この圧倒的なる「逃げ場のなさ」の演出。実際に自分の身に起きたら嫌だなあ、と強く思わされました。
主人公はとある昭和気質の「ブラックな体質の企業」で働いている。
彼は現在の地位を得るまでに、何人もの人間を犠牲にすることを選択してきてしまった。
それが罪悪感となり、今でも澱のように心の中にこびりついていた。
そんな彼の身に、「とある変化」が起こり始める。
人生の中でもっとも安らげる時間と言えば? きっと九割以上の人が「その時間」を答えとしてあげるはず。
疲れをとること、ストレスなどですりきれた心をリセットすること。そのためには絶対に「その時間」をたっぷりとることが必要となる。
他者への罪悪感。呑みこむことのできない自分の過去。後悔。自己嫌悪。それらをうまく消化するには、全てから目を背けられる「ある時間」が一番の救いとなる。
だがもしも、「その時間」が強烈に自分の心を苛んできたならどうなるか。
少しずつ少しずつ、この物語の主人公が心を削られて行くことは想像に難くない。一番の逃げ場所となるはずのものが、「もっとも心を苛むもの」へと変化してしまう怖さ。
もしも自分の身に起こったら? そのことを想像した時に、とても強く心に迫ってくる作品でした。
本作を読んだ後は、普段何気なく享受している「ある時間」の大切さを、しみじみと感じさせられるようになることでしょう。