プログラミングレストラン「コード・オーベルジュ」

ちびまるフォイ

バグの味わい

「なんだこのゴミコードは!!」


「すみません、先輩!」


「お前プログラマーになって何年だ!

 こんなバグも見抜けないなんてやめちまえ!!」


「うう……」


先輩プログラマーにしこたま叱られて気持ちは沈む。

プログラマーという職業は本当に孤独でセンスが如実に出る。

自分のように才能が無いと業界に居場所はない。


「はあ……。今日もダメダメだった。

 こんな日は美味しいものでも食べて元気を出そう……」


ふと顔を上げると、そこには見たことのないレストラン。


「こんな店あったんだ。ちょっと……入ってみようかな」


思い切ってドアを開ける。

長い白帽子をカブったシェフが待っていた。


「いらっしゃいませ。レストラン"コード・オーベルジュ"へ。

 こちらがメニューです」


「えーっと……このおすすめのスパゲティをください」


「かしこまりました」


きれいな店内。

テーブルクロスにはシミひとつない。


「いい店だなぁ。もっと早くに来ていればよかった」


「お待たせいたしました」


あっという間に皿が運ばれてくる。

更に上には真っ黒い四角形と文字がびっしり書き込まれていた。


「こちら、本日のスパゲティ・コードになります」


-----------

class SpaghettiNapolitan:

def __init__(self):

self.ingredients = {

"pasta": "al dente",

"tomato_sauce": "rich and tangy",

"onions": "sweet and caramelized",

"bell_peppers": "crisp and fresh",

"sausage": "savory and juicy",

"garlic": "fragrant and bold",

"ketchup": "sweet and nostalgic",

"parmesan": "umami-packed",

}

self.emotions = []


def simmer_sauce(self):

print("Sauteing onions, garlic, and sausage ")

print("Adding bell peppers and tomato sauce.")

print("Simmering until nostalgic aroma fills the kitchen")

self.emotions.append("warmth")


def serve(self):

flavor_profile = {

"sweetness": self.ingredients["ketchup"],

"sourness": self.ingredients["tomato_sauce"],

"umami": self.ingredients["parmesan"],

"spice": self.ingredients["garlic"],

"texture": "perfect balance of tender and crisp"

}

print("Serving Spaghetti Napolitan.")

self.emotions.append("nostalgia")

self.emotions.append("joy")

return flavor_profile, self.emotions



# Experience the taste of Spaghetti Napolitan!

napolitan = SpaghettiNapolitan()

flavor, feelings = napolitan.cook()


print("\nFlavor Profile:")

for key, value in flavor.items():

print(f"{key.capitalize()}: {value}")


print("\n Emotional Aftertaste:")

for feeling in feelings:

print(f"- {feeling.capitalize()}")

-----------


「え……」


面食らった。

更に盛り付けられていたのはプログラムコード。


「どうぞ、書きたてのうちにお召し上がりください」


「いやこれどう食べるの!?」


「そのままガブっと」


「文字を!?」


にこやかな表情を崩さないシェフ。

ドッキリでもバカにしているわけでもなさそう。


思い切ってコードを手に取り、歯で咀嚼していく。


「あっ……ナポリタンの味……」


コードに組み込まれた複雑な味のプログラムが舌に広がる。

その味は普通の料理よりもずっと美味しく、鮮烈な味わい。


「お気に召しましたか?」


「驚きました……。プログラムコードがこんなに美味しいなんて!」


「味もプログラムで再現できるのではと思い店を構えました。

 今では料理以上に美味しいコードを書けるようになりました」


「すばらしいです! リピートします!!」


「それにプログラムなのでカロリーゼロです」

「神か!!!」


すっかりプログラムレストランのご贔屓さんになってしまった。


普通の料理では時間経過とともに味が崩れたり、

ちょっと調理をミスっただけで前回と違う味になる。


けれどプログラムコードは別だ。


いつも同じ味。いつも完璧な味わい。

それでいて調理時間はコピペで済むから爆速。

手も口も汚れないし、コードなので口臭も心配ない。

にんにくたっぷりのペペロンチーノ・コードだって食べられる。


通い詰めて口コミをお布施のごとく献上した頃。

再びレストランを訪れた。


「お客様、いらっしゃいませ。今日はなにを?」


「うーーん。そうだな。今日もスパゲティ・コードで」


「かしこまりました」


まもなく厨房から皿に盛り付けられたコードが運ばれてくる。


「どうぞお召し上がりください」


「ありがとうございます」


コードを見る。

もう何度食べたかわからないいつものコード文だった。

見ただけでどんな味がするのかなんとなくわかる。


「……これちょっと書き換えられるかな」


プログラム・コードを手に取り、コードに手を加える。


「辛味はもっと増す。パスタの硬さを調整して……。

 そうだ! 味はもっと長く続くように後味ループを伸ばそう。

 よし……できた!!」


完成したのは自分好みにカスタマイズされたプログラム・コード。


「もっと美味しくなったはずだ! いっただきます!!」


コードにかじりついた。

予想していた通り、より自分好みにカスタマイズされた味が広がる。


広がって、広がって……。


「あ、あれ? 味が、味が消えない!!」


舌の中に延々と味が残り続ける。

それどころか味がどこまでも広がっている。


「お客様!? どうされました!?」


「味が! 味がずっと終わらないんです!!

 いつまでも辛味で舌がいっぱいに!!」


「コードを見せてください!」


シェフは皿のコードを確認する。

コードを見ただけでシェフは青ざめた。


「あ、味の無限ループが発生しています……!」


「無限ループ!? どうにかしてください!

 頭がおかしくなりそうだ!!」


「しかし……どうすれば……」


味は延々と舌を占領していく。

食べきることのない味がループし続けている。


「こうなったら……舌シャットダウンさせます!」


「大丈夫なんですか!?」


「このままよりはマシです。break!!」


ブレークポイントを舌に突っ込んだ。

舌が強制的に味のループを終了し、シャットダウンされる。


再起動でなんとか味の監獄からは脱出できた。


「はぁ……はぁ……ありがとうございます。

 なんとか復帰できました……」


「プログラム・コードの料理に手を加えるのは非常に危険です」


「そうですね……身を持って思い知りました」


「舌は大丈夫ですか?」


「なんか……まだピリピリしています」


「それはバグアレルギーですね。残念です……」


「どういうことですか?」


「あなたはバグコードの無限ループに閉じ込められました。

 それにより舌がバグに対するアレルギーを発症したんです。

 バグを感じるとしびれを感じるようになります」


「そんな後遺症が……」


「プログラムドクターも知っています。

 アレルギーを抑える方法もあるでしょう。紹介しますか?」


シェフの親切な申し出に対し、答えはひとつ。


「あ、いえ結構です」


「え?」


「このままでいいです」


「な、なんでですか? 治療できるかもしれないんですよ!」


「バグアレルギーのままがいいんです」


「はあ……」


シェフは変わった人だという顔をしていた。

自分にとってはむしろこっちが良いなと思った。




数日後、職場での自分の立場は逆転した。


「先輩! ここのコード書き直してください!」


「な、なんだと! 俺のコードのどこが悪いんだ!」


「ここと、ここ。意味のないループが含まれています。

 それにここの処理もバグを含んでいます」


「ぐっ……たしかに……。ちくしょう! わかったよ!

 ほら書き直してやったぞ、これで満足か!!」


先輩の書き直したコードをプリントアウト。

その紙の上に舌をすべらせる。



「先輩、ここのコードにまだバグがあります!

 だって僕の舌がピリピリしました! 間違いないです!!」



今は誰よりもバグを見つけ出すエキスパートとして職場で重宝された。

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