バーでの会話

青切 吉十

バーでの会話

 中学時代の友人の結婚式。その何次会か忘れたが、場所を移動するときに、僕と南本さんは最後尾で、ふたり仲良くふらふらしていた。すると、南本さんが僕の背中を押して、こじんまりしたバーの中へいざなった。


 時計は午前2時を過ぎていたが、バーはそれなりに繁盛していた。客のほとんどは、水商売の人と思われた。会話のじゃまにならない音量で、古い洋楽が流れていた。

 僕はレッドアイ、南本さんは知多のソーダ割りを注文した。

 「こんな時間に変なものを注文するんじゃないわよ」と南本さんが僕をなじると、黒人のバーテンダーがトマトジュース片手に微笑んだ

「それほど手間のかかるカクテルではありませんよ」

 流暢な日本語を話すバーテンダーがトマトジュースをグラスにそそぐのを見ながら、南本さんが僕の耳元で「イケメンね」とささやいた。僕は黙ってうなづいた。

 南本さんは先に作ってもらったソーダ割りに口をつけ、僕は、小皿のピスタチオに手をのばした。


 「元気だったかい」と僕がピスタチオを割りながら声をかけると、南本さんは「もちろん」とこちらを見ずに言った。

 僕はつづけて、「ご両親は?」とたずねた。すると、「ピンピンよ。元気過ぎて持て余し気味。早く孫の顔を見せろって、うるさいわ」と南本さんが答えた。

 「うちと同じだね」と笑ったところで、「お待たせしました」とレッドアイがきた。僕はピスタチオを口に放り込んでから、カクテルを一口飲んだ。よく冷えていてうまかった。

 南本さんのピッチは早く、もう空になりそうだった。僕が「飲み過ぎじゃない?」と心配すると「平気よ。私、強いの。知らなかったでしょ」と応じた。

 僕はカウンターのうえに置かれた、彼女の白い左手を見た。そして、言った。

「いま、恋人はいるの?」

「私、男が切れたことないの。いるわ、いちおうね。でも、もう別れそう」

「なぜ?」

「結婚してくれって、うるさいの」

「結婚したくないの?」

「したくないわけじゃないわ。ただ、いまの彼とはする気にならないの」

 「そうかい」と僕が言い終わるや、会話はやんだ。僕は飲み終えたグラスをカウンターに置き、「彼女と同じものをください。薄めで」とバーテンダーにお願いした。すると彼女も、「おかわり。濃いめで」と声をかけた。

 「なぜ、する気にならないんだい」と僕がたずねると、南本さんは「明確な理由はないわ。ただ、なんとなくよ」と口にした。「明確な理由があれば解決の方法もあるかもしれないけれど、なんとなくだとね。どうしようもないのよ」


 「どうぞ」と、バーテンダーがカウンターに置いた水割りに口をつけてから、僕は質問をすこし変えた。

「たしか、僕は、君の一番目と三番目の彼氏だったね」

「何だか、歴代将軍みたいないい方ね。そうよ。初代および第三代彼氏よ」

 そう言いながら、南本さんは含み声で笑った。

 「今の彼氏は何代目?」という僕の質問に、南本さんは指を折り曲げて、「十四代目。次の彼氏でおしまいね」と答えた。それに対して僕は、「江戸幕府だったらね」と応じた。


 しばらくの間、ふたりの間で沈黙がつづいた。バーテンダーはタバコを吸いはじめた客と口論をしていた。南本さんはその様子を、首をゆっくりと左右に揺らしながらながめていた。僕は、追加で注文したミックスナッツの中からマカデミアナッツを見つけては、それを口に入れていた。

 捨て台詞を吐いて、タバコ男が店から出ていくと、南本さんは「見る? 彼氏の写真」とスマホを取り出した。僕は黙ってうなづいた。

 そのスマホの画面に映し出された男は、なんとなく僕に似ていた。しかし、それは言わない方がいいだろうと思い、黙っていると、南本さんが「君に似ているでしょう?」と言ってきた。

 僕が返答に迷っていると、南本さんがバーテンダーにおかわりを注文しながら、「私、男は顔だと思うの。顔さえよければたいていのことは許せるの。だから、歴代彼氏、みーんな、同じ顔をしているの」と話しかけた。

 すると、バーテンダーはすこし考え込んでから、「それでは、ひとりの男性とずっと付き合っていると錯覚しませんか。たとえば、ベッドの中とかで」と口にした。

 急な問いかけに、南本さんは「そんなこと、あるわけないじゃない……、とは言い切れないわね。ときおり、そんなことがあったかも」とおかわりのソーダ割りに口をつけた。


 歴代十四人の男たち。それぞれ別の人間だが、僕に似た顔立ちの男たち。代わるがわる南本さんを抱いていき、彼女のもとから去っていった男たち。

 ベッドで似たような顔の男を相手にし続ける南本さんからすれば、ひとりの男を相手にしているのとちがいはないのかもしれない。いや、そんなことはない。

 ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。

 方丈記。つまりは、そういうこと。ちがう?


 僕の記憶があったのはここらあたりまで。

 翌朝、見知らぬホテルで目覚めた僕のとなりでは、裸の南本さんがすやすやと眠っていた。

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