第17話 親睦会 その2
駅構内では、たくさんの人が行き交っている。
土曜日にもかかわらず足繁く会社へむかうサラリーマン。
背伸びしたお洒落で友達としゃべる女子中学生。
駅の隅でスマホをいじってだれかを待つ若者たち。
手を挙げて相手に気付いてもらって嬉しそうな老人。
そして俺も、その中の一人。
駅前に十時集合ということで早めに駅に到着し、改札口を抜けて駅前に出ると、AB組の一人がすでに待っていた。
壁を背にして静かに立つ彼は、派手さのないパーカーにジーンズといったカジュアルな格好ではあるが、その上質な容姿のせいかボーイッシュな女の子にも見てとれるし、それを証明するように目の前を通り過ぎる男性たちはチラチラと彼を横目で見ている。もちろんお洒落な格好した大人の女性陣でさえ、彼に目を奪われていた。
そんな彼に声をかける。
「おはよう。エマ」
「あっ! おはようテルくん!」
エマは嬉しそうに笑顔をほころばせる。
彼の周囲が一瞬で煌びやかになり、いやまあ、実際には俺の脳がそういう演出を見せているだけなんだけど、逆に周囲にいた人間からは嫉妬心のこもった視線をむけられる。
優越感ハンパねえー!
おうおう、むけろむけろ。そんなものはエマの笑顔の前では無に等しいぜ。まあ、そんなことはいいとして。
「随分早いな。俺も集合時間よりも結構早めにきたんだけど、今日はエマに負けたよ」
「えへへ。やったね」
はい。可愛い。
AB組で過ごしてみて、わかったことがある。
あのクラスのなかで一番まともなのは間違いなくエマだということだ。とくに話し相手としてはAB組の中ではヤマタノオロチレベルで頭が抜けている。
新茶との会話では、いつも大外刈りの掛け合いのような会話内容になる。
鬼ヶ島との会話では、多く喋らないが発せばキレのある冗談ばかりで体力を使う。
アリスとの会話では、いつ地雷を踏むかわからないので気が抜けない。
梶原は、クズだ。
その点、エマは心も見た目も綺麗でなによりもリラックスして会話を楽しめる。
はじめはオドオドしていたエマも次第に心を開いてくれて、今では天使の羽のような柔らかな笑みを俺に見せてくれる。どれほど幸せなことか。AB組にいながら精神に支障をきたすことなく生活できているのはまさにエマがいるおかげと言っても過言ではない。
集合時間まで、まだ十五分もある。
二人でただ立っているのもあれだから、この際だ。AB組についてでも聞いてみるか。
「エマってさ、AB組のことをどう思う?」
「AB組のこと?」
「そう。なんていうかAB組って頭の……個性の強い生徒がいたり、変わった教師がいたり、授業が全部道徳だったり、なんかメチャクチャだろ? だからさ、そこらへんをエマはどう思っているかなーってさ」
「そうだねぇ……」
首をかしげて考えこむエマの髪がそよ風に吹かれ、さらりと揺れる。美しい。エマは考えをまとめ終えると話してくれた。
「まだ少ししか経っていないけれど、僕はそういうところも含めてAB組が好きだよ」
「そうなのか?」
「うん!」
エマの笑みに嘘はない。
「AB組のみんなは一人一人がとても個性的で、そんな人たちに囲まれて僕は毎日がとても楽しいな。だから僕はAB組が好き。テルくんもそう思うでしょ?」
「うん。思う思う」
すまない。そこまで思っていない。
けれどエマの好きを無下にしたくないという気持ちが本音を飲み込ませた。
「そっか、嬉しいなー。テルくんと同じだなんて」
ニコニコしながら身体を若干メトロノームのように揺らすエマを見て、なんだか胃が痛くなってきた。どうやら本音が消化不良を起こしたようだ。
……それにしても。
エマとこういうシチュエーションで会話をしていると、まるで女の子とデートしているような気分になる。エマが男の子だとわかっているにもかかわらず、だ。世の中には『男の娘』という女子のような男子に興奮するジャンルがあることをSNSで知ったけれど、そのときは「なんじゃそりゃ」と思っていた。でもエマを前にしたら、たしかにそのジャンルの存在理由がわからなくもない。かといって、足を踏み入れるつもりもない。多分。
もうすぐ集合時間になるが、まだ三人はこない。
――ぐうううう。
不意に腹が鳴った。朝ご飯を食べてきたはずなのにもう腹がへるとは。思春期の腹はじつに贅沢だ。
するとエマが小さくと笑う。
「ふふ、テルくん。すごいお腹の音が鳴ったね。朝は食べなかったの?」
「いや食べたんだがな。成長期ってのはすごいな」
「ふふっ」
――くぅぅ~。
今度は俺の腹ではない。それにゴマアザラシが鳴いたような可愛らしい音だった。
鳴ったほうへ視線をやると、エマが耳の先まで真っ赤に火照っていた。
――拝啓、母上。
カワイイは正義です。
腹の音まで可愛いなんて……神はオーダーメイドがすぎるぞ。
エマは恥ずかしがりながらも頑張って声を絞り出す。
「せ、成長期は……すごいね……」
…………なぜだかいけない言葉を言わせているような気分に陥った。
卑猥な表現などなにもないはずなのに。なぜだろう。正体不明の薄汚れた感情から目を背けるようにエマから視線をそらす。
「お、俺、ちょっとコンビニ行ってくるよ! なにか食べたいものある!? 奢るよ!」
「え、そんないいよ! 僕もいくよ!」
「いいって。いいって。それにだれかがここで待ってないとほかのみんなも困るだろ?」
「そ、そうだけど、悪いよ……」
「いいからいいから。ここは男の俺にバッと払わせてよ」
「ぼ、僕も男だよ?」
「あははは。…………そうだったな」
さっきまでは『まるで女の子とデートしているような気分』だった。
今のは確実に『女の子とデート』していたな。気分という偽りを超越していた。そうか、これが『男の娘』の力か。それとも、単にエマの魅力が末恐ろしいだけなのか。雑念を振り払い、話を戻す。
「とにかく奢られてくれよ。最近、父親から入学祝をもらったから余裕あるんだ」
会社が立ち直ったのか、「遅くなってすまなかった」と父親から金一封をもらった。金はもらうに越したことはない。そしてこの際に、使わせてもらおう。
「それじゃあ……お言葉に甘えて」
「なにがいい?」
「えっと、テルくんにまかせるよ。……ありがとうね!」
「オッケー!」
そしてコンビニへむかった。
――五分後。
「おまたせエマ……ってうおああっ!? どういうこと!?」
コンビニ袋を片手に戻ると、怯えるエマの前には鬼ヶ島と、その両手には頭を掴まれ持ちあげられている二人のチンピラがいた。チンピラたちは「ぐぎゃああああああっ!?」ともがきながら鬼ヶ島の手を引き剥がそうとしているが、鬼ヶ島はうんともすんとも言わない。
鬼ヶ島がこっちに気付く。
「よう、テル……集合時間には、間に合ったぞ」
「いやそれどころじゃないよな!? どういう状況!?」
すると警察官たちがやってきた。
「何をしている!」
鬼ヶ島は仕方なくチンピラたちをぶん投げて解放する。チンピラ二人は一目散に逃げていくが警察官たちはチンピラを追うよりも目の前にいる強面免許皆伝の鬼ヶ島にターゲットを絞っていた。
「君たち、ここで何をしていたのか説明してくれるか!」
と、このタイミングで新茶が合流。
「よう、またせたな! いやー、鬼ヶ島が昨日言っていたとおりだったぜー。自分の体に合う一本を見つけてさ、さっそくそれで打ちまくったらガンガンに飛んでよー。これがハイになるってヤツか? チョー気持ちよかったわー、今もまだその余韻が残っているくらいだぜ。またいい情報が入ったら教えてくれよなーって……あら? なんか警察官のコスプレしているヤツがたくさんいるなー。まあいいか、ハハハ!」
警察官たちの鋭い視線が、今度は新茶にむけられる。
「あいつ、今なんて?」
「体に合う一本とか、打つとか、飛ぶとか……」
「どうします?」
ヒソヒソと話し合う警察官たち。ややこしくなってきたぞ。
新茶もこのタイミングで絶妙な言い回しをするんじゃねえ。ただの野球の話だろ。
ここは話をややこしくさせないために俺が説明しないと。
「あの違うんですよ、彼は――」
「よう、あんたら。なかなかいいコスプレしてんなー。この銃とかめっちゃリアルじゃん」
「!? さわるな! 取り押さえろ!」
「うわっ!? な、なんだやめろ!? だれか警察をよんでくれ!」
「何を言っている! 我々がその警察だ!」
俺は慌てて「すみません彼はアホなんです!」と弁明したがまったく聞き入れてもらえないまま、今度は駅前のターミナルにでっかい白のリムジンが停車し、そこからアリスが現れる。
「どうよ! この古典的な財閥らしい登場の仕方は! 面白いでしょう!?」
ああもう、ややこしいな!
・・・・・
「ホント、バカじゃないの!?」
ぷりぷりと怒りながら歩くアリス。
それに申し訳なさそうについていく俺たち。
俺たちは交番に連れていかれそうになったものの、リムジンの運転手だった芝鳥さんがうまいこと話してくれたおかげで無事に解放された。アリスは自分の登場シーンを台無しにされたこともあってか怒りをぶつけるように怒鳴ってくる。
「まずエマくんがチンピラに絡まれて鬼ヶ島がそれを助けたのはいいわよ! でもなんで鬼ヶ島が警察に囲まれているのよ! あんたはもうすこし犯罪的な風貌をどうにかしなさい!」
「……判断を間違えた、警察が悪い」
「……そうだけれど正論で返されるとムカつくわね。それに新茶!」
「なんだ?」
「ほぼあんたのせいよ! なんで薬物常習者なんかに間違われるのよ、このバカ!」
新茶は鬼ヶ島に視線を送った。鬼ヶ島はそれに頷く。
「……ハンダンをまちがえた、警察がわるいぜ」
「マネしてんじゃないわよ! そもそもあんたがおかしな言動しなければそこまで時間も取られなかったのよ! 反省しなさいこのバカ!」
俺は落ち着かせるために割って入る。
「まあまあ、落ち着いて」
「うるさいわね! あんたもその場にいたんだから弁明しなさいよ!」
「いや、判断を間違えた――」
「もう聞き飽きたわよ!」
するとエマが申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい、アリスさん。僕が、ちゃんとしていなかったから……」
「!? ……そんなことないわよ、エマくん。これは判断を間違えた警察が悪いわ」
新茶と鬼ヶ島がウンウンと頷く。
なんだこれ。
「で、アリスよ。これからどうするんだ。俺たちは親睦会の内容は聞かされていないけど」
「なにも考えていないわ」
「え? 親睦会やるんじゃないの?」
「そうよ。だからみんなが集まったときのフィーリングで親睦会の内容を瞬時に決めようと思っていたけれど、ひと悶着起きたせいでそのことをすっかり忘れていたわ。だからなにも考えていないの」
「そんな行き当たりばったりな……昨日のうちに決めておけばよかったじゃないか」
「わかりきった未来なんてつまらないじゃない」
「ええ……」
そうこうしながら適当に歩いていると、ちょうどよく公園が見えたので俺たちはそこで一旦落ち着く。
「さあ、この場を借りて何をやるか案を出し合いましょう! まずは順番に鬼ヶ島から」
「…………鬼ごっこ」
「か、かくれんぼ?」
「じゃあ缶蹴りで」
「オレはブランコがいいぜ」
「あなたたち小学生なの!? もっと高学年な発想をしなさいよ!」
そう言われても……AB組だしな。
アリスはやれやれと言わんばかりに首を振ってため息をついた。
「しかたないわね、それじゃあこの私が素晴らしい案を今思いついたから発表してあげる。それはね……って、あら? 新茶はどこにいったのよ」
「先に言っておくけど、俺は公園に着いたあたりから予想がついていたぞ」
そう伝えて新茶のいるほうを指さした。
新茶は、これでもかと言わんばかりにブランコをこいでいた。そしていつのまにか鬼ヶ島も近くのベンチに腰をおろして、すでに寝ている。
無言で睨んでくるアリス。
「いやいや。俺とエマはどこにも行ってないから八つ当たりはやめてよ」
「もう! なんでこうもまとまらないの!」
「お、落ち着いて、アリスさん!」
怒りに任せて地団駄するお嬢様がそこにいた。
――がうるるるるるるるるうぅぅっ。
激しく、お腹が鳴った。というか、獣の咆哮。
鳴ったのは俺の近くだ。新茶、鬼ヶ島は近くにいない。
そして俺ではないし、エマの腹の音はゴマアザラシだ。こんな野獣ではない。
アリスのほうを見る。
彼女は真剣な表情で、しかし俺とは目を合わせず言い放つ。
「テル。あなたの成長期はすごいわね」
「アリス、お腹なったでしょ。なすりつけないでくれる?」
その発言に、慌てて制止するエマ。
「ちょ、ちょっとダメだよテルくん! 女の子にそういうことを指摘したら!」
「そうだな。でもだれの腹が鳴ったのかはエマもわかっているんだな」
「あっ……!?」
さすがのアリスもこのときばかりは、ボッと音が鳴りそうなくらいに顔を赤くさせた。すると新茶がブランコをこぎながら笑った。
「あははは、タカミネアリス! 随分とでかい腹が鳴ったな! オレのおならの音よりもでかかったぞ! まったく食い意地の張ったヤツめ!」
おまえ……平気で地雷を踏み抜くよな。
まもなく新茶は、ダッシュしてむかっていったアリスにぶん殴られ…………おいおい、ブランコが一周回ったぞ。
新茶を引きずりながら戻ってくるアリス。
その光景に若干ながら怯えるエマ。鬼ヶ島も戻ってきていた。
「そろそろお昼も近いから、食事処に行きましょう」
「………………うん」
さっきまで全力でブランコを漕いでいたとは思えないローテンションだな、新茶。
「それでみんな、どこへ行こうかしら?」
俺は提案する。
「どうせ話し合っても時間がかかりそうだし、ここはジャンケンで勝った人が決めよう」
「いいわね。それ」
「……賛成だ」
「ぼ、僕も!」
「………………オレも」
新茶、早くテンションを戻してくれ。
「それじゃあいくわよ! 最初はグー! ジャンケン――」
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