【短編集】その手袋を花と言って

芒田隼人

その手袋を花と言って

「わあ……」


 ガラス越しに見た青い色の手袋。

 小さな歓声を上げれば、そこだけガラスが白く色づいて、まるでスノードームの中に手袋が飾られてるみたいに見えた。

 青色の手袋なんて背伸びしてるかもしれないけど、最近手袋を失くしてしまったこともあいまって、物欲がふつふつと湧いてくる。

 思わず足を止めてしまっていたせいだろう。


「それ、欲しいの?」


 降り注いできた声は、賀島彩錦―――私の恋人だ。肩よりも高い位置で切り揃えられた黒髪。そして生来だという褐色の肌は、彼女が運動部に所属している何よりの証左に思えた。

 そしてそれは、彼女の忙しい放課後を独り占めしているという優越感をも感じさせる。

 その声に応える間もなく、彩錦はお店のベルを鳴らす。ガラス越しに、彩錦の指先が私が見ていた手袋を指しているのを見ていた。

 こういう時、止める時間も必要もないことを、私はこれまでのデートで学習している。ため息を吐けば、今度は空気に色がついた。

 それが、私の肩に重く乗る。


 いつもこうだ。私が欲しいと言ったものを、欲しそうに見ていたものを、すぐに買ってしまう。彩錦の財布の紐の緩さには、ほとほと困ったものだ。

 だから彩錦の前では、欲しいものを見てもそれを悟られないように気を付けている。

 もちろん彩錦からもらったものは大切に使っているし、こちらからもプレゼントをしている。それでも、彩錦からの貰い物には勝てそうもない。今では、私物の半分が彩錦から贈られたものだ。

 少しの時間が経ち、再びお店のベルが鳴った。


「お待たせ」

「待ってない」

「嘘」


 そう言って、彩錦は私の頬をつねる。


「冷たい」

「赤くなってる?」

「かわいいよ」


 答えになっていない彩錦の言葉を、私は心の中で反芻する。彩錦は赤くなっても目立ちにくいのだからずるい。

 私だけ、赤面すればバレてしまうのだから。


「はい、これ」


 可愛らしい紙袋から取り出されたそれは、紛れもなく私が見ていた手袋。仕方がなく受け取ろうとすれば、その手は空を切る。

 彩錦を見れば、不敵な笑みを浮かべていた。

 ああ、きっと。こういうときは――


「つけて」


 わがままなお姫様のような言葉を吐く。

 そして右手を差し出せば、彩錦は満足したように笑った。


「いいよ、お姫様」


 私より背の高い彼女の顔が、ふいに近くなる。長いまつげと、黒い瞳。紛れもなく女の子なのだけど、そうは思えない。

 私たちが通っている高校は、女子校という性質もあって彩錦を王子様だという。けれどそれは、あくまでごっこ遊び。学校の中だけ。それも三年間という限られた時間の中で見る幻。

 そのはずなのに。


「指細いね」


 艶っぽく言う彩錦の一挙手一投足に心を奪われて、本当の王子様かと錯覚する。

 必要もないのに自分の指で私の指を撫でる彩錦の頬は、赤く染まってなんかない。表情だっていつも通り。

 それが、妙に悔しい。


「撫でてないで」

「いいでしょ、別に」

「よくない」

「恥ずかしい?」


 からかってるわけじゃない。それは口調から分かる。

 けれどからかわれた方がマシだ。その質問にイエスといえば、彩錦は何をするつもりなのだろう。恥ずかしがってる私を見て楽しむつもりなのか、それとも今よりももっと指を撫でるつもりなのか、それとも……。

 その先を考えて、私は頭を振る。


「ねえ」

「何」

「手袋、つけるだけでしょ」

「そうだよ」

「早くつけてよ」


 彼女の暖かな指先と私の冷えた指先が重なり合う。温度が、溶けあっていく。それを感じたくなくて、私は先を急かした。


「駄目」


 悪戯っぽく言って、口の端をゆがめる彼女の唇が妙に色っぽく見えた。


「百合がもっと、真っ赤になるまで」


 瞬間、撫でるだけだった彩錦の指先が私の指先と絡まる。

 手のひらまでゼロ距離。

 自分の手とは違う感触が、手のひらから全身に伝わる。


「寒いから、もう赤いでしょ?」

「それじゃ駄目でしょ」


 さっきから胸の鼓動が止まらない。


「ボクで、もっとドキドキしてよ」


 もう手遅れなのに。

 もう貴方のことが大好きで仕方がないのに。


「百合」


 たった二文字で鼓膜が揺れる。


「こっち見てよ」


 逃げられない。

 彩錦と目が合う。可愛らしい目元、それに柔らかな唇。ずるい頬と長いまつげ。そのどれもが私を捉えて離さない。


「……好き」


 蚊の鳴くような声だった。彩錦に聞こえないでと願って、思わず胸のうちを吐露する。

 いつも王子様みたいで、いつも優しくて、そしてずるくてかっこいい貴方が。

 大好き。

 そんな言葉じゃ言い表せないほどに。きっと今、彩錦の目には真っ赤になった私が映っているだろう。そしてそれは、彩錦にとって恰好の的に違いない。

 往来だから変なことはされないかもしれないけど、もう、駄目になる覚悟はできている。


 ふいに、握っていた手が離された。

 どうして? そんなことを思う間もなく、彩錦の手によって手袋がはめられる。欲しいと思った青色の手袋。けれど今は、それよりも欲しいものがある。


「彩錦?」


 恐る恐る声をかけても、彩錦は私の方を見ようとはしない。何か気に障ることでもしただろうか。


「どうしたの?」


 言葉を重ねても、それは変わらない。

 紙袋の音がする。手袋が入っていた紙袋の音。彩錦がその中から、何かを取り出す。


「お揃い」


 そういう彩錦の手には、今私がつけているものと同じ手袋があった。流れるような手つきで、彩錦はそれをつけていく。


「……うん」


 なんで今? その疑問符を解決してくれることはなく、けれど彩錦は再び私の手を取った。

 お揃いの手袋をした手と手が重なる。

 それは深い青だった。


「今は……これで我慢して」


 彩錦の声。

 さっきより確かなものじゃないけど、確かに彩錦の感触を感じることはできる。これはこれで悪くないのかもしれない。

 直接手を繋いでしまえば、すぐ真っ赤になってしまう私には。

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