家族の調は悲しみのカンタータ

白川津 中々

◾️

脳に焼きついた情念は払拭し難く、いつまでもこびりついているのだった。


肉欲が抑えられず、俺は一線を超えてしまった。分かりやすくいうと不倫をしたのた。シズカは妻と違って肉厚のボディ。これがもう最高でね。しかも精神的に成熟している。器量があり余裕を持っている安心感ときたら! 反面、妻はもう半分子供だ。我儘で気分屋なため御し難く、ちょっと嫌なことがあっただけでその日一日もう最悪。話だってできやしないのだ。「ごめんなさい」「ありがとう」がいえず最近では口数も少なくなり終始イライラしていて、かと思えば、突然甘えた声で囁いてくる。不安定な情緒。大の大人とは思えない子供じみたの所業。いっそ、子供であってくれれば許容できるというものである。

そうとも、そもそも若い頃は彼女の爛漫なところが好きだった。彼女が娘なら暖かく成長を見守り、普段の無礼不躾も笑顔に変わるというのに、どうして成人になってしまったのだろう。未成熟のままでいれば誰もが幸せだったのに歳を重ねてしまうとはまったく不幸ではないか。彼女が子供でいてくれたら、蝶よ花よと愛られる立場だったら、親子の関係性を構築できたら……いや、そうあるべきだ。彼女は子供であるべきなんだ。実に、簡単なことだったのだ。

シズカと籍を入れて、彼女を娘として受け入れる。それが最良の選択。幸いシズカは子供を作りたくないと言っていたから受け入れてくれるに違いないと判断。擬似家族としてやっていくうえで一分の好きもない完璧なプラン。即実行すべく俺は新たに部屋を借り、そこへ二人を呼び出した。風通りがよすぎて防音も遮音もない安普請だが十分な広さ。愛すべき二人を前に、満を持して「三人で暮らそう」と笑顔で提案すると、返ってきた言葉は「くたばれ」と「死ね」。共に出て行き一人ぼっち。いったいなにがいけなかったのか皆目わからず、歳柄もなく慟哭。お隣から壁ドンのパーカッションによるセッション。悲しみのカンタータ。


焼き付いたシズカの肉と妻のあどけなさ。二度と戻らぬであろう愛はいつまでも胸の奥で疼く。

あぁ、失われた愛。命は、ただ二人のためだけにあったというのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

家族の調は悲しみのカンタータ 白川津 中々 @taka1212384

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ