第15話 ツッコミ

「ねえーテルー。何か面白いことないのー」

 椅子にだらりと体を預けて気だるそうにアリスは話しかけてきた。

 俺は現代文の教科書を読みながら答えた。

「ないよ」

「ふーん。そうー」

「ああ」

「それでさー、テルー。何か面白いことないのー」

「ダブルチェックやめてくれる? 工場の品質管理じゃないんだから」

「……なかなかいいツッコミじゃないの」

「どうもありがとう」


 アリスは黙ってなにかを考えている。

「ねえーテルー。政治についてどう思うかしらー?」

「また急になんだよ」

「今の政治について、なにか意見を言ってみなさいよー」

 俺は教科書を閉じて考える。

「うーん……俺は政治のことはよくわからないけれど、政治家には政治家側の考えがあるし国民には国民側の意見があるから、お互いにそれらをぶつけあっていけば角が取れていっていい形をした政治が残るんじゃないかな」


「そうよねー。やっぱり茹でて『パリッ』っとさせたほうがおいしいわよねー」

「ソーセージの話だよね? それ」


「フフフ、いい反応するじゃない」

 アリスは依然として椅子に体をだらりと預けたまま話しかけてくる。

「お酒って、ちょっとずつ飲んだほうが体への負担も少ないし、程よく飲めば食欲もわいて気分も明るくなるから、ジョッキでガバガバっと飲むよりもゆっくりとやるほうがお酒とのいいお付き合いができると思うの。かといってそれを強要したいのではなくて、お酒の楽しみ方は一つじゃないということを私は伝えたいのね」

「未成年が酒について多くを語るなよ」


 高峰は声を出して笑った。

「いいじゃない、いいじゃない! それじゃあドンドンいくわよ!」

 なんか問答が始まったな。

「問題です。Aさんとその弟のBくんは今日、自転車で同じスーパーに行きます。家からスーパーまでの距離は4km。Aさんは先に家を出て時速8kmでスーパーにむかいました。その十分後に弟のBくんが慌てて時速16kmでAさんを追いかけました。さて、Aさんはなぜ同じスーパーへむかうのに弟をまってあげられなかったのでしょう?」

「算数じゃなくて家族間の問題だったな」


 それと弟が倍の速度で姉を追いかけている描写はなぜだか心にくる。


「ただし、AさんとBさんは血が繋がっていないものとする」

「家族でも答えるの難しい難問はやめろよ」


 よくもまあこんな問題を即興で思いつくな。恐ろしいわ、こいつ。


「素晴らしいわね、テル。あなたのツッコミ力は」

「……なんか、随分と褒めてくれるな」

「謙遜することはないわよ。笑いは一つの力よ。世の中には『お笑い芸人』なんていう職業があるくらいにね。インフラを整備できるわけでもない、衣食住を提供するわけでもない。ただ檀上でしゃべって人を笑わせるだけ。でも、それだけで飯を食っていけるの。ならそれは一つの力といっても過言じゃないわ」

「なるほど……」

「チ○コって面白い響きよね」

「なんで急にIQ下げたの?」

「けれど、この世界はなんて美しいのかしら」

「ごまかせない。ごまかせないから。今さら下ネタをなかったことにできないから」

「ある日、ジョンは怒った様子でロッキーにむかって『俺はインフルエンサーだ!』と言いました。ロッキーは彼のことをSNSで調べてみましたが彼のフォロワーは十人もいませんでした。ロッキーは彼の額に手を当てて言いました。『君は風邪じゃないかな?』」

「ジョークもいけるのかよ」

「なぜ人は、チ〇コ」

「もう文法すらないじゃん」

「なぜ人は――」「オイもういいだろ!? 十分付き合ってやったぞ!?」


 アリスはこちらを見てフッと笑い、だらりとした姿勢を正して言う。


「ここまで私のボケにツッコミを返したのは、あなたがはじめてよ。というよりも途中から私も適当に話していたのに、よくもまあ、あんなに返答できたものね」

 これは褒められているのか? 

「なんだかしゃべり疲れたよ」

 俺もだらりと椅子にもたれかかった。

 すると、さっきまで席で突っ伏して寝ていた新茶がおもむろに椅子に体をだらりと預ける。

「オレは新茶だよなー?」

「……はあ?」

「オレはやっぱり新茶だよなー?」

「そうだろ」

「なんでオレ、新茶なんだろうなー?」

……まさか俺にツッコませようとしているのか?

 するとエマもふわりと、そして妖艶に、椅子に体を預ける。

「ああー、その僕も、なにか言いたいなー」

「エマもボケたいのか?」

「…………うん」

 可愛い。

あと、この流れからして、やはり鬼ヶ島も……椅子がひしゃげそうだな。

「節分とは……季節の変わり目には邪気、つまり鬼があらわれると信じられていたためにそれを追い払うための悪霊払い行事として執り行われ、現代では鬼に見立てた者にむかって『鬼は外、福は内』と声をあげながら福豆を――」

「おまえ、そんな沢山しゃべるキャラじゃないよね?」

「……頑張った」


「あー! 鬼ヶ島くんだけずるいっ!」

「オレたちにもツッコんでくれよ親友!」


 それを微笑ましそうに眺めるアリス。

「付き合ってあげなさいよ、テル」

 なんだ、こいつら……。

 俺はしゃべり疲れたのに…………いいぜ、この際だ。やってやるぜ!


「おうし、わかった! こうなったらおまえらが飽きるまで付き合ってやる!」


 啖呵を切ると、彼らの歓声によって教室が湧く。

 俺は席をはなれ、教壇に立った。


 さっそく新茶が手を挙げる。

「嘘だけど本当にあった怖い話していいか!?」

「いや嘘かよ! 本当のことは言わなくていいんだよ!」

 どちらにせよ怖い話できないだろ、おまえ。


 次にエマ。

「な、なんで、お腹がすくのかなー?」

「それはね、胃が『今日も生きてね』って言っているんだよ。可愛い」

 しかしこれはボケというよりも相談コーナーだな。


 つづいて鬼ヶ島。

「この前……アンパ〇マンが路肩で、自分の顔をちぎって食べていたぞ」

「休ませてやれよ! ストレスのたまったタコと同じじゃねえか!」

 鬼ヶ島、こいつ癖のあるボケをしやがる……。


 またまた新茶。

「昨日、鏡とジャンケンして二対一で勝ったぞ!」

「病院に行け。病院に」

 またまた山田中。

「思い出って、なんで切ないんだろうね?」

「その切なさを埋めてくれる素敵な人に出会えという昔の自分からの置き土産さ。可愛い」

 またまた鬼ヶ島。

「去年の夏、公園のベンチに野生の爺さんがいたから、カブトムシと試合させたら――」

「シュールすぎるわ!? 野生で爺さんは生まれないから!?」

「――秋までもつれて、カブトムシが寿命で負けた」

「それ、爺さんももってないだろ!?」


 それから三人のボケはつづいた。


「前々から思っていたんだけどよー。ホチキスとホッチキスってどうちがうんだ?」

「おまえがアホと呼ばれるかバカと呼ばれるかの違いくらいだ!」

「ぼ、僕、ずっと前から考えていたことがあったんだけど、テレビのCMでテレビを広告するって不思議だよね。だ、だって新型テレビの色の表現の美しさを、今あるテレビで映せていたらそれは、今あるテレビでも表現できているって、ことだよね? でもそれを映せないテレビだった場合は、結局、新型テレビの色の美しさを伝えられないよね? これってやっぱり、パラドックスなのかな?」

「山田中、おまえは天才だよ。俺もそれには気付かなかった。可愛い」

「……あー、そうだな……俺は、パラドックスだ」

「鬼ヶ島、思いつかないなら無理しなくていいから」

「なあ親友。オレってラーメンが好きなんだぜ! どう思う?」

「そんな質問をされた人間の気持ち考えたことあるか、おまえ」

「僕はオムライスが好き、かな」

「これもう普通に好きな食べ物の話だよな?」

「……牛。四足歩行のほうの」

「四足歩行以外は知らないぞ!?」


 その後、このテンションのまま外界が赤く染まるまでツッコミつづけた。俺は授業をしたわけでもないのに教壇にもたれかかって息を切らしていた。

「い、いや……なんでやねん……」

 ツッコミの量が多すぎて『誰かがしゃべればとりあえずツッコミを入れる』というシステムが脳内で仕上がっていた。

「いや、なんでやねん……て、俺のツッコミに、なんでやねん。俺、関西人……ちゃうや、ろ……」


   ―――――


 目を覚ますと、自分の部屋のベッドにいた。

「あ、あれ? どういうこと?」

 たしか教室でツッコミまくって、それからは……どうやって帰ってきたんだ?

 すると部屋の扉がガチャリと開けられる。

「あっ、アニキ。やっと起きた」

「妹……なんで俺、ここに?」

「はあ!? クラスメイトの人に連れてきてもらったんでしょうが!」

「えっ!?」


 も、もしかしてあいつらが家に来たのか!


「おい! あいつらなにか変なことしてなかったか!?」

「は、はあ? なにもしてないわよ。アニキを連れてきてすぐに帰っちゃったよ」

「そ、そうか」

「でも討論会のしすぎで熱が出て倒れたって、ププッ! アニキ、頭悪すぎ!」

 と、討論会?


 ああ、きっとアリスか鬼ヶ島が上手くごまかしてくれたんだろう。ツッコミのしすぎで倒れたなんてそれこそバカすぎてツッコまれる。助かる……。


「それとさー、アニキ。なんかすっごい綺麗な女の人いたよね。その人がアニキのこと、結構心配してたよ」

「金髪のほうか?」

「ううん。黒髪の人」

「え!? マジで!? あいつが!?」

「え……? ていうか、金髪の人もやっぱり女の人なの?」

「いや、そっちは残念ながら違う」

「は、はあ? …………あっ、もしかしてアニキ? クフフッ、はーん、そうなんだぁー」

「なんだよ」

「今の反応、黒髪の人が好きなんでしょう?」


 思わずドキッとしてしまう――はずもなく。なにもわかってないな。俺の妹は。


「おまえ、カレーパン好きだったよな」

「え、なに、急に? 好きだけど」

「じゃあ聞くが、パッケージのデザインに数十億円かけて、パン粉も揚げる油もどれも超一流の食材を使って、それで超有名シェフに作らせたカレーパンをおまえは食べたいか?」

「そんなものがあったら絶対に食べたいに決まってるでしょ」

「じつはその中身がウンコでも?」

「食べるわけねえだろ!? そんなもの!! もうそれウンコパンじゃねえか!!」

「俺もそんな気持ちだ」

 さすがは俺の妹、ツッコミの才能がおありで。

「死ね!!」

 妹は扉を強く閉めて出ていった。

 やれやれ、やれやれだ。

 またベッドで横になろうとすると枕元に何かが置かれていた。

「なんだこれ」

 手紙と物の入った紙袋。なんだろう、読んでみるか。


 ――スマン、親友。今日はみんなはしゃぎすぎた。これ、AB組からのおみまいの品。


 これは新茶が書いたのか。

 それにお見舞いの品も用意してくれるなんて、なんかくすぐったい。

 さっそくお見舞いの品を袋から取り出す。

「これは……」

 それを着て、鏡の前に立ってみる。鏡に映るTシャツ。

 

 そこには、『負け犬』とプリントされていた。


「…………なんでやねん」

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