上を見下ろすアリスを見ても、取り立ててときめくようなことはなく、実際はこんなもんかと拍子抜けしてしまったが、アリスが楽しそうにしているのであればそれで十分だ。

 アリスは見下ろすのをやめて姿勢を戻す。

「ちょうど二人になったことだし……テルには話すべきことと聞きたいことがあるの」

「なんだよ。あらたまって」


 じっと見つめてくるアリス。……な、なんだよ。


「まずは話すべきことね。じつはAB組は、本当は四人だけだったの」


 AB組が、四人?


「……どういうことだ?」

「私の父は私立聖堂学園の経営者でもあってね。それでAB組というのは、きっと担任から『選りすぐりのアホとバカを集めたクラス』だと聞かされているでしょうけれど……」

「違うのか?」

「ええ。本当は――『私に罰を与えるため』に創設されたクラスなの」

「ば、罰だって?」

「そうよ」

 アリスは話をつづけた。


「AB組が生まれるきっかけは、半年くらい前にした親子喧嘩でね。そのとき私はついブチ切れちゃって、親の持ち株を勝手に売り払っちゃったの。そうしたら、さすがの父もそれには切れちゃって、『おまえの高校生活もすべてふいにしてやる!』って言われて、無理やりAB組というクラスを創設して私をぶちこんだのよ。父もお膝元なら監視しやすいと思ったのでしょうね。思い切り好き勝手やっているけれど」


「……なんか、俺のやってきた親子喧嘩とは規模が違いすぎるな」


 AB組は『私に罰を与えるため』のクラス、か。

 私……アリス、罰…………『A』『B』――。


「そういうことか! だからAB組なのか!」

「そうよ。実際に選りすぐりの変わった生徒も集めたでしょうけど」

 俺は一旦、話を戻す。

「で、なんでAB組は四人だけなんだよ」

「そう、その話だったわね。父は私の高校生活をふいにするために『選りすぐりのアホとバカを集めた』と芝鳥から言伝に聞いているわ。だから新茶、エマくん、鬼ヶ島は学校側が集めた生徒なのよ。実際は、アホとバカを集めたというよりも全国の変わり者を探してきたのだと思うわ。エマくんや鬼ヶ島はそんなことないし…………新茶は本当にアホだったのかもしれないけれど。それで、その中に私も入れて、四人」


 ここにきて新事実ばかりだな…………あれ?


「じゃあ、俺は?」

 腕を組んで首をかしげるアリス。

「そうなの。そこがわからないの。あなた、イレギュラーなのよ。だから気になっていたの。なんでテルがAB組にいるのか。勉強ができないのにどうやって聖学に入れたのか。なにか心当たりはないかしら?」

「勉強ができないは余計だ。事実だけど……でも、そう言われてもなぁー」

 たしかに俺もそこはいまだにわからない。

 なんで俺が聖堂学園に入学できたのか。高校入試ではまともに入れるわけがないから、なにかしたんだろうけど……俺、なにかしたっけ? うーん。

 


 ――鉛筆を持つ手に自然と力が入った。



「…………したな、そういえば。高校入試で」

「何をしたのよ」

「あのー、いやさ、問題が……まったく解けなくて、でもせっかく受験したんだから爪痕くらい残したくて……書きまくった。問題の解けなかった回答欄に。結局はどの教科も解けなくて記号問題以外はほぼソレで埋まったけど」


 アリスは眉間にシワをよせる。

「回答欄に、なんて書いたの?」


「………………『諦めないッ!』って」


 呆気にとられたアリス。

 その瞬間、爆笑していた。

「アッハッハッハハハッ! バカじゃないのッ、あなた! なにが『諦めないッ!』よ! そんなの書いている時点で、もう諦めて、じゃないのッ……! ヒィー……おかしい……!」

「そこまで笑うかね」

「笑うわよぉ! ……フゥ……いやー、でもやっと謎が解けたわ! テル、あなたは高校入試に現れた“生え抜きのバカ”だったから、勉強ができなくてもAB組の生徒として聖学に入学できたのね! はー、やっぱり私が見込んだだけのことはあるわね、テル!」

「そりゃどうも」

 アリスは指で目尻に溜まった笑い涙を拭うと、また疑問に思ったのか、たずねてきた。

「でもそれくらい勉強ができなかったのに、なんで聖学を受けようと思ったのよ」

「その話もか。じつは一時期、親父の会社がなんかヤバいことになったらしくてな。詳しくは知らないんだけど、だったら長男としてほとんど金のかからない高校に行かなきゃと思って調べて出てきたのが聖学だったんだよ」

「そうだったの。……なんかくだらない理由だと思っていたわ。ごめんなさい」

「まあ、『諦めないッ!』って書いてりゃ、そう思うわな」

「プフっ!」

「笑うんじゃない」

 聖学はアリスの財閥が経営していたのか。道理で学費免除などの支援が手厚いわけだ。

「あっ、ほかにも思い出したぞ。たしか親父……『三百億円以上の株を一気に売られてヤバいことになった』とか言って……」


 俺はアリスを見た。

 ちょうどアリスも俺を見ていた。


「……株、いくら売ったの?」

「だいたい三億」

 うーん……さすがに違うかぁ……。

 するとアリスはクスクスと笑って付けくわえた。


「ドル」

「おまえのせいじゃねえかぁッ!?」

「アッハハハハハッ!」


 アリスの笑いは止まらなかった。

 そんなに楽しそうに笑われるとこっちも説教する気が失せるぜ。本当、こいつの笑顔は素敵だよ。素直にそう感じさせられる。浮きあがった腰をおろし、俺は背もたれに身体を預ける。


「ったく、全部おまえが原因かよ」

「アハハッ……ふぅ。いやあ、運命ってあるものね。テル、あなたは三百億円で動く男よ!」

「確実にバカにされているだろうけれど聞こえはいいから黙っておく」

「よっ! 三百億円で『諦めないッ!』を書く男!」

「ああ!? うるせえ!? もうこのゴンドラ一回転させてやるからな!?」

「ハッ! この私がそんなことでビビるとでも? なんなら加勢してやるわよ!」

「うおらぁッ!!」

「セイヤァっ!!」


 こうして観覧車の頂上につくころには、俺たちのゴンドラは見事に一回転していた。まるで小学生の手提げ袋の中に入っているかのような気分を味わいながら、なにかとんでもないことをやってのけたような気がして、二人で笑いあった。地上に戻ると目の前に遊園地の責任者が立っていた。



「君たち、出禁だから」

 だよねー。

 それを聞いてもアリスは、魅力的な笑顔を振りまいた。

 

 二人きりではじめての、観覧車のゴンドラを一回転させた、楽しいデートだった。

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