第19話 青春
月曜日、今日も私立聖堂学園へとむかう。
以前までなら、同じ道を歩く聖学の生徒たちとは違うんだ、と思っていたが、今では聖学の生徒であるという自覚が芽生えていた。それは彼女らと、AB組の生徒と関わったからなのかもしれない。
アリスは暴力的でやるときはやるバカだけど、忌憚のない意見を言えてリーダー的存在。
新茶は言動が予想できないほどアホだけど、斜め上を行く発想やポジティブさがある。
エマは内気でおどおどしているけれど、きちんと人と接する優しさをもっている。
鬼ヶ島は寡黙で威圧的だけど、ジョークも言えるし心身ともに強くて頼りになる。
世の中は二面性だ。
どちらかだけを見るか、どちらも見て考えるか。
聖堂学園もそういうことだと思う。有名私立進学校という大きな一面の、その裏面には俺たちのような人間がいたっておかしくない。それでこそ人の世界だ。
今は、不安に思って俯いて歩くこともなくなった。
聖学の生徒である俺は、同じように聖学の通学路を歩く。
ただ前と変わったことはある。
――もしかして、あれが噂のAB組か?
――そう、街中で警察に喧嘩を売ったらしいよ?
――私はバイクを素手で止めたって聞いたけど?
表の面で過ごす生徒たちに、AB組の存在が知られてしまったということ。
そこまでAB組が気になるのなら先生にでも聞いてくれ。
俺は校門をまたぐと、彼らとは違う方向を歩んだ。
・・・・・・
AB組の扉を開ける、生徒が一人。彼女は真ん中の席に座っていた。
「おはよう、テル」
「おはよう、アリス。あとそこは俺の席なんだけど」
「わかっているわよ。人をボケ老人扱いしないでくれるかしら」
「そこまで言ってないから。あとボケ老人って……お年寄りには親切にな」
「そんなことわかっているわよ」
しかしアリスは一向に席をどく気配はない。なら俺も同じように座るか。
「ふぅ」
「そこは私の席よ、もうボケ老人になったのね。でも大丈夫、親切にしてあげるわ」
「まだなっちゃいねえよ」
俺たちは静かに座っている。互いに相手の席で。
アリスが教室にいてこれだけ静かなのも珍しい。もうすぐホームルームが始まる時間なんだけど、いやまあ、ホームルームといってもやることは梶原が出欠確認を行うだけでたいしたものじゃないが、普通ならほかのみんなもきている時間だ。
「彼らならこないわよ」
「え? え、なんで」
「私が休むようにお願いしたから」
「それまたどうして?」
「デートをしましょう」
「…………それはボケなのか?」
「だったら親切にしなさい。さあ行くわよ」
「あ、ちょ、ちょっとまって! このままいくの!?」
「そうよ」
「梶原はどうすんだよ!?」
「……それもそうね」
そう言うとアリスは黒板にチョークで『高峰と木町はデートに行ってきます』と書き置きを残す。いやいや! これ、俺が恥ずかしいよ!
「さ、行きましょう!」
「おい! 腕を引っ張るなって!」
半ば強引に引っ張られて廊下に出ると梶原と鉢合わせする。
「おい、どこに行くんだ?」
アリスは言った。
「遊園地です」
マジでデートすんのか!?
「そうか、気を付けてな」
いやおまえも教師として止めろよ!
こうしてアリスに連れられて、校門の前に停車していたリムジンに乗せられた。
近くにいた生徒たちが俺たちの顔を見ながら、またザワザワしている。
……マジで遊園地に行くのか。しかも、デ、デート……。
きっと鏡が目の前にあったら、俺の頬や耳先は赤く火照っていたことだろう。
自分のそんな一面は見たくもない。
―――――
梶原は教室に入り、黒板を見つめる。
「青春だねえ……。じゃあ今日は学級閉鎖して、俺も大人の遊園地に行ってきますか!」
こうしてニ度目の『学級閉鎖』が行われた。
その後、『学級閉鎖』は梶原のお家芸となり、『教師だけ学級閉鎖』、『映画の余韻があるから学級閉鎖』、『サイコロの目で一が出たので学級閉鎖』など、様々な『学級閉鎖』を繰り出すようになるが、それはまだ先の話である。
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