ねえ、君は幸せでしたか?
星名柚花
第1話
「まあ、なんて可愛い子なのかしら。寝顔がまるで天使のようね」
ご近所さんが目を細めてベビーカーを覗き込んだときのことを、よく覚えている。
まだ幼かった私も、ご近所さんと一緒になって小さな顔を覗き込んだ。
薄い髪の毛、むっちりとしたクリームパンみたいな腕、ほんのり赤くなった頬。
ふわふわのベビー服に包まれて、スヤスヤと幸せそうに眠る赤ちゃん。
それが、私の妹だった。
◇
「おねーちゃん、これあげる!」
妹は満面の笑みで、庭の片隅に咲いたタンポポを摘んで差し出した。
小さな手が、黄色い花を大事そうに握っている。
「ありがとう。可愛いお花だね」
笑顔で受け取ると、妹は嬉しそうに笑った。
まるで太陽のような、無邪気でまっすぐな笑顔だった。
妹は体が弱かった。
外を元気に駆け回った後はすぐに熱を出し、すぐに咳をする。
皆で遊園地に行こうと約束したその日も、妹は体調を崩してしまった。
前にも何度か同じようなことがあったから、両親は私に気を遣ったのだろう。
お父さんは「おれたちだけでも遊園地に行こうか」と言ってくれたけれど、私は首を振った。
だって、妹が熱を出して苦しんでいるのに自分だけ楽しむなんて、なんだか悪いじゃないか。
「ごめんね、おねーちゃん……」
ゼイゼイと苦しそうな息をしながら、泣きそうな顔をする妹の頭を撫でて私は言った。
「元気になったら、みんなで遊園地に行こう。お姉ちゃんと一緒にいっぱい遊ぼうね。約束だよ」
「うん」
妹は目の端に涙を浮かべて笑った。
◇
その約束は、果たされなかった。
妹は高熱を出し、入院して、そのまま息を引き取った。
私は、両親や大人たちの泣き声を聞きながら、ただぼんやりと妹の顔を見つめていた。
いつも笑っていた妹は、静かに目を閉じている。
もう「おねーちゃん」と呼ぶ舌足らずな甘い声も、私の後をついてくる足音も、手を引かれる感触もない。
たった五年の短い命。
それでも、あの子は幸せだっただろうか。
母の腕の中で、好きな絵本を読んでもらっていたとき。
庭でタンポポを摘んで、私に誇らしげに見せてくれたとき。
おやつのプリンを食べながら、にこにこと笑っていたとき。
あの小さな命の中に、幸せはちゃんとあったのだろうか。
知ることは、もうできない。
それでも、私は願う。
「またいつか会えたら、そのときは、もっといっぱい……もっとたくさん、今度こそたくさん、一緒に遊ぼうね」
呟いたそのとき、春風がふわりと吹いて私の髪を揺らした。
庭の隅に、今年も小さなタンポポが咲いている。
(終)
ねえ、君は幸せでしたか? 星名柚花 @yuzuriha
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