第11話 すずきのアクアパッツァ

 夜。

 従業員がいつも集まる囲炉裏を囲み、宴会を行うことになっていた。

 名目は咲良の歓迎会だが、咲良は自ら調理を名乗り出た。昴は「料理も酒も今日はいいから、大人しく歓迎させろ」と言ってきたが、咲良は頑なに固辞した。


 ここで皆に認めてもらわないと、これからやっていけないからである。  


 かなめは川で釣った小魚を迷わず唐揚げにすると言った。小骨が多いので二度揚げするとのことだ。

 残った大ぶりな魚は咲良に任された。なんと、海も近いので大きなすずきが二匹取れたのだ。


 昴がわざわざ変化をして追い立てていたのはすずきだったらしい。


(責任重大すぎる……)


「この前言ってたオリーブオイル、仕入れといたぞ。好きに使ってくれ」


 どんっとボトルが置かれた。

 厨房を取り仕切るかなめだ。彼は珍しくにこりと微笑んだ。


「他にもほしい食材や調味料があれば言ってくれ。業者に言って現世から仕入れる。金は気にするな。昴さまが金に糸目はつけるなと言ってる」


 念願のオリーブオイルをゲットできた。さて……咲良は割烹着を着て気合いを入れた。


***


「これは?」

「アクアパッツァです! 洋風の煮魚というか、蒸し物……にも近いかもです」


 唐揚げやらそのほか煮物など、要の料理で乾杯したのちに、咲良は昴に自慢の一皿をサーブした。お頭付きのままこんがりとオリーブオイルで焦げ目をつけたすずきに白ワインと水を加えて煮込んだ洋風の煮魚である。最後にあさりと半分に切ったミニトマトを入れて、あさりが開けば出来上がり。


 鍋に余ったスープはリゾットにもできる。


「南フランスの海辺、少し塩気のある白ワインです。海鮮に合うと思います。あとはイタリアの海辺のものもいいと思いますよ」


 フランス、プロヴァンスの白ワインだ。

 魚介のスープ、ブイヤベースにも合うものなので、魚介にはばっちりだろう。

 グラスにワインをゆっくりと注ぐ。昴は「ありがとう」と言ってそれを傾けた。

 

 要のグラスにもワインを注ぐ。


「わたしもいただきます」


 自分のグラスにワインを注ごうとしたら、昴にボトルを奪われた。彼は慣れた手つきでワインを注いだ。「ありがとうございます」と咲良は礼を言った。


「すっきりしていて美味しいワインですね」

「そうだな、飲みやすい」


 要と昴が顔を見合わせる。これも地下のワインセラーにあったものだ。

 咲良も一口傾ける。よし大丈夫だ、これなら合う。


 咲良がワインに頷いている間に昴自ら皆に魚を取り分け始めた。二尾分あるのでもう一尾は要が名乗りを上げる。


「昴さま、わたしがやりますよ」

「調理してくれたのだから、取り分けくらいやらせてくれ」


 咲良は恐縮しながらも、彼に任せることにした。

 「ではいただこう」という昴の言葉で箸を手に取った。


(うん、抜群だ)


 咲良はスープしか味見していなかったが、魚の臭みも出ていないし、何より身もふっくら。スープも魚介の力強い味の出た納得の味だ。

 これは美味しい。

 皆口々に美味しいと言っている。要が唸った。


「さく、おれが見ていた限り、塩を入れていなかったよな?」

「はい、味見して薄かったら入れようと思いましたが、魚介類から十分味が出ているのでやめておきました」


 感心したような声を上げたのは昴だ。


「旨いな……すずき以外でもできるのか?」

「白身魚なら、鯛とかたらとかめばるとか、なんでも合います。海老を入れても美味しいですし、あさりを別の貝に変えてもいいですよ」


 要が頷いた。


「魚の煮付けか焼き物、和風か洋風を選択してもらって、洋風ならそれに合うワインも出すってのはいいかもしれないですね」

「先付けも和洋どちらでも違和感のないものを考えるのもいいかもしれんな」


 そんなことを話しながらも箸が止まらない要と昴はもはや仕事の顔である。


「魚とか貝類は、基本バターで炒めるとか、オイルでコーティングするのがいいですよ。魚の生臭さとワインってのは本来相性最悪なんです。だからカルパッチョはオリーブオイルがかかってるんです」

「なるほどな、覚えておこう」


 要は真剣な顔で頷いた。


 一方、隆爺や他の面々はどんちゃん騒ぎである。「さくの料理は最高だ」と皆に褒められ、咲良は胸を撫で下ろした。


 彼女は途中で中座して、リゾットを作りに厨房に向かった。おとも腰を上げて咲良の手伝いを申し出てくれた。「おれにも手伝わせてくれ!」要も腰を上げた。


 皆、まだまだどんちゃん騒ぎしているし、具材だけ切って鍋に仕込み、囲炉裏の火にかけ始めた鍋物もある。鍋に合いそうなワインも何本か並べておいたので、皆勝手に飲むだろう。


 さて、リゾットであるが、要も手伝いに来るというし、咲良はせっかくなので生米から煮る本格的なものにしようと決めた。

 冷やご飯は、鍋の方で雑炊にでもすればいい。


 一方、昴は並んで酒盛りをしている隆爺とすいに目配せを一つ。

 彼らはすぐに気がついて、一つ頷くと腰を上げた。


 昴はワインボトルと己のグラスを手にすると、「ふたりもグラスを」と言って、「さくの品ができたら呼んでくれ」と皆に声をかけ、隆爺と粋を自室に誘った。

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