消えていくひかり
C
儚くも光るもの
朝が来るたびに、少女は世界の重さを感じた。
目を開けることさえ億劫なほどの倦怠感が身体を蝕んでいる。少し動けば息が上がり、外の風すら重く感じる。何もせずにいるだけで、日々の小さな疲労が積み重なり、削られていくようだった。それでも彼女は、窓の外に広がる光を見つめ、今日も生きていることを確かめるように、静かに息を吐いた。
机の上には、大切にしている硝子の小瓶が置かれていた。中には、昨日、なんとか部屋の外に出て、庭の片隅で拾った小さな花びらが入っている。毎日、ほんの少しでも世界の美しさに触れることが、少女にとっての「生きる」証だった。
けれど、それすらも彼女の身体には負担になっていた。
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学校へ行く日は、朝の光が痛かった。
制服の襟を整え、ゆっくりと靴を履く。玄関を出る頃には、もう足が鉛のように重くなっていた。いつもの道を歩くだけで、どこかの歯車が軋むような感覚がする。周りの子たちは、元気に駆けていく。彼女には、その速度に追いつくことはできなかった。
「おはよう」
同級生が声をかけてくれる。彼女は微笑みを浮かべるけれど、声は喉の奥でかすれて、思うように出てこなかった。それでも、こうして誰かと挨拶を交わすことができる日は、まだ良い方だった。
教室に着くと、机に突っ伏す。息を整えるために、しばらく目を閉じる。まるで波に呑まれるような疲労感。午前の授業が始まる頃には、すでに体力のほとんどを消費してしまっている。それでも、ノートに文字を書き続ける。いつまで自分の手が動いてくれるかわからないから、一画ずつ、大切に書く。
ある日、彼女はふと疑問を抱いた。
——どうして、こんなに疲れているのに、私は生きているんだろう?
目を閉じれば、すぐにでも眠りに落ちてしまいそうなのに。
誰もが簡単にできることが、自分には難しくて、苦しくて。
でも、きっと——
彼女の目は、窓の外に向けられた。
冬の冷たい風が、薄い雲を押し流していく。その隙間から、淡い陽射しが射し込んでいた。
暖かくはない。けれど、その儚い光は、彼女の心の中の何かを揺らした。
この世界には、こんなにも美しいものがあったんだ。
光は、ただそこにあるだけで、意味を持っている。
少女は、震える手でノートの端に、小さな星の絵を描いた。
それは、ただの落書きだったかもしれない。
けれど、彼女にとって、それは「ここにいた」という証のようなものだった。
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帰り道、少女はゆっくりと歩いた。
身体は重く、まぶたは薄暗い霞がかかったようだった。それでも、足元に咲いた一輪の花に目を止める。
「……きれい」
そう呟く声は、ほとんど音にならなかった。
指先でそっと、その花びらに触れる。
自分の体力では、長く持ち続けることはできないけれど、この瞬間の美しさだけは、ちゃんと覚えていようと思った。
ふと、風が吹いた。
その拍子に、小さな花びらが彼女の手から離れ、宙を舞った。
光を受けて、淡く輝きながら、ひとつ、またひとつと風に乗って消えていく。
それを見送った少女は、そっと瞳を閉じる。
彼女の中にあった「尖った部分」は、社会によって削られたわけではなかった。
ただ、日々の疲れの中で、少しずつ、少しずつ擦り切れていっただけだった。
それでも——
たとえ、それが消えてしまうのだとしても。
少女は、光を見つめることをやめなかった。
その光が、あまりにも儚いものであると知りながらも、最後まで大切にし続けた。
そして、今日もまた、彼女の小さな光は、どこかで静かに輝いて、そして消えていく。
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机の上の小瓶には、今日拾った花びらがそっと収められていた。
それは、彼女の世界に確かに存在した、ほんの少しの「光」の証だった。
ただ、それにもう光はない。
消えていくひかり C @okaokashi
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