第18話 親睦会 その3

「どうせ話し合っても時間がかかりそうだし、ここはジャンケンで勝った人が決めよう」

「いいわね。それ」

「……賛成だ」

「ぼ、僕も!」

「………………オレも」

 新茶、早くテンションを戻してくれ。

「それじゃあいくわよ! 最初はグー! ジャンケン――」


―――――


 土曜日なので店内は混んでいる様子だったが、早めに入店したおかげでなんとか俺たちはテーブル席に座れた。隣ではレールの上に寿司が乗って流れている。


「……まさか回転寿司とはね」

 不服そうなアリス。

「文句はなしだぞ。ジャンケンで勝った鬼ヶ島が決めたことなんだからな」

「でも私、寿司は食べ飽きているんだもの。回らないほうで」

 かぁー、嫌味な女ばい。

 しかしそれを聞いた鬼ヶ島が珍しく反論する。

「……あなどるな、アリス。ここには、回らない店にはできないサービスもある」

「ほう……言ってくれるじゃない」


 なぜかよくわからないところで火花を散らす二人。

 それとはべつにレール側に座る新茶とエマは回転する寿司を見て、まるで子供のようにソワソワしている。


「玉子いっぱい回ってるぜ」

「玉子いっぱい回ってるね」

 こっちはいたって平和だな。


「しゃべっていてもあれだ、もう食べようぜ。あと代金は別々ってことで」

「いいわよテル。私が持つわ。さあ、好きなだけ食べなさい!」

「やったぜ! サン――」

 俺ははしゃぐ新茶を制止した。

「それはダメだぞ新茶。……アリス、奢ってくれるのは嬉しいけどな、いや、おまえにとってはささいな金額かもしれないが、俺たちは一応同級生だ。いつもおまえに奢ってもらうわけにはいかない」

「えー!?」

「えー、じゃありません!」


 新茶に軽く説教すると、アリスは意外そうに俺を見てきた。

「へえ……庶民にお金について諭されるなんてね。でも奢ることについては本当に好意だったのだけれど……今日はやめておくわ。じゃあ今日はテルの奢りってことで!」

「いや、それはちょっと」


 アリスは調子を上げる。

「よーしみんな! 今日はテルの奢りだからジャンジャン食べなさい!」

「やったぜ! ありがとうな親友!」

「……ゴチです」

「さあ、食べるわよ!」


 アリスと新茶と鬼ヶ島は容赦なく寿司の皿をテーブルに置いていく。


 エマが心配そうに見てきた。

「ぼ、僕の分は自分で払うからね!」

「……大丈夫だよ。遠慮しないで食べてくれ」


 俺は財布の中身を確認した。とても心もとない。


「ちょっと外の空気吸ってくる」

 そう言って俺は店を出ると、コンビニのATMへ駆けこんだ。


   ・・・・・


『ご利用ありがとうございましたー』


 まったく、あいつらも容赦ないな。

 入学祝があったから余裕があるけど、まだ働いてもいない高校生に四人分奢らせるかね。

 ……まあ、そういう気持ちもあってアリスの奢りを断ったんだけど。

 

 金持ちとはいえアリスも同じ高校生で、この前のラーメン屋ではチャーハンのお土産も持たせてもらっているし、あんまりアリスに頼っていると、なんかクラスメイトとしての関係性が歪になっていきそうな気がするんだよな。いや、元々歪ではあるが。……だが、次は絶対に奢ってもらう。


 現金をおろし終えた俺は店へと戻った。


 

「くそっ! この私が、負けるわけには、いかないのよ……!」

「うおおおおお! まだだ! まだまだ、いけ……やっぱ、むりだ」

「………………やるな……エマッ!」

 ――ぱくぱくぱくぱく、ごっくん。ぱくぱくぱくぱく、ごっくん。



 席へ戻ると大量の皿が積まれていた。ざっと見ても百皿以上は越えている。


「え? ナニナニナニナニ? この皿の数? え? ヤダ」

 思わず拒否反応が出た。


 だって回転寿司って、お皿の数で値段が決まるんだよ? 単純に一皿百円と考えても最低でも一万円以上になる計算じゃん? で、今日の支払いは俺じゃん? 俺まだ一口も食べてないじゃん? なんだかとっても悲しいじゃん?


「アリス……こ、これどういう状況?」

「今、エマくんが六十皿でトップなの」

「人が奢るときに大食い競争してんじゃねえよ!?」

 ていうか、エマそんなに食べるのか!?

「仕方ないじゃない。人って数を並べられると競い合いたくなるものなのよ」

「それは営業部署に就職したときにやってくれるか!?」

 俺たちの会話をよそにエマと鬼ヶ島がヒートアップしていた。


 しかし鬼ヶ島の手が止まる。

「……………エマ」

「ふ? はひ?」

 鬼ヶ島は湯呑みをすする。

「……俺の負けだ」

「ングングッ……。やった! 鬼ヶ島くんに勝った!」

 エマは嬉しそうに小さくガッツポーズする。可愛いよ? 可愛いけども、今は皿の数を数えるのが最優先だ。

「勝者はエマくん! 驚いたわ、エマくんにこんな特技があったなんて」

 ……三十……四十……。

「すげーな! エマ! 大食いチャンピオンになれるぜ!」

 …………七十……八十…………。

「……俺の圧勝だと、思っていた」

 ………………一一〇…………一二〇………………。

「えへへ、おいしかった」

 ……………………………………………………………………一七三皿。


 財布の中を確かめる。


 …………よかった。多めにおろしておいて。


「どうよテル、この量は! さすがにあなたじゃ支払え――」

「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 俺はレーンに流れてくる皿を手あたり次第テーブルに引き寄せ、ネタも味もわからずにがっついた。かつてないほどに獣のように食べた。箸なんか使うかボケ。

 四人は俺を見て引いているが、知ったことじゃない。


 ――カチャリッ!!


 最後に食べた皿を、山になっている皿に積み重ねる。

「これでぴったし……二〇〇皿だ。スッキリした。ほら、会計だ」

 俺は財布にあった三万円をテーブルに叩きつけ、店を出た。


   ・・・・・


 黙って街を歩くAB組。

 

 空気は重いが、俺にも怒りたいときはある。

 思いやったのにそれを無下にされた。その感情を『空気が悪い』だとか『友達だから』とかで簡単には消したくはなかった。


「ちょっとテル! 待ちなさいよ」

「なんだよ」

「お金なら返すから機嫌を治しなさいよ!」

「金を渡せばすべてが元通りか? 気にするなよ。奢ってやったんだから」

「…………それは」

「もう親睦会はいいだろ? 帰る」

 なにが親睦会だよ。やっぱり来るんじゃなかったぜ。

 もうすぐ駅前に到着する。

「ちょ、ちょっと! テル!」


「だ、だれかぁ! ひったくりぃー!」


 悲鳴が聞こえた。

 そっちへ目をやるとお年寄りのバッグが二人乗りのバイクに奪われたところだった。

 しかもあれは駅で逃がしたチンピラ二人組。そのバイクがこちらに走ってくる。


 クソが、どいつもこいつも勝手なヤツばかりだ……。むかつくぜ。 

 …………そもそも俺がこんなに支払うハメになったのは、天使のように可愛いエマが想像以上に寿司をたくさん食べちゃったからで、それは鬼ヶ島がジャンケンに勝って回転寿司に決まったから起きたわけであって、そうなった原因はアリスがなにも考えてなかったからだけど、それは新茶が警察に事情聴取されなければ考えられたはずで、事情聴取された原因はエマを助けたからで、そのエマにちょっかいをかけてきたのは…………………………。


「全部テメエらのせいかぁああッ!! ド腐れのぉチンピラがぁああああッ!!」


 チンピラどものバイクがこっちにきやがる。

「エマ! 身体借りるぞ!」

「ひゃぁっ!?」

 すぐ隣にいたエマを道路沿いまで寄せて、その上着を一気に捲りあげた。

 ふわりといい香りが漂う。露になる素肌は日光に照らされて繊細に輝き、そのくびれのラインは男女問わず通行人を魅了する。それは遠くからむかってきているバイクの速度を落とさせるには十分な悩殺力となった。


 その隙に道路へ飛び出し、バイクの進路を身体でふさぐ。


「ちょ、テルやめなさい!」

「うるせえッ! 面白いところ見せてやるよぉ!」

「あんたバカなの!?」

 だからAB組にいるんだろ。

 だが、道路に出たの俺だけではなかった。

「……俺も、参加だ」

「バカだな! 鬼ヶ島も!」

「お互い様、だな……」


 突っ込んでくるチンピラのバイク。運転手が叫ぶ。


「どけよお前らああああ!」


――バゴンッ!


バイクと激突する。5メートルは後退させられた。

「大丈夫か、テル」

「……頭の悪さ以外はな……つう、いってぇ」

 でも鬼ヶ島がいなければ10メートルはじき飛ばされていただろう。


 バイクに乗っている二人も驚きを隠せていなかった。人間二人に止められるとは思いもしなかったはずだ。


「ど、どけよっ! はなせ、この――」

「よく止めたわ! 二人とも!」

 チンピラどもに飛んできたのはアリス。かますドロップキック。バイクに乗った二人は蹴り落とされ、その手からはなれたバッグを俺は拾いあげると新茶に投げ渡した。

「頼んだぞ!」

「まかせろ親友!」

 新茶はしっかりと肩にかける。


 チンピラAとチンピラBは立ちあがり逃げようとするが、俺の拳にはまだ支払いの怒りがたんまりと宿っていた。

「逃げんじゃねえぞぉッ! 暴力賛成ぇッ!」


 怒りに任せた拳をぶち込みチンピラAは倒れるが、それでも立ちあがりバイクで逃げようとする。その目の前で鬼ヶ島がバイクを掴みあげ、ボディスラムをかけてぶっ潰した。

 

 大迫力のパワー。絶望するチンピラAの表情。

 つづいてチンピラBのほうは。

「よっしゃあッ! フンッ!」

「オギョっ……!?」

 アリスがボディーブローを決めたあと、一本背負いでアスファルトに叩きつけていた。あれはただただヤバイ。本当に加減を知らないな、まあいいか。チンピラだし。

 

 チンピラAB組は、一年AB組の前に敗れたのだ。


 俺たち三人は互いに視線を合わせ、無言でグータッチする。

 途端、鬼ヶ島の顔が険しくなった。

 

 ――オロロロロロロロロロロロッ。

 

 鬼ヶ島の口から、さっき食べた大量の寿司が、ちらし寿司になって出てきた。


「最っ低ッ、鬼ヶ島! せっかく綺麗に決まったのに!」

「…………腹、減ったな」

「やべ……俺まで気持ち悪くなってきた」

 そこへちょうど警察官たちがやってくる。奇跡的にも朝にあった警察官だ。

「またお前らか……」

 そこへ遠くから駆けよってくるお年寄りが息を切らしながら叫ぶ。

「それぇ~! わたしのバァッグ~ひったくられたの~!」

 お年寄りの指さす先は、もちろん新茶がかけているバッグ。

「ん? これかー?」

 怪訝な顔をする警察官。

「……さすがに我々も学習する」

 そりゃそうだよな。


「おい。あそこのチンピラ二人を捕まえてこい。俺はここで彼を見張っておく」

 まだちょっと疑っているじゃねえか。


「さ、三人とも大丈夫だった!?」

 エマが心配そうに駆けよってきた。

「平気よ!」

「……問題ない」

「ああ、スッキリした」

 それを聞いてホッとしたのかエマは少し目尻を潤ませた。

「よかったぁ……みんな、無理したらだめだよぉ……」

 その気の抜けた笑みに、俺たちは言わずもがなキュンとした。

「ごめんなさいね、エマくん……心配かけちゃって」

「俺もごめんよ、エマ。あとさっきまで変な空気を作っちゃってごめん」

 今度はエマもパッと笑顔を咲かす。

「ううん。僕たちもふざけすぎちゃったから。こちらこそごめんねテルくん」

 ああ、癒された……間違えた、許された。

 すると鬼ヶ島がボソリと呟く。


「…………………………『男の娘』か……」


「おまえそれ言うキャラじゃないよね!?」

 新茶が叫んだ。

「だからオレはハンニンじゃないって!」


 ああもう! 今日はややこしい日だなぁ!

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