あの日の恐怖は、俺の心をも蝕んだ

咲月ねむと

1話

 朝のニュース。

 それを見ることが俺こと海崎聡かいざきさとしには日課になっていた。


 仕事行く前に顔を洗い、歯を磨き、熱々のコーヒーをマグカップに入れ、少しずつ口に含む。サラリーマンの朝なんてそんなもんだ。


「ニュースをお伝えします。昨夜12時頃遺棄されたと見られる遺体が住民の通報によって発見されました。被害者の名前は佐々木雪子ささきゆきこ28歳」


「…………お、おい嘘だろ……なんで」


 俺はそんな唐突のニュースを目にして驚きの表情を隠せなかった。昨日は仕事がお互いに休みだったこともあり買い物に付き合ってもらっていたからだ。

 その理由だが今付き合っている彼女――白峰咲しらみねさきへのプレゼント選びのためだった。


「今、情報が入りました。容疑者の名前は白峰咲しらみねさきさんということです。これから移送され殺害の動機などを事情聴取するとのことです」


 一体、何が起こって…………


 頭の中は真っ白。

 今、何が起こって、どんな状況なのかまったくもって理解できなかった。


――――――――


 話は遡り一週間前のことになる。


 とある遊園地にデートをしに来ていた俺と咲は色んなアトラクションに乗ったり、少し値が張るレストランでご飯を食べたりと満喫していた。


「ねぇさとし君、二人でデートするの久しぶりだね。私、本当に今が楽しい」


「ああ、俺も楽しいよ。こうやって二人でこれて」


「そう? ならよかった」


 こんなどこにでもいるカップルが言うようなセリフ小っ恥ずかしくて言えたもんじゃないと思ってたけど、咲がそんな言葉一つで喜んでくれるならと俺は頭に手を当て照れ隠しをしながらそう言った。


 正直、彼女は可愛すぎるのだ。身長も高くスラリとしていて、周りの人にこいつモデルなんだよって自慢しても疑われないレベルだ。

 それだけ彼女の容姿も性格も完璧。


 不思議なもんだ。

 俺みたいなしがない一会社員がこんな美人と付き合っているんだからな。

 世の中捨てたもんじゃない。


「どうしたの? 聡くん」


「いや〜今の俺ホント幸せ者だと思ってな」


「もう冗談言わないでよ! 私も幸せだけど」


 そんなこんなであっという間に一日が過ぎた。

 夜になると遊園地を出た俺と咲は頬を赤く染めながら近くのホテルに足を運んだ。

 そこから先、何があったのかまで説明するのは野暮だろう。


 まあ、簡単に言うと俺と咲は身体を弄り合い愛し合ったということだ。


 俺も童貞で彼女も処女。

 そんな初めての経験は気持ち良く、何とも言えない快感が湧き上がってきたものだ。


 そうやって一夜を過ごした俺と咲はお互いに仕事もあるため、チェックアウトするとホテル前で解散した。


 近くの駅から電車で職場に向かうのもいいが、どうも昨晩身体を動かし過ぎたせいもあってか妙に気怠い。


 俺はスーツの懐から携帯を取り出しタクシー会社に電話を掛けた。


「すみません、タクシーの手配を」


「どちらにお伺いすればよろしいでしょうか?」


「○×ホテル前で、名前は海崎と言います」


「では、手配いたします。十分ほどお待ちください」


「はい、ありがとうございます。失礼します」


 そう言って電話を切った俺はホテルの前でタクシーが来るのを待ち続けた。

 するとホテル前に一台のタクシーが停車する。


 俺は早速タクシーに乗り込み行き場所を伝えた。


「〇〇株式会社まで」


「はい」


 タクシーはゆっくりと発進した。

 ここからおよそ二十分ほど掛かるはず。

 少し眠りに就こうとも思ったが、二十分なんてあっという間だ。

 寝起きの顔で会社に顔を出すわけにもいかない。


 俺は目薬を両目を一滴ずつ差し、鞄から取り出したボディータオルで顔を拭いた。

 清涼感で顔はスッキリ、目薬で目がパッチリとして目覚めがいい気分だ。


 実際は疲れてるけど……まぁ夜あれだけ激しかったから当然か……。


 国道を走り続け会社の前に到着すると、ライムというメッセージアプリに一通のメッセージと写真が送られてきた。


 その中身は、


゛昨晩はすごかったね。これ聡くんが疲れて寝てる写真だよ゛


 そのメッセージの下には俺が疲れ果てぐっすりと眠りに就いている写真が表示されている。


 いつの間にこんな……お互い初めての経験だったし思い出の一つにでもするつもりか? 

 ああ、俺もメッセージを返さなきゃな。

 既読無視なんて思われても嫌だしな。


゛昨日は色々とありがとう。またお前の誕生日の日にでも一緒にどっか行くか?゛


゛そうだね。楽しみにしてるね゛


「お客さん、着きましたよ」


「すみません、料金は?」


「1860円となります」


 俺は料金を支払い急いで出社しタイムカードをきった。


 みんなはもう来てるみたいだな。

 はぁ疲れた、まだ仕事が始まってすらないのにもう疲れた。

 賢者タイムにしては長すぎないか?


「おはようございます」


 デスクでもう仕事している同僚に挨拶をすると、


「おはよ〜! 今日はやけにギリギリだね」


 挨拶を返してくれたのは俺の同僚――佐々木雪子ささきゆきこ

 清楚で美人、そしてなにより面倒見がいいことで後輩社員からも慕われている。


「まあ、色々とあってな」


「あ! 彼女さんとデートでしょ〜。確かにものすごく美人だもんね」


「確かにな、俺にはもったいないぐらいだよ」


「そんなことないよ、海崎君だって頑張り屋さんだし優しいからこそ今の彼女さんも好きになったんだと思うよ」


「だったらいいんだが……それより今度ちょっと付き合ってよ。咲のプレゼントを一緒に選んで欲しいんだけど」


「いいわよ、わたしでよければ」


 そう約束した俺と佐々木は後日、咲の誕生日の前日に買い物に出かけることになった。

 ある程度、自分なりに喜んでもらえるだろうと意識して選んだ物を佐々木に伝えるが、どうも反応が薄いような気が……。


 咲は髪が長いからドライヤーとかヘアアイロンとかそんな感じの物がいいと思ったんだが、的外れだったようだ。


 まあ、俺がいいと思ってもそもそも性別が違うからな。

 男なら……そうだな、相手の興味のある類の物をプレゼントすれば大抵は喜んでくれるけど、そこらへん女性に関してもわからないからな。


「ねえ海崎君、ほらあそこ」


 佐々木が指さした先には宝石店。

 豪華な内装はきらびやかでどれも高額の物ばかりだった。

 俺の年収じゃ到底買えない物まで扱っているようで。


「こんな高いの俺には」


「女性にとって大切な人からのプレゼントって一生もんなんだよ。ここでケチってどうするのよ」


「いや言いたいことはわかるけど……」


 俺は辺りを見渡すと自然とある物に目が惹きつけられた。

 それは1カラットのダイヤが装飾された結婚指輪。

 少し値は張るが買えないわけではない。


 咲が喜んでくれるならと、俺は佐々木に意見を仰ぎつつレジまで持っていった。

 そして購入した俺は佐々木と店をあとにすると、さっきまで天気がよかったはずなのだが、急に雨がポツポツと降り出した。


 なんか……タイミングが悪いな。悪いこと起きないといいけど。


 俺はなぜかこの時そう思ったのだ。

 だいたいこうやってタイミングが悪い時になにかしらのハプニングが起きるもんだ。

 それは誰でも一度は経験したことがあるだろう。


「降ってきたね……雨具持ってきてないや。あそこで少し休まない?」


「そうだな、せっかく買った結婚指輪を濡らすわけにもいかないし」


 そう会話をしながら俺と佐々木はちょっとしたビジネスホテルに向かった。

 もちろん予約を入れていたわけでもないから休憩といった形で何時間か部屋を借りただけ。

 そこでお互いに暇だったこともあり、企画の構成やプレゼンの準備を二人でしていたわけだけど、気づけば深夜になっていた。


 明日は仕事ってこともあって俺と佐々木は慌ててホテルを出た。

 そして解散すると……見に覚えのある赤い傘と白い鞄を持った女性が道路の反対側からこちらをジッと眺めている。


 なんだろう? と思いつつも俺は急いで帰宅した。


「はぁ疲れた……明日とうとう咲の誕生日か。喜んでくれるといいけど」


 俺は購入した結婚指輪を眺めながらそう呟いていた。


――――――


 そして気づけば朝、日課であるテレビを点けるとあんなニュースが流れてきたわけだ。


 なにかの間違いだろうと佐々木の両親とも知り合いだったこともあり連絡を取ると、紛れもない事実なのだと告げられた。


 もちろん昨晩、佐々木と一緒にいた俺も容疑者のひとりなのだろう。


 俺は近くの警察署へと足を運び軽く事情聴取を受けた。

 もちろん俺は何もしていない。そうはっきりと説明すると、犯人はとっくに逮捕しているとのことだった。


 その犯人が言うには俺が他の女と一緒にいたから殺した、と言っているらしい。


 この言葉で確信した。

 犯人はニュースで取り上げられていた通り咲なのだと。


 正直言って俺自身どうしたらいいかわからなくなった。普通なら殺人を犯した彼女に対して怒鳴ったり、キレたりしているだろう。そんなことで済むような問題ではないが。

 しかし俺は彼女を責めることができない、と心の中ではそう思っていた。


 なぜなら佐々木と咲への誕生日プレゼントだったとしても彼女と出掛けたことは事実であり、雨が降ったからと二人でホテルに入ったのも事実だからだ。

 ある意味俺が彼女に咲に誤解を与えてしまったというのに変わりはないからだ。


――――――


 そんな事件から半年後。


 俺は刑務所を訪れた。すべては彼女に会って今の気持ちを正直に話すために。


 そして彼女と会話した。

 ガラス越しの咲は以前のような明るさや優しさは消え失せたようで、俺と一度も目を合わせてくれることもなかった。


「咲、もうここで終わりにしよう」


「なにを言ってるの聡君?」


「あの日から俺は自分を責め続けている。仕事も手に付かなくなって、ずっと佐々木の声が今になっても響くんだ」


「聡君は悪くないよ、悪いのはあの泥棒猫。私の聡君に手を出したから殺しただけだよ? そのなにが悪いの? なんで私はここに閉じ込められているの?」


「そうか、お前はもう…………」


 咲の心は完全に壊れているようだった。

 

 幾ら話してももう無駄かもしれない。


 そう思った俺は彼女に告げた。


「さようなら、咲」


「さ、とし君。また来てくれるよね?」


「………………」


 俺は無言のままその場を立ち去った。


 こんな時、咲とどう接したらいいかもわからなかった。


 どんな顔をしたらいいかもわからなかった。


 だから俺もずっと話してる途中うつむいたままだった。


 俺自身の心も咲と一緒で大きな問題を抱えているのだろうか?


 佐々木があんな目に合ったのが俺のせいだと思うと半年経った今でも身体の震えが止まらない。


―――

ぜひとも短編ではありますが、

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