ねえ、君は幸せでしたか?

星名柚花

第1話

「まあ、なんて可愛い子なのかしら。寝顔がまるで天使のようね」


 ご近所さんが目を細めてベビーカーを覗き込んだときのことを、よく覚えている。

 まだ幼かった私も、ご近所さんと一緒になって小さな顔を覗き込んだ。


 薄い髪の毛、むっちりとしたクリームパンみたいな腕、ほんのり赤くなった頬。

 ふわふわのベビー服に包まれて、スヤスヤと幸せそうに眠る赤ちゃん。

 それが、私の妹だった。



「おねーちゃん、これあげる!」

 妹は満面の笑みで、庭の片隅に咲いたタンポポを摘んで差し出した。

 小さな手が、黄色い花を大事そうに握っている。


「ありがとう。可愛いお花だね」

 笑顔で受け取ると、妹は嬉しそうに笑った。

 まるで太陽のような、無邪気でまっすぐな笑顔だった。


 妹は体が弱かった。

 外を元気に駆け回った後はすぐに熱を出し、すぐに咳をする。

 皆で遊園地に行こうと約束したその日も、妹は体調を崩してしまった。


 前にも何度か同じようなことがあったから、両親は私に気を遣ったのだろう。

 お父さんは「おれたちだけでも遊園地に行こうか」と言ってくれたけれど、私は首を振った。

 だって、妹が熱を出して苦しんでいるのに自分だけ楽しむなんて、なんだか悪いじゃないか。


「ごめんね、おねーちゃん……」

 ゼイゼイと苦しそうな息をしながら、泣きそうな顔をする妹の頭を撫でて私は言った。


「元気になったら、みんなで遊園地に行こう。お姉ちゃんと一緒にいっぱい遊ぼうね。約束だよ」

「うん」

 妹は目の端に涙を浮かべて笑った。



 その約束は、果たされなかった。


 妹は高熱を出し、入院して、そのまま息を引き取った。


 私は、両親や大人たちの泣き声を聞きながら、ただぼんやりと妹の顔を見つめていた。

 いつも笑っていた妹は、静かに目を閉じている。

 もう「おねーちゃん」と呼ぶ舌足らずな甘い声も、私の後をついてくる足音も、手を引かれる感触もない。


 たった五年の短い命。

 それでも、あの子は幸せだっただろうか。


 母の腕の中で、好きな絵本を読んでもらっていたとき。

 庭でタンポポを摘んで、私に誇らしげに見せてくれたとき。

 おやつのプリンを食べながら、にこにこと笑っていたとき。


 あの小さな命の中に、幸せはちゃんとあったのだろうか。


 知ることは、もうできない。

 それでも、私は願う。


「またいつか会えたら、そのときは、もっといっぱい……もっとたくさん、今度こそたくさん、一緒に遊ぼうね」


 呟いたそのとき、春風がふわりと吹いて私の髪を揺らした。

 庭の隅に、今年も小さなタンポポが咲いている。


(終)

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ねえ、君は幸せでしたか? 星名柚花 @yuzuriha

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