第8話 かぶのシチュー、鴨とれんこんのハンバーグ
おとの夫、
あの白ワインに合う夕飯、何だろう。悩みに悩む。
しかも、つい先ほど昴がやってきて「夕飯はさく一緒に」と言ったのだ。どうしたもんかとさらに頭を悩ませた。
粋はそんな咲良を見かねてか、手伝いを申し出てくれた。
粋はおとの尻に敷かれているようだったが、ものすごく気の利く男だった。
鹿の処理を別の者に任せると、丸のままでは困るだろうと鴨を解体してくれた。ありがたい。さすが、おとの旦那さんだと咲良は感心した。
おとの「好きなだけこき使いな!」という言葉に素直に甘えることにする。完成したらふたりにも振る舞うつもりだ。許してほしい。
まだ、かまどの火の調整などもわからないのだ。
昴はカフェオレが好きらしく牛乳もある。咲良はアイディアを捻り出した。
「じゃあ、頑張りましょう!」
出来上がったものは、かぶのシチューと粋に包丁で叩いてもらった挽肉で作ったれんこん入りのハンバーグだ。
仕上げは昴の部屋で行うつもりだった。
部屋には火鉢や七輪があるからだ。
ちなみに、煮炊きに使う火や囲炉裏の火は、薪や炭を使った本物の火。着火する時だけは鬼火であることもあるが、明かり以外の暖を取るためや煮炊きをする火は本物だ。熱を発するほどの鬼火はちょっと濡れた髪を乾かすくらいならばともかく、かなり霊力を使うので流石に無理な様子だ。
さて、酒のつまみとして出すもう一品をてがけ、夕飯の時間となった。
昴の部屋にお邪魔することになる。
小松菜を加えた、色味も鮮やかなシチューは持ち込んだ七輪の火にかける。小鍋は長火鉢の火にかけた。台座に置いてきのこ類を敷き、その上にハンバーグを置き、ワインで蒸すのだ。
その間につまみで乾杯した。
解きほぐした卵白に白味噌と出汁を加え、すりおろした山芋を混ぜて作った真っ白な卵焼きだ。アクセントに小ネギを散らした。目にも綺麗だ。
「最初は和食です!」
「これは旨いな、酒にも合う」
飲んでいたのは、昨夜の残りのワインだ。
「ワインと食べ物は、同じ色を合わせるといいんです。これは味付けに白味噌を入れてます。だから白ワインとも合うんです」
「なるほど……」
「白身魚や白い肉、鶏の肉なんかには白ワイン、鹿の肉には赤ワインです。赤味噌のモツ煮なんかは軽めの赤ワインがいいと思います」
汁椀に程よく煮えたシチューを盛り、ぐつぐつ言い出した小鍋の蓋を取れば、下に敷いたキノコの上のつくね風ハンバーグが姿を現す。熱々の湯気が食欲をそそった。
シチューの隣の小皿にはバゲット。
かぶは口に入れるととろりと崩れた。鴨の出汁も出ている。クリームシチューは濃厚な白ワインにも合う。
昴もどうやら気に入ったようである。
今頃、おとと粋も喜んでくれていればいい。
「以前、現世の浅草でグラタンを食べたが、なるほどその時を思い出した」
「グラタンとこの白ワインもいいと思います!」
「このつくね……いや、洋風だからハンバーグか? これも食感がいい」
咲良は作り方を説明してみせた。
つくね風ハンバーグは、隠し味の山芋、それかられんこんはすりおろしたものと歯ごたえを残すために刻んだもの両方が入れてあり、何より食感もいい。
彼は満足そうに頷いた。
「冬場は、この小鍋で最後仕上げする料理もなかなかいいな。うちでも鍋物ならば出しているが、こんな風に洋風の味付けでできるなんて思ってもみなかった」
「今回みたいに肉を叩いてつくねっぽくすると手間がかかりますが、焼いて一口大に切ってからきのこの上に盛るのもいいかと」
「それはいいな。一度厨房の者と話をしてみよう」
彼は満足したようで、あっという間に平らげた。シチューは三杯おかわりしていた。多めに作っておいて本当によかった。
この男、ものすごく食べる。
「茶でも飲むか? おれが淹れよう。ああ、酒饅頭がある、食べるか?」
茶を飲みながら、ふたりで酒饅頭を食べる。ふわりとした酒の香りとなめらかな餡。美味しい。
(よかった、喜んでもらえた……)
彼も酒饅頭を食べていたのだが、茶をすすって一息つくと、咲良の方に身を乗り出してきた。
「明日、よかったらおぬしにこの辺を案内したい。茶屋やら菓子屋小間物屋やら、どこにあるかわかった方が良いだろうし……どうだ?」
(一緒に出かけか)
まだまだこちらの常識はわからない。何かいらぬことを言って、人間であることがバレてしまうかもしれない。
だが、彼は雇い主。彼の好意を無碍にするのはいかがなものか。
「はい、ぜひご一緒させてください」
「よし、では今日はこの辺で終いとしよう。片付けを手伝う」
「い、いえ、そんな!」
彼は鍋やら食器やら、片付けるのを手伝ってくれた。
戻れば鍋を戻しにきたおとと粋に遭遇、「美味しかった、片付けは任せて」と言ってくれたので、ぺこりと一礼し昴とも別れた。
とても楽しい晩餐だった。
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