第21話 グラタンと藪入りの話

 ここ数日、あやめの態度が軟化したように思えて、咲良は首を傾げていた。


 実は、昴が気にかけて「あやめがさくにおかしな真似をしたらすぐに知らせろ」とおとと粋に命じていたのだ。


 依然、おとは咲良の正体が昴にバレていないと思い込んでいた。

 また、昴はあやめが咲良の正体に気づいたことを粋と隆爺には伝え、おとには黙っていた。


 旅館の中は微妙な均衡で成り立っていたのだが、もちろんのこと咲良はそんなことに気づいておらず、賄いを準備したり、要とあれこれ新メニューの試作をしてみたりしていた。


 要は関西出身らしく、酒粕を使った粕汁かすじるなど咲良の知らない料理をいろいろ教えてくれてそれもまた楽しい。


 この日、咲良はモッツァレラチーズを手作りしてみた。用意するのは脂肪分たっぷりの牛乳と穀物酢だけ。ゆっくりと牛乳を温めて、そこに穀物酢を入れる。ザルでこし、熱湯の中でヘラを使って練り上げ、ちぎって水につければ完成だ。


 ミルキーで食感もよく、そのまま食べても美味しかったが、皆食べ慣れていないのできっとまだ美味しさを理解できないだろうと刺身のようにわさび醤油をつけて食べるように提案した。


「刺身、いいぞこれ。これ、近くの農場の奴らに作り方教えてやってもいいか?」

「いいですね! いい返事をもらえたら、うちに優先で卸してもらいましょう!」


 その日はじゃがいもと荒く挽肉にしたうさぎ肉、ほうれんそうでグラタンを作った。オーブンはないし、ガスバーナーもない。ならばと先日差し入れでもらったパンをパン粉にして空炒りして、チーズの上に広げ、焦げ目を再現した。


 香ばしさと溶けたモッツァレラチーズの相性が抜群だった。

 クリーミーなホワイトソースにホクホクのじゃがいも。こってりした重めの白ワインに合いそうだ。


「これならオーブンなくてもグラタンいけますね!」


 昴も美味しく食べてくれたらしい。ものすごく酒を飲みたがっていたらしく、粋が「まだ毒が完全に抜けてないのだからよしてください!」と全力で止めたとのこと。


 解毒する臓器は肝臓だ。酒を分解するのも肝臓だ。

 まだ、昼間も半分寝て過ごしていると聞いている。やめてほしいにも程がある。


 咲良と要は食後のデザートの提供の準備をしていた。

 特に珍しくもなんでもない、昔からある牛乳寒天である。仕込んだ果物はみかん。


「昴さまが元気になったらまたグラタンを作ってさしあげよう。昴さま、白ワイン好きだしな」

「ええ」

「鉄の小鍋で作れば、温かいまま食えるはず。これなら客に出すのも良さそうだ。昴さまも気に入ったようだし、営業再開したら献立のひとつとしようか。その前に、まずは龍をもてなさなきゃならんが」 


 要の提案で、先日手動式のミートチョッパーが導入された。

 これで挽肉が簡単に作れる。龍をもてなす際にはフルで使う、と要は上機嫌である。


「みずちは元々蛇だから魚でも肉でも食うが、本当の龍は魚介類食わんからな……」

「え! 魚介だめなんですか!」


 寒天を四角に切って皿に並べていた咲良だが、びっくりして大袈裟な反応をしてしまい、しまったと口をつぐんだ。龍が魚介NGなことはこちらだと常識だったかもしれない。


 龍は十日後に謝罪にきて、この錦屋に滞在すると聞いていた。

 龍たちご一行の食事はこちらが準備、提供するが、もちろん言い値を支払ってくれるらしい。芸者なども呼んで、豪勢にもてなすそうだ。


「ああ、さくは現世育ちだから知らないよな。あいつらは鱗虫の王。鱗があったり、甲羅があったりする身体が硬い生き物の王だから、眷属は食わない」

「なるほど……」


 つまり、魚やヘビやトカゲ、エビやカニや貝は彼らの眷属ということか。

 そりゃあ提供はできない。大問題に発展する。


「まあ明後日は藪入やぶいりだし、おれも少々羽を伸ばしてくる。現世に行って料理本でも買ってくるかな」


 現世の調味料類は、現世に住んでこちらに色々と卸売してくれるあやかしに頼めばそこそこなんでも手に入る。

 しかし、流石に料理本などとなると自分でもチラ見したくなるし、自ら本屋に行くのがベストである。


「さくはここにいるんだろ?」

「はい、まあ……お金もないですし……」


 藪入りとは住み込みで働く奉公人の休暇のことだ。

 皆、一斉に休みとなる。昴は三日間の連休をくれるとんでもないオーナーだ。


「昴さまに現世行くんです、お小遣いくださいーってねだったら、多分お前ならもらえるぞ?」


 そんな真似はできない。いくらなんでも無理だ。

 そもそも、現世に帰れなくて困っているのだ。一緒に買い出しに行こうとか言われたら、人間であることがバレてしまう。

 咲良は必死で断る口実を考えた。


「いえいえそんな申し訳ないですってば!」

「そうか、ならなんかほしいものあったら言ってくれ」

「大丈夫です、お気持ちだけで。わたしこの牛乳寒天、昴さまのお部屋に届けてきます!」

「茶でも淹れて差し上げて、一緒に食べてこい。昴さまも誰かと食べた方が旨いだろう」


 盆の上に、咲良の分がもう一皿置かれた。

 早くここから逃げなければ。藪入りの話題は禁物だ。

 

 咲良は「では、行ってきます!」と昴の部屋に足を急がせた。 

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