傭兵の忠誠
都津 稜太郎
傭兵の忠誠
騎士が主君に忠誠を誓うように
商人が信用に命を懸けるように
我々傭兵は金に忠誠を誓い、信用に命を懸ける。
誰も彼もが明日の敵とも分からぬ戦乱の世で、信頼できるのは金のみだ。
傭兵はすぐに裏切る、逃げ出す。そんなのは誤解と言おう。勿論、そんな奴らが居ないとは言わないし、むしろ多数派だと言われても否定はできない。だが、金を貰っておきながら、逃げ出し裏切るような傭兵団は、得てして姿を消す。
傭兵団というものは規模の大小を含めても、地域ごとに見れば、それほど数は多く無い。悪評が広まれば仕事が無くなり、行き着く先は盗賊だ。そうなれば、違う傭兵団か騎士達が討伐に現れ、草葉の露と消える。
ところが、裏切らない傭兵団であれば生き残り続けるか、と言われればそれもまた違うと答えざるを得ない。命を対価に金を稼ぐ我々は、遮るものの無い平原や、森の中で戦う。どちらの味方につくか、何を敵にするかを見極める力が無ければ、こちらも草葉の露の仲間入りだ。
依頼の取捨選択は俺の斜め前でエールを水のように飲み干す、タボール副団長が握っている。体格も普通で冴えない見た目の彼だが、私より7歳年上の26という年齢に裏打ちされた経験が、危ない依頼を避けてきた。
俺の両親が戦場と流行病で死に、生きる為に14で入った傭兵団で兄貴分のタボールは、俺が18の時に起きた些細ないざこざで、空中分解した傭兵団より独立と同時に引き抜いた。
そして、そのタボールはたった今、槍が首を貫き、自らの血に溺れ、死んだ。
今回の依頼は、金払いは悪いが、距離も短い簡単な隊商の護衛だったはず。ところがどっこい、こんなテストラム王国の内側で、シャイール教国の騎乗教兵30騎に襲われた。
「守りを固めろ!!!馬車と商品をばら撒け!上手く使って騎兵の足を止めろ!!!」
自分たちの命の為に、必死で大事な商品をばら撒く商人達を視界の隅に捉えながら叫び、突っ込んできた3騎のうち1人の喉仏に向かって、投げ槍を投擲する。
王国の騎兵と違って、教国の騎兵はヘルムをしていない。薄いシュマグは首を守る事なく、騎兵は力無く地面に叩きつけられた。残った2騎は陣形を組み始めた私達を無視し、後方で商品をばら撒く商人の1人を槍で貫き、離脱する。
「馬車を背に半方陣を組め!盾を掲げて、もっと隣と肩を寄せろ!!弓を守れ!!!」
隊商護衛の10人は、商人達と一緒に右往左往していて、役に立たず。結局信頼出来るのは、金の絆で繋がった25人。1人減って24人。
教国の騎兵の動き方は効率的だが変化がない。3騎で1組を作り、一撃離脱を繰り返す彼女らを、護衛対象である商人達を餌に、少しずつ削る。
幾度とない突撃を受け流し、削り、後方の商人と護衛が全て地面に横たわった頃、敵の騎兵と我々は2倍の差が付いていた。彼我の差が2倍つこうとも諦めないのは、彼らが狂信者たる所以か、それとも主たる資源と肥沃な土地がない故の欲望か、はたまた主君への忠誠か。
どれなのかは、信じる神と仕える主君を持たざる俺には分かりかねるが、一つ言えるのは彼女ら30人、見知らぬこの土地で、土に帰る原因になったのは間違いない。
土の匂いが立ち込める平原に、最後まで立っていたのは、我々傭兵団の10余名。敵も味方も他にはいない。
「団長、勿体無いと思いませんか?」
女好きのベンソンが言っているのは、たった今倒した、教国の騎兵達の事に他ならない。
足元に横たわる死体はシュマグが外れ、浅黒い肌と端正な女性の顔立ちが見えている。
教国は人口が少ない。その分他国より少ない兵力を満たす為に、力は無いが、柔軟性の高い女性を騎兵や騎士にする。
「死体とヤるなよ、ベンソン」
「ヤりませんよ!!!」
「稼いだ金で女を買え」
「団長はどこまで自分を低く評価してるんですか!?」
「女の事だったらお前の頭は、鶏以下だ」
「いや……」
「商品を積み込め!討伐の証拠を確保しろ!!多少は見逃すが懐に入れすぎるなよ!!!」
否定しようとしたベンソンも、略奪許可に慌てて足元の死体を漁り始める。そして、全ての事が終わった後は、敵味方の死体問わず馬車に詰めて、燃やす。弔いであり、隠滅でもある傭兵団の行為を咎めるものは、この戦乱の世に居ない。戦場での略奪は、騎士でも国軍でも無い我々の特権である。
ただ、隊商が全滅してしまったのが、少し信用を落とす。残念だ。
「なんと!!全滅とは」
平凡より少し大きい商会の、本拠地の一室は飾り気のない部屋だった。報酬を受け取りに来た自分を出迎えたのは、いかにも人の良さそうな老人。商売人であれば、当たり前なのかも知れないが、我々荒くれ者とは違う人種だ。
「力及ばず申し訳ない。教国の騎兵の存在と証拠は領主と騎士団に報告しています。国境線から3日も離れた、ここまで入り込んでいるとは予想出来ず、我々も副団長含め、半分の人間を失いました。唐突な襲撃だったもので、足止めに商品と馬車を使い、残った物も隊商の者達の遺品も先ほどので全てです」
「仕方がないと思う事にしよう、彼らは運がなかったのだ。商品ももう少し残っていれば、嬉しかったのですがね」
残念そうな老人の目に、こちらを疑う素振りは見えない。話もそこそこに、思い切って報酬の話を切り出す事にした。
「本来であれば、犠牲も出ていますし、報酬を追加でお願いしたいところですが、こちらも護衛の依頼を全う出来ていません。事前の報酬の通りで大丈夫です」
「ふむ、わかりました。では、持って来させましょう」
こちらの厚かましい要求をそのまま飲むとは、この商会の主人は随分と人が良い。こちらが老人を騙しているようで、忍びなくなってしまう。
少しの時間の後に、俺の目の前に差し出された残り半分の報酬も、不足はなかった。これで、この世界を生きていけるのだろうか?思わずそんな言葉が口から出た。
「傭兵を信用しすぎでは?もしかしたら、俺たちが裏切って商品を奪ったのかも知れないぞ?」
老主人は表情を変える事なく返答する。
「だったとしても事実が明るみに出て、信用を落とすのはあなた方で、私達には関係ないですから。商人が金払いを渋ったと言う事実が残るほうが、私たちの商売にとって都合が悪いのです」
「確かにそうだな、じゃあ報酬は受け取った。失礼する。また何かあれば依頼してくれ、今度こそ無事届けてみせるさ」
やんわり断るように、首を縦に振る主人が見せたのは、信用に命をかける商人の姿か。
店先まで主人に見送られ、通りにたむろする傭兵達の元へ向かうと、彼らの目線は右手にある報酬に集まった。
「報酬は!?」
「無事全部受け取ってきたぞ」
「流石団長!」
やいのやいのと俺を褒め称えるが、彼らの視線は俺の右手が持つ袋から離れることは無く、今回犠牲になったタボールや団員達へと向けられることも無い。
これが金への忠誠だ。
傭兵の忠誠 都津 稜太郎 @linkin250
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