【短編】てのひら
南下八夏
てのひら
「レイア、君の行いは王妃に
とある大陸のとある王国、貴族の子女だけが入学を許された学園の、とある年の卒業式にて。
令和日本のネット小説にありがちな婚約破棄劇が展開されていた。
卒業式の最後に行われる在校生や
我々には典型的な状況だが、この場にいる人々にとっては前代未聞の大事件である。
娯楽に
王子はふんすふんすと鼻息荒く、
「男爵家の出でありながら成績優秀で
いくら公爵家の令嬢とはいえ、君をこのまま私の婚約者として王家に迎えるわけにはいかない!
よって、私はレイア・クク・ジョーヤ嬢との婚約を解消し、王妃に相応しいヒナカを新たな婚約者として迎えることを、ここに宣言する!」
どよめく観衆、小鼻が限界まで広がって得意げな顔をしている王子、その腕の中でうっとりしている可憐な令嬢。彼らは一斉に、レイア嬢を見た。
レイアは彫りの薄い顔立ちをしかめ――その場に両膝をつき、
「身に覚えのない
言うや否や、レイアは懐から取り出した短剣で躊躇なく腹を突き刺した。
幸いレイアは一命をとりとめたが、その後の騒乱たるや。
王家が火消しに多大な労力と
レイアには前世の記憶があった。
前世のレイアは肌の色の濃いのっぺりした顔立ちの民族で、弱小領主に仕える騎士だった。ホージョーが、トクガワが、と敵勢力の侵攻の噂が絶えない国で、レイアは領主と領土を守るために戦場を駆け回った。
奇妙な形の鎧を着て、大きな弓を持ち、細い片刃の剣を携え、血と
主に対しての忠義は狂信的なほどで、主の命令と家名の誇りを守ることだけが生きがいだった。
そういう男の魂が目覚めたのは、レイアが12歳になった時。
病に倒れ、三日三晩熱にうなされたレイアが目覚めた時だった。
公爵家の
その結果、貴族らしい
現世の主君である王家の人間に、
「なんと馬鹿なことを」
ジョーヤ公爵、つまりレイアの父は青ざめた顔でため息を付いた。
ジョーヤ公爵領にある館の一室、レイアの寝室で、末娘がようやく起き上がれるようになったと聞いて駆けつけたところだった。
そんな娘が、王子にあのような仕打ちを受ければ、ショックで世を
公爵はあくまでこの時代この国の高位貴族なので、家名のために腹を切るような精神は理解できない。そもそも何があろうと腹は切らない。
いささかの勘違いをしたまま、公爵は娘の
「レイア、安心して体を休めなさい。君の
世間知らずの王子が練った冤罪計画など、陰謀策略
よくある話、要は容姿が好みで身分の低い娘を手に入れるため、地味な
「あの馬鹿王子は除籍された。男爵家で面倒を見るようだが、ロンレイン家は長男が継ぐそうだから、離れで飼われることになるだろう」
前代未聞の
可愛い可愛い末娘を
公爵はあらゆる
レイアは
彼女の忠誠は王家に捧げられているのであって、王子個人ではない。今となっては王子は男爵家の食客、公爵令嬢たる彼女にとっては遥かに格下に成り下がったのである。
そんなことより、レイアには気になることがあった。
「父上、我がジョーヤ家の汚名は
「もちろんだ。王家から直々に謝罪があった」
「
レイアはぱっと顔を輝かせた。この瞬間、王子のことは脳から消え去った。
公爵は娘の笑顔に満足そうに頷き、
「君の次の婚約もできるだけ早く整えよう。今度こそは君を心底大事にしてくれる男を選ぶからな。今はとにかく傷を
公爵が部屋を出るのを視線で見送って、レイアはふむと息を吐いた。
腹を切って生き延びるは恥、しかし家族に生きていてくれてよかったと泣いて抱き締められてはそうも言っていられない。レイアは騎士ではあるが、それ以前に家族を愛し家族に愛された17歳の子供だった。
騎士だった時は、家族を思いやる気持ちは薄かった。
レイアは前世とは比べ物にならないほど頼りない己の手を見た。
かつてこの手にあったもの。
血の臭い。
今は。
侍女が飾った花の香り。母がくれた香水の香り。静かで温かい我が家。小鳥のさえずり。清潔なシーツの感触。抱き締めてくれた親兄弟の体温。
レイアは静かに決意した。
主君、家名、誇り。かつて守るべきはそれだけだった。
だが、今は違う。
この、あたたかくてやわらかいものを守るのだ。
レイア・クク・ジョーヤ。
彼女は後に王国史上初の女将軍に任ぜられ、隣国の侵攻を四度にわたって退けた。
同時に愛妻家としても知られ、周囲の反発を押し切って結婚した第六王女とは最期まで
養子にとった子供にも愛情深く接し、武芸を惜しみなく伝授した結果、ジョーヤ家は優れた武官を数多く
学生時代に大怪我をしたことが大きな転機になったと後に語っている。
※この作品はファンタジーです。主人公の価値観や喋り方については完全なフィクションであり、時代考証はしておりません。
歴史&恋愛シミュレーションゲーム「くろにくる」(R15)
レイア・クク・ジョーヤ…悪役令嬢、だったはずの少女。ゲームの世界に転生した中世日本の武士。
アレル・マジー・サオザ…ざまあされる王子。その後は男爵家で冷や飯喰らいのまま、ある意味悠々自適に生涯を過ごす。
ヒナカ・ロンレイン…可憐なヒロイン。ゲームの世界に転生した令和日本の女子高生。本来はレイアを断罪して王妃になり、夫や側近たちと協力して隣国の侵攻を食い止めるはずだった。
【短編】てのひら 南下八夏 @nanka_yakka
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