第14話 動画配信者

 今日は早く起きたので、せっかくだから気分転換に早く登校した。


 学校のグラウンドではサッカー部が朝練をしていたが、それらを見ても以前のように、彼らとはべつの学校に通っていると思うことは少なくなった。


 不思議なものだ。

 最初は不安ばかりだった高校生活も今ではこうして馴染んでいる。そんなことを思いながらいつものように小奇麗な校舎を通り過ぎていき、雑木林の中にある校舎へむかった。


 校舎に入り下駄箱を見ると、まだ誰の靴もなかった。

 まだ七時半だから当然か。


 俺は教室に入ろうとするが、そこでふと気になるものを見つけた。

 一番奥の教室の札だ。

 玄関から一番近い教室がAB組で、残りの奥三つは空き教室となっているはずだが、一番奥の教室の札には『職員室』と書かれていた。


 いつの間にあんな札が。ここにくる職員なんて梶原だけなのに。

 どうにも気になって一番奥の教室――職員室をのぞいてみる。


 職員室の扉の窓ガラスはカーテンで目隠しされているが、扉の奥からかすかにBGMが漏れていた。俺はそろりと扉を少し開ける。




「ハイ! バンバンババンBANG! どもー! 梶キンマグロでぇーす!」


 ――梶原が、動画配信をしていた。


 普段とは違う声色で、髪も整え、ノートパソコンにむかって話しかけていた。


 あーいかん。情報量が多すぎる。

 まずは仮にも道徳を説く教師が、ネットリテラシーも忘れて学校の職員室で動画配信をしてんじゃねえよ。そしてなんだ、その『バンバンババン』て。両手を銃の形にして顔の横で振って。ダサすぎるだろ。中年のおっさんがやっていい動きじゃねえ。あと『梶キンマグロ』という名前も微妙に二流感が否めない。


 それにまだある。ここは職員室のはずなのに、日光を遮断しているカーテンは見るからに肌触りが良さそうで、テレビやソファ、絨毯も敷いてあれば冷蔵庫もある、なんならお洒落なインテリアも。一言でいうならアーティスト気取りが好みそうな一室に様変わりしている。


 こいつ、まさか……動画配信のために教室をリフォームしやがったのか!?


 もちろん教室をリフォームしたのは大問題だが、一番の問題は、万年敗北者のような梶原にこの空間がひどく似合っていないということだった。

「………………やべえな」


 でも面白そうだから、しばらく観察してみるか。


 梶原はノートパソコンのカメラにむけて語りだす。

「えー今日はですね、今まで配信してきた『○○やってみた』シリーズの視聴回数ランキングトップ5を発表したいと、思いまぁーす! パチパチパチ」


 あー、『○○やってみた』シリーズか。

 動画配信の定番だけど、面白い企画はほかの動画配信者もこぞってやりだすから目新しさがないんだよなー。……でも、そんな定番を梶原もやっていることに正直ガッカリだ。なんだかんだいっても俺は梶原のことを、クズだけどほかとは違う人間性を心のどこかでは認めていたのかもしれない。


 俺は残念に思いながらも息を潜め、耳を傾ける。


「まずは第5位、『一週間飲まず食わずのあとにポテチを一口食べてみた』!」


 おいおい、キレッキレだな!? やっぱりあの梶原だ!


「あれはー普通に死ぬかと思ったわ。でも、あのときのポテチの味は絶対に忘れないね。もう皿に大きなポテチが一枚のっているのを見ただけで口内では唾液が湧き水のように出てきて、あーそうそう手も震えていたな! で、口に含んだ瞬間よ。ギリギリの空腹状態のせいか味覚が鋭利になりすぎちゃって、なんていうか、舌にポテチがそのまま染み込む感じで、噛みしめたらポテチの破砕音が『骨伝導かよ!?』ってくらいに脳にそのまま響くんだよ。そのあとは泣いた! 美味すぎて! もしもあのとき、うすしお味じゃなくてコンソメパンチ味だったら多分、俺、昇天していたと思う。まあ、パチンコで負けてなければこうはならなかったんだけど。ハハハッ。じゃあ、次」


 ヤベエな、こいつ。

 畏怖すべきクズだった。


「じゃあ第4位、『一週間自宅で服を着ないでパリコレしてみた』だ」


 これは……面白いのか? 

 というか、それを一週間やる必要あるのか?


「もうね、これは……なんで再生回数が伸びたのか俺にもわからない。うん。酒を飲んでいたときに思いついたネタでさ、自宅の廊下をパリコレの舞台に見立てて裸でただ歩くだけの動画で、『服を見せる場なのに全裸かよ!?』って軽いジョークのつもりでやっていたんだけど、なにがウケたんだろうな。ほぼモザイクしかない動画を一週間分まとめただけなのに」


 うーん。これは動画を観ないとわからない面白さがあるんだろう。

 ……あとで観てみよう。


「さあさあ第3位は、『42℃のお風呂におっさんが入ってみた』だ!」


 いやいや、もうこれは本当に意味がわからない。これが三位なのか?


「これもここまで伸びるような動画じゃないんだけどなー。ただ、おっさんが黙々と風呂に入る準備を進めて最後に熱い風呂に入るだけの動画なのに。そのとき、動画配信界隈では熱い鉄球を何かに入れる系の動画が異常にアップされた時期だったから、俺もそれは見飽きていて、そのカウンター的な動画をあげたくて。熱い風呂に気持ちよく入るだけの動画だったんだけど……もしかして風呂に入ったときに思わず俺が口にした『あぁ……神様、今殺して』の言葉、あれがネットスラングになって一時期流行ったおかげかもしれないな!」

 ネットスラングも創造したのか!? もう教師やめてネットで生きろよ……。


 梶原はパソコン画面にむかって調子をあげて話す。

「さあ、そろそろ視聴者のみんなも人気動画の上位二つが絞れてきたんじゃないか?」

 もうなにがくるのか俺は想像もつかないけどな。


「第2位! 『一ヶ月塩と水だけで生きてみた、そしてポテチ食べてみた』だ!」 

 

 こいつどれだけ体張るんだよ……。

 というか飢餓状態になるとポテチ食べるのは風習か?


「んー、これは『やってみた』というより『やらざるを得なかった』なんだよなー。そのときギャンブルエンゲル係数が高くなってしまって……それでもう、いっそのことさらけ出しちゃえってことで一ヶ月間まるまるライブ配信したんだよなー。でも、これのおかげで俺がバズりだしたんだよな。いやー、感慨深いね。地獄のあとに天国があるとは。ちなみにこのとき食べたポテチはあんまり美味くなかったな。そりゃあ、ずっと塩なめていたんだから。うすしお味じゃ味覚がうすくて、うすくて」


 いやいや、うすくねえって。

 おまえの生き方、コンソメパンチだよ。


「さあさあ! 栄えある第1位を発表したいと思います! 栄えある第1位は…………ダカダカダカダカダカダカ、ダン、ダンダンダンッ、ダンダンダンッ、ダンダンダァァーン!」

 途中でロッキーのBGMにすり替えるなよ。そういう小ネタが余計だよ。

「冗談はさておき、栄えある第1位はこれだ!」

 ……いったい一位は、どんな動画なんだ?

 梶原は高らかに言い放つ。




「『新学期の初日に学級閉鎖して一ヶ月分の給料を前借りして競艇にぶち込んでみた』!」



 …………ん?


――「しゃあッ! 今日は競艇で取り戻すッ!」


 あ、あの初日のことかッ!?


「これは我ながら傑作だったよ。新入生がいる前で強制的に学級閉鎖して、まあ実際に生徒が過半数を切っていたから、してもいいかなって。それで競艇にくりだしてみたら、もう二転三転、ドラマの連続で最後にきっちりオチもつく。動画配信史上、最高の取れ高になったな。これは是非ともねー、動画を観て欲しいね。『梶キンマグロ 新学期』で検索してくれたらすぐに出てくるから!」


 よし、これもあとで……って、なるわけねえだろうが!


 あのとき茫漠とした不安を抱えていたのに、こいつは動画を撮って広告収入を得ていやがったのか!? いや待て、たしか次の日、顔を灰色にしていなかったか? …………見なくてもオチが読めたな。


 そして梶原の動画配信もそろそろ終わりを迎えようとしていた。

「あーい、以上が『○○やってみた』シリーズのランキングトップ5でしたー! 最後まで配信見てくれてありがとなー。それじゃあ、バンバンババン、バイバーイ!」


 だからそれやめろって。

 見ているこっちが恥ずかしくなるから。


 配信を終えてノートパソコンを閉じると、梶原は大きく一息ついた。

「……これで十万、二十万が手に入るんだからなー。恥を捨てればホント、楽な商売だぜ」

 くっ……やっぱり根底がクズだ。

 俺はあの日のことも含めて問い詰めてやろうと扉を開けようとすると、梶原は背伸びをして天井を見あげながら、ぼそりと呟く。




「……あーあ。俺も動画配信者になろうかな」


「えええええぇぇえッ!? 配信してなかったのぉッ!?」


「どうわぁッ!? き、木町!? いつからそこに!?」

「いやいやいやいや! そんなことより! え、じゃあなに、今の? え? 本当に配信者じゃないの? さっきの『○○やってみたシリーズ』のランキングは……動画もないの?」

「……うん、まあ、そうだけど?」

 恥ずかしそうに顔を赤くしているがどこか開き直ったように梶原は受け答えるので、さらに問い詰める。

「それならおまえ、ノートパソコンにむかって一人でしゃべっていたってことか?」

「……ま、まあ、そうなるな」

「あの『バンバンババン』って動きはどんな心境でやっていたの?」

「おい、やめろ! いじるな! 今になって羞恥心がわいてきたところなんだぞ!」

「じゃあ『○○やってみた』シリーズで話した内容は、全部作り話ってことかよ……」

「いや。あれは全部、本当だ」


「てめえ!! 新学期初日に俺をほっぽり出してボートに給料ぶち込んでんじゃねえ!!」


「ひぃい!?」

 それから俺は怒りに任せて梶原に言いたいことを全部ぶつけてやった。結果、梶原はソファのうえで膝を抱えてふさぎ込んでしまった。

「……ふんだ、いいよ、もう……俺なんて、迷惑系動画配信者になりゃいいんだ……」

「まだちょっとなろうとしてんじゃねえよッ!」

 俺は呆れながらAB組の教室に戻った。


 時刻はまだ八時。AB組のみんなはまだ来ていなかった。

「…………」

 もしかしたらと思ってスマホで『梶キンマグロ 新学期』で検索してみた。

「……やっぱり動画はなかったか」

教室の扉が強く開けられる。新茶か?


「なっ!? なっ!? 俺の話、面白かったよな!?」

「おまえ動画配信者になる気マンマンじゃねえか!?」

 

 俺は少しだけ、クズではない部分の梶原を垣間見た。べつに見なくてもよかった。

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