第26話 プレイボール
「プレイ!」
球審の威勢のいい掛け声がグラウンドに響き渡る。午前11時10分。予定時刻より10分遅れで、遂に練習試合が幕を開けた。(ちなみに球審は、ミゾノスポーツ店主の溝野が有志で務めている)
「いよいよ始まったな……」
ぽつりとつぶやいた安達に、祐人は声をかける。
「試合に出れないのは不本意だけど、僕らは僕らにできることをしよう」
「五十嵐……あぁ、そうだな」
「というわけで、全力で
「いや、応援しろよ!」
「ヘイヘーイ! ピッチャービビってるー!」
「しかも味方ヤジってどうすんだ!」
一回表、相手チームの攻撃。負傷した祐人と控えの安達は一塁ホーム側のベンチに座り、仲間たちの守備を見守る。
「ストラーイク!」
初球、内角低めのボールをバッターが見送りワンストライク。
「ナイスボール!」
祐人がメガホンで声援を送る中、ピッチャーが投じた第二球。カキンという小気味いい金属音が響き、バッターは一塁へと駆け出した。
「アウト!」
塁審を務める相手校の生徒が、直角に曲げた右腕を掲げてアウトを宣告する。練習試合の場合、ホームチームの選手が塁審を務めるのが一般的だが、人数不足のため相手校の選手が駆り出されている。
「よーし! ワンナウト、ワンナウトー!」
祐人の声援が響く中、プレーは続く。続くバッターは初球センターフライ、次のバッタ―は1ストライク2ボールからの4球目を打ち損じセカンドゴロ。
「いいぞー! ナイスピッチー!」
祐人は大袈裟なまでに歓喜の声を上げながら、不慣れな右手で黒板のスコアボードに「0」と書き込んだ。負傷した祐人は応援とスコアボードの記入を担当していた。(安達はスコアブックの記入を担当)
上々の立ち上がりから始まった1回ウラの攻撃だったが、相手ピッチャーのテンポのいい投球の前にあえなく打ちとられ、こちらの攻撃も三者凡退に終わる。
「ドンマイ、ドンマイ! 切り替えてこー!」
祐人は先程書き込んだスコアボードのすぐ下に同じように「0」と書き込みながら、守備へと向かうナインたちに声をかけた。
「三者凡退……か」
声を出す祐人の隣でスコアブックを広げていた安達がぽつりとつぶやいた。
「そうだね。でもまだまだ始まったばかりだし、気にすることはないよ」
「ウチの攻撃じゃなくて向こうの攻撃の話さ。初回を三者凡退に抑えるなんて久々……いや、初めてかもな」
「そうなの?」
「大抵初回に点取られて、あとは毎回ずるずる失点を重ねて負けってのがお決まりのパターンだ。それを今日は三者凡退ときたもんだ」
「絶好調じゃん!」
二人が話していると、カキーンという金属音が響いた。慌ててグラウンドに視線を戻すと、打球はライトへ高々と舞い上がっていた。しかし海からの潮風に押し戻されたボールは、力なくフラフラと下降を始める。
「いいぞ山田く―ん! ナイスキャーーーッチ!! 素晴らしいプレーだー!」
祐人はすかさずメガホンを握り、過剰なまでに賛辞を贈った。当の山田は照れ臭そうに左手を上げて応じる。
「褒めすぎだろ。平凡なライトフライだぞ?」
「こういうのは褒めた方がポテンシャル上がるんだよ。それはそうと『エラーするのが怖い』とか言ってた割には問題なく守れてるよね、山田くん」
「……あいつのことはずっと気にかけてたんだ」
祐人の言葉に反応するように、安達はぽつりとつぶやいた。さらに続ける。
「唯一の後輩として、同じポジションとして……。初心者じゃないことも薄々分かってた」
「気付いてたの?」
「初心者にしてはやけに慣れた動きだったからな。もしかしてとは思ってた。それなのに、『自信がない』だの、『エラーが怖い』だのぐちぐちと煮え切らないこと抜かしやがるから、ついイライラしてな」
「それで山田くんに対してやたらと当たりキツかったのか」
「でももう大丈夫そうだ。山田は変わった。山田だけじゃない。この野球部は変わったんだ。お前のおかげでな」
「えっ?」
突然の安達の言葉に祐人は驚く。
「健太から聞いてるぜ? 野球部のために色々やってくれたって」
「別にそんな大したことはやってないと思うけど……」
「そう謙遜するなよ。おかげであいつらは真剣に練習に取り組む気になった。山田の奴も自らの意思で試合に出ることを選んだ。それもこれもお前が助っ人として来てくれたからだ。だから……」
「二人ともわざわざ来てくれてありがとう! まさか浦上さんまで来てくれるなんて! 嬉しいなー、久しぶりだねー。元気?」
「……(ペコリ)」
「いや、聞けよ! 人がいい話してんのに!」
自分の話を無視して女子二人と話す祐人に、安達は思わずツッコミを入れた。そんな安達を尻目に、祐人はグラウンドで守備に就く部員たちを見渡す。
「それにしてもみんないい動きしてるよね。全然緊張もしてないみたいだし。色々と冗談を言った甲斐があったよ」
「もしかして……試合前わざとふざけてたのか? あいつらの緊張を解くために……」
安達にそう尋ねられた祐人はふっと柔らかな微笑みを浮かべた。そして答える。
「いや、ボケたかっただけ」
「ボケたかっただけかよ!!」
祐人の返答に、安達は再び鋭いツッコミを入れるのだった。
さらに試合は進み、両チーム無得点のまま迎えた6回裏の攻撃。
「かっ飛ばせー! す・ず・き!」
祐人がメガホンを使って騒ぐ中、先頭打者の健太は冷静に相手ピッチャーのボールを見極めていた。
「ボール!」
球審を務める溝野の判定に、健太は心の中で考える。
(コントロールが乱れてきたな……)
カウントはスリーボールワンストライク。健太の見立て通り、相手ピッチャーはコントロールを乱し始めていた。
そして投じられた第5球目。甘く入った高めのストレートを健太は思い切り振り抜いた。甲高い金属音を残して高々と舞い上がった打球は、レフト方向へとぐんぐんと伸びていく。
「おー!!」
「行くか!?」
「行けー! 入れー!」
祐人を筆頭に、ベンチから熱のこもった歓声が飛ぶ。相手チームの
「あー!」
「何だよー!」
「マジかよ!?」
「あれ捕るとか、やべー!」
歓声は一転して溜め息へと変わる。
「クソッ! もう少しでホームランだったのに……!」
相手の
「ドンマイドンマイ! あれを捕られちゃ仕方ない、捕った方を褒めるしかないよ。よっ! ナイスプレー!」
「おいおい……敵を褒めてどうすんだよ」
祐人のお人好しっぷりに、健太は呆れたように笑う。
「あんなスーパープレーを見せられたら、褒めたくもなるよ。あーあ、僕も試合出れたらなぁ」
「……」
祐人の何気ないぼやきを耳にした瞬間、凪雲は戸惑ったように自分の腕と祐人の腕を交互に見た。そして何度かそうした後、凪雲はおずおずと早織の服の裾を引っ張った。
「……凪雲ちゃん? どうかした?」
「……」
凪雲は
「……いいの? でもそれだと凪雲ちゃんが……」
「……(コクリ)」
「……分かった」
早織の問いに凪雲は決心したように頷く。それを見た早織は短く告げると、祐人に声をかけた。
「ねぇ……五十嵐くん」
「ん? 何?」
「試合……出たい?」
「そりゃ出たいよ。この日のために、あんなに練習したんだから。それに新しくグローブまで用意したんだよ? せっかく父さんにお金出してもらったのに、何のために買ったんだかって感じ」
「そう……だよね。もし試合に出れる方法があるって言ったらどうする?」
「え? そんな方法あるの? 痛みを我慢して強行出場とか?」
「そうじゃなくて、その腕を……」
カキィーン!!
早織がそう言いかけると同時に、辺りに鋭い金属音が響いた。
霧が晴れたらこの島で ニューマター @newmatter
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