第46話 神在月(かみありづき)
咲良は大荷物を引き、島根県のウィークリーマンションに入った。
この頃になると、身体は元通りとは言わずとも多少の無理はできるようになっていた。
神無月。旧暦十月十一日から十七日までの七日間を、出雲では
出雲に全国の八百万の神が集まると聞いていた。
その神々が集結するこの期間、毎日出雲大社に参拝して昴の罪を許してもらえるよう嘆願をするのだ。
夜。夕飯を買いに外に出て、空を見上げると凍てつく空に昴がまたたいていた。
昴は冬の星。今はよく見えるが、夏に近づくにつれ、明け方近くしか見えなくなってしまう。
この昴がよく見えるうちに、なんとかしたい。
「昴さま、もうちょっと待っててください」
咲良は空に祈った。毎日三回は、摂社末社含め全てにお参りすると決めていた。
翌朝から、咲良は祈り続けた。
「昴さまは悪くないんです、もしも捕まっているのなら、出してあげてください。悪いのはわたしです。なんでも代償は払います」
嵐のような大雨の時も咲良は諦めず、毎日通った。
***
鏡に、昴が咲良を追いかけた時の映像が映っていた。
「咲良を止めたのは、根の国との境界線におった父親の元彦だ。咲良は岩を越えてはおらん。昴を釈放してもよいのでは?」
「黄泉平坂まで追うことがそもそも重罪、確かに山犬において例はあると言えど……」
「そもそも、昴は幕末虎狼狸を百匹殺した功績がある。日に日に数を減らしゆく山犬で一番神通力があるとも言われる。後追いさせるわけにはいくまい」
北上主は内心、ため息を吐いた。
議論は遅々として進まない。
その時だ、「失礼つかまつります!」と扉が開いた。そこにいたのは、ここ、出雲大社の狛犬の男だ。手には大量の文を携えている。
「上條家の咲良が毎日参拝に来ておりまして……昴どのの釈放嘆願をしております。毎日最低三回以上、全ての社に……」
議場がざわめいた。「なぜ牢にいることを知っているのだ」「誰かが告げ口を?」「関係者は鳥居を通れないはずだ」皆の視線が武蔵国の山犬の頭領に向かう。
「我ら、誓って何も言っておらぬ。状況から推測したと存じます」
昴の叔父である現頭領は神妙な面持ちで告げた。
ひと柱のたおやかな女神が立ち上がり、文に目を通した。彼女は、
「もしも、昴が囚われているのならば釈放してほしいとある。出雲に、しかもこの神在月に詣でに来たか。実に聡明な娘御よ」
北上主が声を上げた。
「皆、ここに集まった目的を忘れておるのではあるまいか? もとより、男女の結びは
「概ね同意見よ……昴はもう十分反省しただろうし、二度と繰り返すこともあるまい。なんでも代償を払うと言っている上條の娘にも罰を与え、仕舞いとしようではないか」
日本の名山の主はそう言って、周囲に確認を済ませたのち、ひとつの判決を下した。
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