第13話 ラーメン その2
――チャーハンだった。
その刹那。
「テメエ新茶ゴラァあッ!! 一人だけなにチャーハン食べようとしてんだァああッ!?」
キャピキャピの女子高生とは思えない怒号をあげたアリスは、新茶の胸倉を両手で鷲掴みにして締めあげる。
「うげやぁ……! ぐ、ぐるじい……!」
「コッチはハートがすこぶる苦しんでんだよぉーッ!!」
「お、おい! やりすぎだぞアリス! 鬼ヶ島、止めるの手伝ってくれ!」
こうして一時的に、ラーメン屋の中で紛争が起こってしまった。
・・・・・
落ち着いたところで話し合いの場を設けるために俺たちは座敷に移動する。
畳の上で仁王立ちのアリス。
その目下で正座させられている新茶。そしてなぜか店主も。
「なぜこうなったか、わかるかしら?」
正座する二人はそろって首をかしげた。
「……そうよね。わかっていたら、ここで正座なんかしていないわよね。いいわ、私が説明してあげる。まずは新茶から。あなたはおいしいラーメン屋があるから一緒に食べに行こうと私たちを誘ったのよね。それでみんなで店にきて、いざラーメンを食べてみたら、金を払って食べていいレベルの味ではなかったわ。そこまではまだいい。もしかしたら新茶の味覚が狂っている可能性もあるから。でもね……なんでアンタだけチャーハン頼んでいるのよッ!? みんなは苦しんでラーメンを食べていたというのに……。そして店主、千円も取っておいてあんな液体を提供するなんて詐欺にも等しいわ。さあ、なにか言いたいことはあるかしら。私は寛容だから聞いてあげる」
すると新茶が申し開きをする。
「でもよ、オレは『うまいラーメン屋がある』とはいったけど、うまいラーメンがあるとは一言も言ってねえぞ?」
「あ?」
「ゴメンナサイ」
次に店主が言う。
「あのよ、なんでオレまで正座させられているんだ。なんか悪いことしたか?」
「ああんッ!? 一杯千円も払わせておきながら、挙句の果てに私たちに廃棄処理までさせたでしょうがぁ!? そもそもアンタがまともなラーメンを出していればこっちも満足して帰るだけだったのよッ!!」
「……スミマセンでした」
女子高生に怒られるおっさんの構図はじつに目を背けたくなる。
それでも大人の意地なのか、店主は恐れながらも食いさがった。
「だ、だがよう嬢ちゃん、よく考えてくれ。駅前や大通りにあるならともかくウチは近所の人間しか知らないような辺鄙なところのラーメン屋だ。そんな場所に構えている店のラーメンがうまいと思うか? しかも名前が『ラーメン屋』だぞ。いやラーメン屋の名前がまさかの『ラーメン屋』って……プフッ、いや失礼。ともかく、もしオレならそんな怪しい店なんかでラーメンなんか食べないがね」
言っていることは理解できるが、その店主が言うなや。
そんな店主をアリスは鼻で笑った。
「情けないわね、店がどこに立っていたかなんて関係ないわ。飯屋は美味いか不味いか、その二択よ。客に金を出させたのならおいしいものを出すのが飯屋の礼儀でしょうが」
こっちも間違っていないが……おまえ最初、面白いかどうかで判断してなかった?
それでもまだ食いさがる店主。
「オ、オレだって好きでラーメンをまずく作っているわけじゃないんだぞ! でもなんか得意じゃないんだよ……だが! オレのチャーハンはハンパなくうまい! だから彼も通ってくれていたんだ!」
「そうだそうだ、タカミネアリス!」
がちゃがちゃと騒ぎ出す二人を、テーブルに拳を叩きつけて黙らせるアリス。
「……だったら食べてやるわよ! アンタの作ったそのチャーハンをな! どうせおいしくないでしょうけどねぇ!!」
アリスは座敷からカウンター席へ駆け戻り、まだ手付かずで置かれていた新茶のチャーハンをレンゲですくって思いっきり口に放り込んだ。
――もぐもぐもぐもぐ、もぐっ
アリスは怒りに任せてカウンター席を強く叩く。
「くそがぁあッ!! ムチャクチャおいしいじゃないのよぉッ!!」
いや、美味いのかよ。
相変わらず綺麗なノリツッコミだ。
そこにあったチャーハンをあっという間にたいらげ、叫んだ。
「店主! あと四人前のチャーハンを! それとお持ち帰り用のチャーハンを五人前!」
「あいよぉっ!!」
こうして、ラーメン紛争はおいしいチャーハンにより終結を迎えた。
・・・・・
「ありがとう、ございましたぁー!」
店主の元気な声が背中に届く。
暖簾をくぐった俺たちの手にはお持ち帰り用のチャーハンがぶらさがっている。
新茶は嬉しそうに言った。
「なっ? タカミネアリス、うまかっただろ?」
「そうね。ラーメンは本当にひどかったけれど、チャーハンは最高においしかったわ。みんなはどうだったかしら?」
「うん! チャーハンおいしかった!」
「……ああ。チャーハン、美味かった」
「たしかにチャーハンは最高だったな」
「アハハ! チャーハンだけね! あの店は!」
奢ってくれたアリスにお礼を言い、アリスも嬉しそうだったが、ふと立ち止まる。
「そうだテル。極太の油性ペン持っていたわよね」
「ああ。あるけど」
「ちょっと貸しなさい」
俺は鞄から油性ペンを取り出して渡すと、アリスは『ラーメン屋』と書かれた看板の前に立った。……まさか。
「オラオラオラオラオラオラオラ、オラァッ!!」
やっぱり落書きしやがった!?
アリスは看板の『ラーメン屋』の字の横に『チャーハンだけはおいしい』と書き足す。
「お、おい、なにしているんだ! 警察に通報されるぞ!」
「大丈夫よ。軽犯罪ならお金でなんとかできるから。見てなさい」
そういってアリスは店内に戻っていく。
数分後。
店の中から「またいらしてください! お嬢様!」と大きな声が聞こえてくる。
「……なにしたんだよ」
「あの店の命名権を買い取ってやったの。これで問題ないわ」
「恐ろしいな。おまえ」
「アハハ! 面白いとお言い!」
そのときのアリスはじつに小悪魔的な笑みを見せたが、たとえそれが魅力的だろうとも、犯罪を金でもみ消したあとの笑みであることを忘れてはならない。
それにしてもチャーハンは美味かった。……またこようかな。
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