究極にして最適な練習法
ちびまるフォイ
勝つための部活動
「明日から高校に入学か。部活は決めているのか?」
「もちろんだよ父さん」
「何部に入るんだ?」
「僕の才能が一番ある部活さ」
入学初日にさまざまな部活に顔を出す大型新人が爆誕した。
行き着いた先はバスケットボール部だった。
「うちのバスケ部に入りたいと?」
「ええそうです」
「バスケが好きなのか?」
「いや別に」
「友達がいるとか?」
「友達はいません」
「カッコつけたいとか?」
「なんですそれ?」
「動機がまったく見えない!!」
「自分に一番合っていたんです」
「え……?」
大型新人はホログラフで自分のサイエンスデータを表示した。
「これが僕の身体情報と適正グラフです。
そしてこれが現在のこの学校におけるコーチングパラグラフ。
重ね合わせたとき高校3年間において最も良い成績を残せるのは
このバスケットボール部だということです」
「いやこのグラフ的に……陸上部のほうが適正あるのでは?」
「ええ。僕個人の能力だけを判断基準とするなら、です。
ですが、コーチや部の相性も含めると総合的にバスケ部です」
「もう1回聞くけど……バスケは好きなの?」
「どうでもいいです。学生時代に良い成績を残せるのなら
バスケじゃなくても別に良いです。
たまたまこの高校でならバスケになったというだけです」
「う、ううーーん……これが令和なのか……」
「時代は関係ないです」
といってもコーチが部員を拒否することもできず、
入部届はノールックで通過して大型新人の加入が決まった。
(クセ強めだから部員と揉めなきゃいいけど……)
上級生といらん衝突が起きるのではないかと、
コーチはいつもより早く体育館を訪れた。
体育館では和気あいあいと部活動が続けられていた。
安心したのもつかの間、1人いないことに気づく。
「あ、あれ? 大型新人は?」
「誰です?」
「昨日入部した子なんだけど」
「来てませんよ」
「ええ……」
翌日、部活動前の授業のタイミングで職員室に呼びつけた。
「なんですかコーチ」
「君、昨日部活にいかなかったそうじゃないか。
あれだけ自分に才能があるなんて豪語したくせに」
「先生。なにか勘違いしてませんか?」
「ドンキホーテの点が、ドンキ・ホーテじゃなくて
ドン・キホーテだということかね?」
「練習についてです。僕はちゃんと練習してますよ」
「なんだって?」
「これが練習です」
「は?」
見せられた映像は酸素カプセルのようなところに入り、
まるでコールドスリープしているだけのように見える。
「なにやってんのこれ?」
「イメージトレーニングです」
「……バカにしてる?」
「先生は脳の構造をご存じない?
練習というのは脳の構造変化をさせる反復練習。
極端に言えば脳の神経を強化できればOKなんです」
「お、おお……?」
「そもそも運動とは脳の灰白質から白質に対し
脊髄、神経線維を経由して筋肉を動かしています。
練習とはこの経由構造を強化、書き換えることです。
それには白質に含まれるミエリンという脂質が
どれだけ神経線維を覆っているかになります。
ミエリンに覆われた神経線維は信号伝達が早くなります。
"体が覚えている"というのも本当に体が記憶しているわけでなく
このミエリンによる神経物質が脳の信号を高速で伝え、
運動の最適・最速動作を実現しているに過ぎないのです。
話は戻しますが、僕はこの専用脳内トレーニング装置により
脳内で擬似運動と反復練習を繰り返すことでミエリンを構造化。
これにより誰よりも効率的かつ適切な練習をしているのです」
「なるほど。エミリンという子が好きなんだとわかった」
「私はサボっているわけではないです。
非効率な練習を避けて、一番良い方法をやっているだけです」
「うーーん……」
「ではコーチは僕の練習よりも効率的な練習を提案できますか?」
「それはできんけども」
「では口を出さないてください。
あなたは洗濯機を使っている人に、
タライと洗濯板を渡そうとしていることを理解してください」
「脳内シミュレーションでは口の聞き方って学べないのかな?」
こうして大型新人は一度も部活に顔を出すことなく試合の日を迎えた。
試合の日にだけコートにやってくるので幽霊部員が実在したのか、
見えちゃいけないものが見えいているのかで部員は穏やかではなかった。
「ではスタメンを発表する」
コーチによりスタメンが告げられてユニフォームに着替えた。
「コーチ。なぜ僕がスタメンじゃないんですか」
「大型新人……」
「部員すべての身体能力とバスケの適性を数値化しました。
あきらかに僕よりも格下であることは明白です」
「そうかもしれんが……。君は試合経験ないだろう?」
「それはコーチが今試合に出してくれないからでしょう」
「いや。部活では紅白戦とか練習試合とかやってたんだよ。
君はずっとカプセルで脳内練習していただけに過ぎない」
「それが?」
「試合と練習とは全く違う。
一流の選手でも練習で出せた効果を試合で発揮できない。
いくら基礎能力が高いとしても試合経験ない人を採用できないんだ」
「ぐっ……」
試合がはじまった。
大型新人を抜いた部員たちがボールを追いかけての競り合いが続く。
「あんなの、僕だったらもっとうまく圧勝できるのに……!」
「そう思うんなら試合経験をつけることだな。
試合での成果が認められれば、次は君を採用しよう」
「わかりました……!」
ついにわかってくれた。
人間である以上、対話すれば人類はわかりあえる。
コーチの目から一筋の涙が流れた。
「試合のシミュレーションもしておきます!」
流れた涙は逆流して目に戻っていった。
それからは練習カプセルにより実践的なプログラムが組まれた。
実際の試合を脳内再現、体験できるように大幅な改良。
これまでの自分の能力をただ引き伸ばすだけから、
それを試合中にでも発揮出るようにバージョンアップが施される。
それだけに飽き足らず、実際の選手のデータなども取り込み
実在の選手とのリアルなシミュレーション試合もできるようになった。
数日後、2回戦の試合の日。
ふたたび大型新人は久方ぶりのコートへやってきた。
「コーチ。試合もしっかり練習してきました」
「しかし……シミュレーション上だろう?
相手がデータを上回ることなんてあるぞ」
「それも問題ありません。現在の最新データを取り込んだうえで
のべ1000回以上の脳内試合を重ねてここにきています」
「せ、1000回……!!」
それがたとえシミュレーションだとしても。
現実の試合を50回経験している部員に対し、
仮想の試合を1000回も練習してきた部員。
採用すべきはどちらか。
そんなのは明らかだった。
練習の密度。練習の時間とその回数。
現実では無いにせよ圧倒的でひたむきな努力を続けていた。
そして初めて現実の試合を経験すれば、
シミュレーションとの違いをまた認識して成長できるかもしれない。
コーチはついに心を決めた。
「よし、君を信じよう! 今回は試合に出るんだ!」
決意に満ちた言葉に対し、大型新人はハッキリ答えた。
「いいえお断りします!!」
コーチは目が点になった。
「え……聞きまちがい……かな? なんて?」
「試合には出ません」
「はあ!? 何回も練習してきたんだろ?
試合もシミュレーションもあれだけしてきたじゃないか!」
「だからですよ、コーチ」
「ええ?」
相変わらずのコーチの分からず屋っぷりに、
大型新人はそっと教えてあげた。
「1000試合やってきてわかったんです。
このチームでの勝率は0%。僕が入っても、です。
負け確定の試合にどうして出なくちゃいけないんです?
大事な初戦です。いきなり負けスタートは不本意です」
コーチはにこりと笑って新人の肩に手を置き答えた。
「うん。君はもう部活やめようか……」
究極にして最適な練習法 ちびまるフォイ @firestorage
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