きみはともだち

桜舞春音

きみはともだち

「だからぁ〜。あたしはまだできないの」


 教室というのはこうも古びていないと気がすまないのだろうか。拘束された身ながら、涼介は単調にそんなことを考えた。


「そんなこと言うなよ。ほら」


 目の前には、特異な見た目の男女が二人。肌が妙に白く、目と髪が黒い。髪には光が入るというよりはところどころの毛が白いことで生まれるような余白があり、まるで漫画の絵のようだ。そんな髪からにょきっとはえたツノは女のほうが若干小さく、男のほうが若干いびつ。どちらも背が高く、口が小さかった。


「なに見てんだ」

「いや……」


 男はするすると手慣れた手つきで涼介のことを椅子にくくりつけていく。その長い指からとめどなく、繊細に練り出される細い糸は、若干の光沢をもちながら束ねるごとに強度を増していく。


「で、どうするの?この子」

 女のほうが問う。

「さぁ。そこはお前が考えることじゃねぇ?」

「それもそっか」


 女は涼介のことをしばらく見た。

「ふっう〜ん。綺麗な顔してんじゃん、中々」

 それから女は一瞬で涼介も見慣れた人間の姿に戻り、

「とりあえず任せるお。あたしちょっとあっち見てくるから」

 と涼介を男に託した。


 アニメオタクな涼介は、拘束されても抵抗することはせず、ただこの先自分に訪れる展開を可能な限り予測しようとした。近年のラノベや少年漫画原作の流れではここで食われるか悪魔化されて仲間にされるか、はたまた次に女が戻ってきたとき悪魔界のボスが後ろにいて……


「なあ」


 この男の悪魔の声というのがなかなかに思考を阻害するのである。


「いつから気づいてた」

「……さっき見てからだよッ」

「本当に?リナを疑ったりしなかったんか」

「しなかったよ。現実とフィクションの区別くらいつく」

「……それならまあ」

「君たちはいったい何なんだ。なんだその見た目は!なんだこの糸は!!どうしたら現実にこんなことが起こるんだッ!!」

「落ち着けよ。これは夢じゃない」

「夢のほうが数倍いいッ」

「お前おもしろいな」


 悪魔の男女二人組は、もともと涼介と面識があった。女の方はリナという名で、めったに目立つような行動はしない女子。男の方はハルキという名で、反対に常に目立ちたがるやつだった。もとい、悪魔でありながらも人間のクラスメイトとして当たり前にそこにいた二人だ。勿論この二人がこんな姿をもっているなんて疑いもしなかった。二時間前、忘れ物を取りに来て二人を目撃するまでは。


 ガララッ、と乱暴にリナが扉を開けて戻って来る。


「まだかかりそうだから、そいつ何とかしましょ」

 

 リナはまた涼介のことをじっと見てから、目の前の椅子に腰かける。


「でも喋る甲斐性も相手もなさそうだし、べつによくないかしら?」

「これが見たのは私たちの見た目だけでしょう?」

「それに、こんなのに見られて困ることもないわ」


 リナは畳み掛けるように話す癖があるようだ。おまけに、少しトゲがある。


「まあ、いざとなったら弱みでも握るわよ。弱み、いっぱいありそうだし」


 刹那、リナは吹っ飛んだ。

 もちろん吹っ飛ばしたのはハルキである。


 大きな音とともに、机をなぎ倒しながら後方に倒れ込むリナ。ハルキはそのリナを糸で縛って椅子に座らせ、涼介にしたのと同じように巻き始める。


「ちょっと、何のつもり?」



 リナの周りをぐるぐると回りながら糸を巻きつけていくハルキ。

「わかってねぇなあ、こいつのことも、自分のことも」


 リナの座る椅子には、ものの一瞬で涼介に巻きついている数倍の糸が絡んだ。ハルキは椅子の背面に、蜘蛛の巣を模造して糸を縛った。


「蜘蛛ってさあ、自分の糸には引っかからねぇんだよな」

「……」

「だからお前は蜘蛛になれないんだよ」


 リナが黙り込む。


「薄情なやつめ。大っきらいだ」


 とハルキは吐き捨てて、そして涼介の糸をすべて解いた。久しぶりに解放されて、血の通いがよくなるのがわかる。


「じゃ、頃合いだ。行くぞ」


 ハルキは涼介の手を掴み、そのまま引いて教室を出た。

 その手は少しあせばみ、そして温かかった。


 教室に取り残されたリナは、彼らがでていった扉が、建て付けの悪いレールにひっかかって閉まりきらないのをとりとめもなくみながら、


「あたしだって、好きな人くらいいるもん」


 と呟いた。


 ハルキは暗い廊下を進みながら、徐々にいつも通りの、白い肌の端正な顔立ちの男の子に戻った。本当に自分は化かされていたんだと思いながら、やっぱりかっこいいな、と惚れなおす。


「どこいくの」

「ん?楽しいとこ」


 涼介は問いながら、なんとなく察していた。この数年毎日通っている学校だ。このルートであれば、行き着く先は……


「ほえ」


 涼介の予想通り、体育館だ。

 すでに日も落ちたが、気温もちょうどいいこの季節、バレー部が練習に勤しんでいた。


「そろそろだな」


 と、ハルキが言い終わると同時に照明が落ちる。


 それに一瞬遅れて、バレー部の悲鳴が響いた。


 壁から、この暗さの中でもはっきりと、むしろまぶしいくらいに視認できる白い物体が、外壁の鉄骨を熱で溶かしながら首をのぞかせている。

 口だけがぱっかりと開き、その内部もまた溶鉄のごとし赤に染まっている。


「収穫祭といきましょーか」

 ハルキはなぜか嬉しそうに手をこすり合わせて糸で筒を作り、

「これ、ここ押し込んだら熱で火ィ噴くから」

「火!?」

「飛び道具だよ。あの白いのの弱点は口だから。あいつが口開けたタイミングでぶちこめ!!」


 ハルキはそれだけ言って駆け出す。


「カーテンの中に隠れろ!!やられるぞ!!」


 そしてバレー部員に大声で呼びかけるのだ。

 はじめはカーテンに隠れる部員も少なかったが、


縺弱c縺?d繧翫≠繧翫≠繧翫≠

縺弱c縺?d繧翫≠繧翫≠繧翫≠


 と白いのが凄い声をあげて火を噴いてからは皆一様にカーテンに縋った。


 涼介はきわめて落ち着いている。

 あの白い物体がなんなのかわからず、ただ自らに死の危険が迫っていることは理解しながら、あれにたいして高揚をおぼえている。

 恐怖よりも、あれに触れたい、あれがなんなのか知るために戦いたい、普段の涼介では到底感じ得ない感情に支配されていた。


 あれ……名前をつけるとしたらシロにしとこう。シロはおそらくこちらを見ている。ただ動いているものにしか標準を定めない。ならばやることはひとつ。


 涼介はあいもかわらず仰々しく叫び声をあげるシロに見えるように、大きく横切った。体育館の広い床面積が手助けして、俊敏に動くことができる。


縺弱c縺?d繧翫≠繧翫≠繧翫≠


 シロは口を開き、火を涼介に向かって噴こうと顔を伸ばす。


 その中心を狙って、ハルキお手製の飛び道具とやらを放った。


 ぼわん、とシロの白い部分が揺れる。口の中で力がぶつかって、相殺されたようだ。


 この攻撃は、攻撃ですらない。

 ただ、シロの攻撃から身を守ることくらいはできるようだ。

 

「いいじゃねえか涼介!!」


 ハルキがばっさばっさと羽を羽ばたかせながらシロの周りを飛んでは涼介を褒める。

 漫画から出てきたような彼の外見に相応しい、コウモリみたいな赤紫の羽。


「おらよっ」


 ハルキはシロの顔面、地球の生き物であれば”目”がある位置を蹴った。


縺弱c縺?d繧翫≠繧翫≠繧翫≠


 シロは絶叫してまた口を開く。ただその方向は、すでに誰もいない方向。


 シロは火を放った。


 どろっとした、溶けかけの鉄のような火球が飛ぶ。カーテンについて、染みてなくなった。カーテンの中からバレー部員が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うも、シロはそれを追うことをしないのだ。


「ハルキ!!僕はどうすればいい!?」


 涼介はハルキに問う。

 おもえば、ハルキには目的を教えられていない。


「狩るんだよ!涼介はそのまま、こいつの火の玉消してくれ!!」


 ハルキはそう言ってまた飛ぶ。

 その少しがなるような乱雑な声が、シロの呼気と悲鳴であふれる騒がしい体育館に心地よく響いた。


「おらあ!!」


 ハルキが今度は下から殴る。

 またシロの身体が揺れた。まるで気体、ガス型惑星みたいだ。


縺弱c縺?d繧翫≠繧翫≠繧翫≠!!!!


 シロが絶叫。

 この声を聞くと、本能的に悲しみと恐怖がよみがえる。


「ほらあ!」


 ハルキの攻撃が続く。

 それにあわせて、シロの口に涼介が飛び道具をぶち込む。


 シロはいつしか火を噴くこともしようとせず、ただ泣き叫ぶように声を上げるのみになった。


 すこしシロの声も聞き慣れてきて、よく考えると、あれはなんなんだろう。と涼介は冷静になった。まず体育館の壁から出ているのは何故だ?


 目を凝らすと、シロの周りにはすこし光のゆがみがあった。粉をふくような塵が、そのゆがみの境界線を漂う。


 悪魔であるハルキが狙う、シロ。

 悪魔の本質が何なのかわかれば、シロの正体も見えてくるような気がした。


「ちょっとアンタ!どんだけきついのよ!」


 すると、突然羽を広げたリナが現れた。それもすごい形相でだ。


 リナは涼介を見ると、


「ふっう〜ん!?そうなんだ!?ずっと一緒にやってきてさ、ずっと一緒に乗り越えてきたあたしよりも、自分が好きな子を選ぶんだ!それも人間!!」

「馬鹿じゃないの!?生身の人間にこんなことさせてさ!!」

「そいつを溶かし殺すためにわざわざ小芝居打ってそんなゲテモノ呼んだのに!!」


 ひたすらに叫んだ。その声に反応してなんどかシロが火を放つも、リナは片手で跳ね返す。


「あんた、あたしのことバカにしてんの!?」


「だったらなんだ?」


 ハルキが被せるようにして叫ぶ。


「俺は俺のやりたいことをやる。お前に指図されない」

「なによそれ!!」

「はじめからむりなんだよ。俺たち悪魔だ」

「……!!」


 リナの言葉が詰まる。


 悪魔は群れない。媚びない。それは、悪魔は人間から道徳を切り離した存在であるからだ。


 そんな悪魔が唯一執着するものが、欲。

 金、権力、女や男……。多種多様な自分の「欲」を満たすのためだけに生きる。

 人間はそれをリバタリアンやダークトライアドと呼ぶが、それはまさに悪魔的な本質であり、すなわち人間の本質でもある。


「でも助かるよ。バケモンと戦ったおかげで、ほら」


 ハルキは涼介の頬に手をやる。その大きな手は、先ほどからの戦闘ですこし傷ついている。


「こんなにいい顔になった」


 そのとき涼介は、自分がどんな顔をしているかわからなかった。ただ、困惑した。


「涼介、俺と居てくれるよな?」


 ハルキが笑う。相変わらず整った顔立ちだ。


 リナが絶句したまま首を横に振り、涙もこぼしている。欲を満たせない、そのとき大きなストレスが、彼女にはかかるのだろう。


 ただその悲壮に満ちた表情をもってしても、涼介は揺るがなかった。


「ごめん。ハルキの期待には応えられない」


「君は、君たちはやっぱり友達だよ」

「君たちの正体とか、そんなの置いといて」

「僕は君たちのものでもないし、君たちは僕のものでもない」


 涼介が言葉を重ねるほどに、ハルキの表情が曇っていく。

 ただ恐ろしい空気が流れた。シロも攻撃をやめてただ低い声で唸る。

 バレー部員はもうとっくにみんな逃げ出して、今やこの体育館は異質な、まさに異世界。


「なんでだよ」

「納得いかねぇ」

「理由は!」


 ハルキが髪を逆立てて叫ぶ。

 昔、この無様な姿に嫌悪して、人間は彼らに「悪魔」なんて名をつけたんだろう。


「僕は戦友や敵の気持ちを読み取れない人とは一緒にいられない」


 涼介はハルキのほうは見ず、まだ壁から顔だけをのぞかせるシロに向き直った。


「……」


 シロが涼介の気配に気づき、口を開く。そこで涼介は、飛び道具を捨てた。


 シロの動きがとまる。


「この、リナが呼んだ怪物さん」

「白くてほわほわな怪物さん」

「この子がなんで僕たちを攻撃してきたかわかる?」


 シロが頭をこちらに向けて、涼介たちのいるフロアまで下げる。


 シロにふれると、震えていた。


「怖いからだよ」


「僕たちのほうから何もしなければ、何もしてこない。ただ自分の欲のために、生命を犠牲にはしたくないんだ」


 ハルキとリナは顔を見合わせる。


 涼介はいつまでも、シロの隣でそんな二人の様子を見つめるほかすることがなかった。


―いくら善を持っていても、友人がいなければ誰も生きていこうとは思わない。なぜなら、善は人間関係の中でこそ実践されるものだからだ。友愛とは「相手のために善を願い、行為する」という徳の一つである―アリストテレス



          

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