犯人って酷くない?

下降現状

犯人って酷くない?


「なんだ、着替えもしないで来たのか」

「いやお前が犯人を探すとか言い出したからだろ。っていうか、部活してないから先に帰ったはずのお前も着替えしてないじゃん」


 スラックスの裾を気にしながら、幼馴染の貴志は俺の部屋に入ってきた。そのまま、勝手知ったるとばかりにベッドに腰を下ろした。


「それで、犯人ってなんだよ、そもそも、なんで僕なんだ? 名探偵になったつもりはないぞ?」

 ネクタイを緩めながら怪訝な顔をする貴志に向かって、俺は言う。


「まぁ、お前は名探偵ではないかもしれないけど、今回の件に関しては専門家オーソリティーだろうと思ってな」

 と言って、俺はテーブルの上にキレイにラッピングされた小箱を取り出した。同時に、カップに入ったコーヒーも置く。


「これが俺の下足入れに入ってたんだよ」

「ふーん、これがね……」

 そう言って、貴志は小箱を手にとって眺めながら、コーヒーを口に含む。


「良かったじゃん、チョコもらえて」

「まぁそれはそう」

 箱からは分からないが、今日の日付と合わせれば、多分これがチョコレートだろうと想像はつく。そんな事を考えながら俺は続けて言う。


「本日は聖ヴァレンティヌス氏が殉教された日だからな」

「実は聖ヴァレンティヌスって架空の人物、っていうか、三人くらい居るそれっぽいのの合成らしいぞ」

 どうでも良すぎる豆知識を、どうでも良さそうな顔で貴志が口にする。

「知らなかった……正体がDX三体合体ヴァレンティヌスだったんだな」

「じゃあ、強化イベントで聖人合体セント・ヴァレンティヌスになるのか?」

「強化イベントが死亡イベントだこれ」


 とかなんとか馬鹿話をしていたら、貴志が言った。

「で、僕がなんの専門家なんだ?」

「学校で一番、バレンタインにチョコレート貰ってるのお前だろう」

 演劇部の貴志は、それはそれは多くのチョコレートが振ってくる立場にある。顔がいいって凄い。ちょっとばかり妬ましい。


「まぁそれはそう」

「真似するんじゃないよ。で、そんなチョコ大好きな貴志からしてみたら、これはどう思う?」

「どうって言われてもまぁ……いわゆる本命だろ、これ? 下足箱にわざわざ入ってるなんて」

「そうなるのか……」


 言って、俺は眉間に皺を寄せた。

「おっと、なんか困ったことでも? 喜べばいーじゃん」

「誰からか分からん本命チョコで喜べるかい」


 それが困った所なのだった。

 この小箱、キレイにラッピングされてはいるものの、送り主の名前がない。

 つまり、愛の告白としてはさっぱり機能していないのだ。

「こういうの、良くあるのか?」


 俺の問いに、貴志は頷く。

「あるある。逆に、義理で無記名はあり得ないけどね」

「そうなのか」

「そうなのだ。義理を果たしたことが証明できなきゃ意味がないからね」

「それを言うと、本命だって無記名だと意味がないことになりそうなもんだが」

「考えが甘いんだよなぁ、チョコの話だけに」


 何やら得意げになりながら、貴志は言う。ちょっとムカつくなこいつ。

「どういう意味だ?」

「本命のチョコだからといって、相手と付き合いたい、みたいな狙いだけじゃないんだよ。告白、ってだけあって、思いを吐き出したい、通じなくても構わない、みたいなのが有るんだ」

「告白は告白でも、神父相手の罪の告白みたいなもんか」

「愛は罪……?」

「それっぽい通り越して安っぽいわ」

「かもなー」


 等と言いながら、貴志が真顔になった。

「実際、そういう理由で送られたものだと想定したら、無理に送り主を探し当てるのはどうかと思うな、僕は。大体、そんな娘のことを犯人扱いって酷くない?」

「幾つもそう言うの貰ってるやつは言うことが違う。こっちは一分の一だからどうしても気になるの」

「なんて女々しい」

「やかましい。で、手伝ってくれるか?」


 俺の言葉に、やれやれ、と両掌を天に向けるオーバーなリアクションで貴志が答える。

「全くしょうがないなぁ、手伝ってやるよ。とは言うものの、犯人探しってくらいだし、候補は居るんだろう? 本文に出てくる登場人物内に犯人がいない犯人当てフーダニットとか、世間が怒るよ?」

「まぁ、現行で候補は三人いる」

「……へぇ、意外」


 少し間を開けて、真面目な声音で言う。

「まぁ、義理チョコらしきものをくれた三人ってだけだが……」

「で、それは誰さ?」


「一人目は沙道だ」

「あー、あの、文学少女系美少女委員長の……え、なんでお前と接点が? 弱みでも握ったの?」

 真顔で言う貴志。なんと失礼な。

 とは言うものの、まぁ気持ちはわかる。

 沙道 翔子は我がクラスの委員長。メガネに黒髪ロングなクール系美少女で、切れ長の目からは冷たい目線が飛んでくる。笑った顔を見た人間は居ないとの噂だが――


「弱みと言えば弱みかもしれない……俺は沙道の笑い顔を見たことが有る。そしてそれがきっかけで多少親交があるというワケ」

「正直チョコよりそっちのほうが大事件だからちょこっと話せ」

「しょうがないにゃあ……いや、あいつは実は漫画が趣味で、自分でも描いたりするんだが……誰も居ない教室で、漫画読んで笑ってる所を偶然見つけてな」


 と、言うと、貴志は口を丸くしていた。

「へー、沙道さん、漫画とか……いや漫画くらい読むか。イメージ的には少女漫画とかかな?」

「いや児童誌の下ネタ系ギャグ漫画」


 貴志は口に含んでいたコーヒーを噴いた。

「おいおい、俺の学ランに着いたらどうする」

「学ランなら黒いから良くない?」

「良いわけ有るか」

 結構雑なのは昔から変わらないな、こいつ。


「沙道さんのイメージ粉々だよ」

 と、言いながら、貴志はティッシュ(自前のポケットティッシュだった)で、コーヒーを拭き取る。

「ちなみに描くのもそっち系」

「粉々になったイメージが風化して消えたわ」

 首を横に振る貴志。まぁ気持ちは分かる。


 そんな貴志を見ながら、俺は続ける。

「で、義理チョコ……ならぬ人情チョコを貰った」

「なにそれ……」

「誰からももらえないと可哀想だから、人情として上げる、って板チョコくれた。コンビニのテープ着けたまま」

「人情だ……」


 義理ですら無いのを感じたチョコだった。でもこんなのでも沙道からチョコを貰った男はそうそう居ないだろうから、良いかもしれない。プレミア感だ。

「で、これがそのチョコだ」

 と、俺は机の上に箱入りの板チョコを取り出した。


「マジで普通の板チョコだ……ミルクチョコレートだなこれ」

「ちょっと苦手なんだよな、甘くて」

「知ってる知ってる、で、二人目は?」


 と、貴志に促されたので、俺は言う。

「二人目は加賀」

「加賀さん……バレー部の日焼けした娘だね。明るくて元気で声と胸のデカい」

 目を細めて睨むように見てくる貴志。なにが言いたい。

 加賀 光希はバレー部のエースで、概ね貴志が言った通りの娘である。

 明るく誰にでもフレンドリーで勘違いを量産していく。それでいて本人は色恋に興味が薄い……ようにみえる。


「まぁその加賀なんだが、そっちからはギリギリチョコを貰った」

「いや、なんだよギリギリチョコ」

「これがその現物となっております」

「なんで料理番組風?」

 俺は貴志のツッコミを聞き流し、三つ目のチョコをテーブルの上に置いた。半透明の袋型ラップに入ったそれは、ニュースで見る風邪のウィルスのモデルみたいな、歪な形状をしていた。


 おぉう……と、なんとも形容しがたい声を貴志があげる。

「これは凄いな」

「本人曰く、余ったの放置してたらこうなったからあげる! ってさ」

 とてもいい笑顔で言われたので、ありがたくもらうことにした。どうも部活内でチョコレート制作勝負が行われた結果らしい。


 ふーん、と言いながら、貴志はラップの中にある、砕けて欠片になったチョコを摘んで、口に入れる。

「勝手に食うなよ」

「いいじゃん欠片だし……これ、加賀さん砂糖いれる分量間違ってる気がする」

「甘くない?」

「胸焼けするぐらい甘い」

「欠片でそれか……」


 食う気無くすけど、俺が貰ったものだし、食わないわけにはいかないよね……と思っていたら、貴志が。

「仕方ない、僕が七割ぐらいまでは食べてあげよう」

 とのこと。

 ありがたい。ありがたみが溢れてくる。こういう所がチョコが集まってくる所以だろうか。

「お前もしかしていい奴なのか?」

「気付くの遅くない? で、三人目は?」


「おっとそうだった、三人目は牧白だな」

「牧白さん……あのギャルの娘か」

 貴志の認識はざっくり大味も良いところだが、大体あっている。友人が多く、毎日遊び歩いている、誰にも優しいギャル、それが牧白 雛だ。


「普通に義理チョコをもらった」

「クラス全員に配ってただけでは?」

「察しが良いな」

 はいあげるー、とニコニコしながら、渡してきた。

 そのチョコを、テーブルの上に置く。


「ホワイトサンダーじゃん」

「そうだな」

 個包装された、有名なクランチチョコだ。

 サクサクとした食感と、重たさすらあるチョコで人気の商品で、まぁ定番の一品。

 貴志はそれを摘んで持ち上げる。


「普通のやつだなー、お前が苦手なくらい甘い」

「それな」

「で、この三人以外に心当たりは無いと」

「無い。それがどうした」


「うーん、もう一つ比較対象が欲しい。というわけで、それも開けてみよう」

 と、貴志が指差したのは、俺の下足箱に入っていた本命チョコ(推定)だ。

「大丈夫かな? 変なもの入ってないかな?」

「大丈夫でしょ、多分。はいはい開ける開ける」


 急かされた俺は、箱を開ける。中に入っていたのは、ハート型のチョコレートだった。手のひらサイズで、いい感じに食べるのに困らない。

 逆に言うと、チョコ以外のものは入っていなかった。手紙でも入っていたら、全部解決したんだけれど、なかなか上手くいかないもんだな。

 しかしハート型か……


「さすがにこれは本命感つよいな……」

「つよつよだわ。じゃ、食べてみようぜ」

 と、躊躇いなく言う貴志。


「食べれば何か分かるもんかな?」

「それだって食べてみなきゃわからないだろう」

「それもそうか」


 納得したので、俺はチョコレートを半分に割って、片方を貴志に渡した。

「はい」

「……いやハートを半分に割るなよ」

「他にどうしろっていうんだよ」

「それはそうなんだけどさ……」


 しぶしぶ納得した貴志とともに、俺はチョコを口にいれる。

「あま……くないな、あんまり」

 口からそんな言葉が出た。むしろ、苦みのほうが勝っているかもしれない。

「僕は普通に甘いほうが良いけどさ、お前はこっちのほうが良いんじゃないの?」

「その通り」


 ぱきぱきと小気味いい食感を味わいながら、俺はついついチョコを食べてしまう。

 別に苦いものが好き、というわけではないけれども、甘いものよりは好みと言っていいと思う。

 俺よりはゆっくりとチョコレートを食べていた貴志が言う。

「これで分かることが有る。このチョコを作った人間は、お前の好みを把握している」


「……確かに」

 手作りでわざわざビターチョコにするのは、俺が甘いものを苦手だと知っていないと出来ないだろう。

 俺が頷いたのを確認して、貴志は続ける。


「ということは、そこまでお前と親しくないけど、義理でチョコをくれた加賀さんと、牧白さんは違うんじゃないのか?」

「そうだな、あの二人は俺が甘いものが苦手なんて知るはずがない……ってことは、沙道がこれを?」

 それなりに親しくしているとはいえ、結構意外だ。へー、あの委員長が……

 と、納得仕掛けた俺に向かって、貴志は首を横に振る。


「それも違うと思う」

「どういうことだ貴志、説明しろ」

「沙道さんも、別にお前が甘いものが苦手だって知らないんじゃないかって事さ」

 貴志は続ける。

「沙道さんがお前にくれた人情チョコ、他の二人と違う所があるの分かるか?」


 加賀や牧白のチョコと、人情チョコが違う所……考えてみたけれども、俺には思いつかない。

「なんか有る?」

「その人情チョコだけ、お前のために用意されたものだって事だよ」

「あー、そう言われればそうかも」


 加賀のチョコは部活で交換するためのものの余り。牧白はみんなに配ったもの。で、沙道のは俺にチョコを半分渡してきたもの。つまり、俺のために買ったものということになる。

「で。沙道さんがお前が甘いものを苦手だと知ってたら、普通にお前に渡したチョコもビター系統を選ぶんじゃないのか? と僕は思うワケだが」


「むぅ」

 たしかにそう言われるとそのような気もしてくるしてくるが――

「この人情チョコ自体がフェイク、本命チョコが自分ではない、という印象をつけるためのものという可能性も……」


「無いとは言わないけどさ……知ってるとしたら、お前が忘れてるだけで自分で話したのが原因だろう?」

「まぁ、そうなるな……」

「だったら、そこで隠すほうが不自然じゃないか?」

「なるほど……」


 つまり、俺は沙道に甘いものが苦手だとは教えていないということか。

 そして、と、貴志は続ける。

「そもそもの問題として、沙道さんが隠して渡す意味も無いと思うんだけど。それにこういうの、隠してはいるけれども、そこまで本気で隠してないというか、分かってもらえたらそれはそれで、って感じで渡すものみたいな所あるし」


「そうかも……? うーん……」

 俺がそんな事を考えてうんうん唸っていると、貴志が言う。

「まぁ、そう言うわけで、お前が挙げた候補の中に、チョコを送った犯人は居ないと思うぞ。それ以外の誰か、お前が甘いもの苦手だって知ってる女の子が犯人じゃないか?」


「登場人物の中に犯人が居ない犯人当てフーダニットなんて、興醒めも良いところ、なんだっけ?」

「それはそうなんだけど、現実は推理小説とは違うもんだよ。ありがたく好意とチョコだけ貰っておけよ」

「そうするか……チョコと言えばそう言えばなんだけどさ」

「なんだよ」


「お前は俺に義理チョコくれないの?」


 俺にそう言われた貴志 千代子はニヤリと笑った。

「お前に義理チョコなんか、渡すわけ無いじゃん」

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