A Soldier Boy
千早さくら
A Soldier Boy
生か、死か。
その二つが支配する世界で生きてきた。
単純明快で絶対的な世界だった。
死はいつでも身近にあった。
すぐ隣に立っていた者が、気付けば足下に転がって息絶えている。
それは珍しくもなかった。
死を悼む気持ちはあっても、死者に用はなかった。
味方を一人失った、それだけだ。
生きるとは、死んでいない状態でしかなかった。
生きることに、意義や理由はなかった。
ただ、本能が死を拒絶しただけだ。
だから戦った。
敵を殺した。
銃を撃ち、ナイフを振るい、爆弾を仕掛け、ASを操り。
そうやって死から逃れてきた。
生きるためではない。
死を先延ばしにするため、戦い続けてきた。
そんな生き方しか知らなかった。
長くもない人生は、記憶にある限り大小の戦いの連続だ。
戦いに身を置く自分の姿しか思いだせない。
もっとも古い記憶は、ソ連の訓練施設にいた頃のものだ。
いつから、なぜ、そこにいたのかは判然としない。
自身について知っていたのは、サガラ・ソウスケという名前と年齢だけだった。
教官たちはそれ以外の情報など提供してくれず、おそらく彼らも知らなかったのだろう。
どちらにしろ疑問を抱くほどの自己は確立されていなかった。
日々は、暗殺者となるためのスキルを身につける訓練に費やされ、疑問を抱く余地もなかった。
銃やナイフ、爆発物の取り扱い。
体術の基本から実際的な格闘。
偵察対象の観察方法に、敵地への潜入方法。
さらには効果的な戦法について。
必要とされる技術を繰り返し徹底的に教え込まれた。
いつしか銃とナイフは体の一部となり、殺人スキルは呼吸と同等のものに変わった。
常に上位の成績を保持していたが、それを誇るような感情は生憎と生まれなかった。
訓練所では数十人が生活と訓練を共にしていた。
さまざまな肌の色と髪の色をもつ、多様な人種の少年少女たち。
だが今となっては名前も顔も覚えていない。
残されている印象は、彼らの双眸のみ。
共通して持っていた、感情の欠如した冷え切った瞳。
鏡の中に見る自分のそれと同じだ。
あの施設は、極北の国のどこかに今も存在するのだろうか。
初めて与えられた任務は、暗殺。
アフガンに赴き、暗殺対象に接触したが、失敗し、捕らわれて、だがなぜか殺されなかった。
数ヶ月後には、敵と味方が入れ替わった状態で、また戦いの日々が始められた。
そこに自分の意志は介在しない。
成り行きでしかなかった。
アフガンでの数年は、実戦で明け暮れた。
休息時ですらAKライフルを抱えてうずくまるような日々だった。
だが、自分の居場所を与えられたと感じた。
少しばかり、訓練所にいた頃と意識が変わった。
周りにいる者たちは殺人技術を競う相手ではなくなった。
共闘する同志だ。
初めて仲間という存在を意識するようになった。
やがてその場所が失われたとき、怒りという感情を知った。
アフガンを離れ、戦地を流れ、時間は過ぎた。
養父に連れられて、彼とはぐれてからは一人で、戦場から戦場へと渡り歩いた。
瓦礫の街。
土埃の立つ荒野。
険しい山岳地。
湿度の高いジャングル。
灼熱の砂漠。
どこにいようとも銃撃の音と硝煙の臭いがつきまとった。
地は
戦う。
殺す。
それだけだ。
戦争は常に生活の一部だった。
戦場しか知らなかった俺は、戦いに
それが一生続くのだと、いつかどこかの戦場で死ぬまで続くのだと、漠然と感じていた。
あるとき一人の天使と出会った。
感情表現の豊かな、喜怒哀楽のはっきりとした、活発で行動的な、いささか乱暴で凶暴性のある天使だった。
与えられた任務でしかなかったはずの天使の護衛。
それがすべてを変えてしまった。
世界に色彩が満ちていった。
彼女に出逢うまで、俺の見ていた世界は
それがどうだろう。
彼女の隣を歩くようになると、世界に少しずつ色がつき始め、やがてすべてが鮮やかに彩られた。
握った彼女の手は暖かく、柔らかかった。
その手をいつまでも離したくないと思った。
愛おしいという感情など、それまで知る術すらなかった。
初めて知ったそれは甘く、切なく、苦しかった。
それでもその感情をたいせつに思った。
彼女が笑顔でいられるようにする。
それが己の任務であると悟った。
俺は自分の意志で、自身に任務を課した。
守るものができたために、弱くなった部分も、強くなった部分もある。
今では、どちらも違和感なく受け入ることができる。
君を奪われ、君を捜し、またこうして戦場を巡る。
あがいてみよう。
君といる未来をこの手にするために。
君の笑顔を取り戻すために。
そして……。
愛している。
もう一度、そう告げるために。
彼女の手の温もりは、いまもまだ俺の右手に残されている。
だから、俺はまだ、戦える。
了
A Soldier Boy 千早さくら @chihaya_sakurai
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