大統領vs悪魔
Gordo Yasaka
悪魔召喚
深夜、ホワイトハウスの大統領執務室にて。新たに大統領に就任したばかりのドナルドTは床に描いた魔法陣の前に立ち、古めかしい古文書を読み上げていた。
彼は古文書を閉じると右手の親指を噛んだ。一滴の血を魔法陣に垂らした時、黒い光が放たれて巨大な黒いクリーチャーが出現した。ヒキガエルと人間と猫の三つの頭があり、肩には無数の触手が蠢いている。
三つの頭の中央にある人間の頭が口を開いた。
「我が名はBAEL。至高にして最強の悪魔なり。私を召喚したのはお前か。なるほど、強欲そうな顔をしている」
地獄の底から響くような声音、獣のような臭い、しかし、ドナルドは怯まない。
「そうだ。私が貴君を召喚した。どうしても叶えたい願いがあるから」
BAELの三つの頭が揃って高笑いをした。
「私を選び、呼び出せるとはなかなか見どころのある男だ。願いの代償はわかっておるな? お前の死後、魂は神のもとへ行かず、私のものとなる。クリスチャンのお前にとって屈辱ではないのか」
ドナルドは唇を曲げて皮肉げな笑みを浮かべた。
「生きているうちに願いが叶えば死んだ後はどうなってもかまわないさ」
BAELは再び高笑い
「いいぞ。気に入ったぞ。その魂、ぜひとも私のものにしたくなった。では、望みを一つだけ叶えてやろう。金か?」
「私はあらゆるビジネスで成功してきた。資産はいくらでもある。金に困ることはない」
「では、性欲か。世界の美女を抱くことができるぞ」
「私には美しく貞淑な妻がいる。彼女と出会ってから他の女を抱きたいと思ったことはないな」
「では、若返りか。見たところ、お前は老人ではないか。若くなり、不老不死となりたいのだろう」
「私の子どもたちは心も体も健全で大きな希望を抱いている。そして、若い部下たちは聡明で働き者ばかりだ。私が若くなって活動し続ければ、彼らの未来を閉ざしてしまうだろう。不老不死など望むわけがない」
「では、権力か。地位か。世界を服従させるパワーか」
「私はアメリカ合衆国大統領だよ。そんなものもう持ってるさ」
「ううむ、では何を望むのだ。それだけ満たされた者が何を願うのだ」
「MAGA」
「なんだと」
「MAGA、Make AMERIKA Great Again。悪魔BAELよ、それこそ私が望むものだ」
「それは、ええと。どうすれば成し遂げたことになるのだ。これは契約だから、成果物をきちんと納品しなければ成立しないのだぞ」
「そうだな。大統領である私、ドナルドTが「偉大なアメリカが復活した」と心の底から思った時にしようか」
BAELは考えた。勢いはあるが所詮は老人、いざとなれば言葉と幻惑の魔法でなんとでもなるだろう。
「ドナルドよ、了解したぞ。悪魔BAELはその契約を締結しよう。この契約書にその血でサインをせよ」
ドナルドは悪魔が差し出した羊皮紙を手に取った。細かい字がびっしりと書かれている。
「すまんな、老眼でな。デスクでしっかり読ませてもらっていいか?」
「夜明けまでに締結できればかまわん。まだ四時間はあるから、しっかり読み込むがいい」
「悪魔のくせに良心的だな。保険や証券会社の連中はすぐにサインを求めてくるぞ」
「ふん、クズな人間と一緒にするな。悪魔にとって契約こそ至高のもの。疎かにするわけがなかろう」
ドナルドは執務デスクで契約書を読み始めた。
二時間ほど経った頃、彼はおもむろにペンを取り上げて、悪魔召喚時に噛み切った親指を突いた。血の球をペン先にまとわせて、数秒ほど考えた後、契約書に文字を書いた。
「BAELよ、終わったぞ。これで私の死後、元大統領の魂はお前のものだ。契約締結にあたってバイブルに手を置いての誓いは……やらないよな」
BAELは契約書に書かれた血のサインを確かめて笑った。
「間違いなく契約は成立した。お前が死ぬその日までに願いを叶えるよう、このBAELが力を尽くそう。では、また会おう」
魔法陣から黒い光が立ち上がり、悪魔を包みこんだ。黒い巨体が消え始めた時、ドナルドが早口で言った。
「言い忘れていた。一箇所だけ修正した。まあ軽微なものだ」
BAELは慌てて契約書を見直す。
「え、何? あれ、ちょっと待て。もう締結しちまったろ。おい、ドナルド!」
執務室は何もなかったように静まり返っている。
ドナルドは魔法陣をモップで拭きながら、歌うように呟いた
「Make America Great Again」
******
*ドナルドTが最後に加えた軽微な修正。
原文:本契約はドナルドTが「偉大なアメリカが復活した」と心の底から思った時に成就する。
修正文:本契約は全人類が「偉大なアメリカが復活した」と心の底から思った時に成就する。
大統領vs悪魔 Gordo Yasaka @rukoba
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