第38話 『ラブコメ』を貫く
とまあ、そういうわけで。
俺の登場が三人にとって意外だったのはわかるし、登場時の台詞回しが若干痛々しかったことは認めざるをえない。
しかし九門のような奴に冷めた反応をされるのは微妙にイラつくのも確かだ。
俺の方からも突き詰めてやる。
「じゃあ逆に聞くけどお前こそどういうノリでここにいるんだよ」
「そんなの決まってるでしょ。私は……」
「はっ。どうせまた魔王による破滅の運命ガー救世の勇者ガーとかわけわからんこと言いながらあかりちゃんまで巻き込んで……あかりちゃん?」
俺の幼馴染ことあかりちゃんといえば、素でアホだから常にアホで故にいつも元気いっぱいだ。
けど今のあかりちゃんは何故かずっと無言だった。
あどけない顔を苦しげに歪め、しまいにはお腹を抱えて「うう~」と唸り始める。
同じく異変に気付いた九門が声を張り上げた。
「どうしたの天城さん!」
「お、おなかが……急にいたくなってきた……」
「はあ!? なにそれっ。こんな大事な時に!」
「多分、さっきの軍艦巻きだ……上に乗っかってた、マヨコーンの……」
「もう! だから落ちたものを食べるなってあれほど!」
「だって勿体ないし……でも、あたし、昔からマヨネーズ食べたらお腹壊すから……」
「本当になんで食べちゃったのよ!」
こいつら何の話をしてるんだろう。
まさかあかりちゃん、拾い食いしちゃったのか。
まあ、やりそうではあるけど……
「うんこ! うんこ!」
とうとう子どもみたいな駄々をこね始めるあかりちゃん。
「ええい! もう少し我慢しなさい! 勇者でしょう!」
九門がそれを必死の形相で窘めてるけども。
結局のところこの二人は何しにここへ来たんだ?
いや、まあ、いいんだけど。
「……トイレ行ったら?」
心配は心配なので、一応そう言ってはおくことにして。
今は――古村さんだ。
記憶を失ってから最初に出会った女子。
何度も俺に声をかけてくれ、最後はまっすぐな好意を向けてくれた女子。
俺が屋上に姿を見せてから古村さんは目に見えて狼狽していた。
せかせかと体を落ち着きなく動かしている。
「も、望月君、どうして。身体は……動いても大丈夫なの!?」
「ああ、まあ。動けるくらいにはなんとかな」
「見るからに無理してるっ! そこまでして、なんでここに……」
「…………」
俺は古村さんの言葉に答えず、肩にかけていたものを外す。
そしてぼすん、と屋上のコンクリートにそれを落とした。
召喚の儀式に必要な予備のアイテムが詰め込まれていたリュックだ。
「それは。どうして望月君が」
「あの子……『破滅の魔王』を校舎内に連れ込んだのは古村さんだよな。誰かに見つかったら面倒だから、こっそり帰しといたぞ」
「な、なんで……」
どうして。なんで。どうして。なんで。
古村さんから出てくるのは、こんな類の言葉ばかりだった。
どうやら俺の登場に一番戸惑っているのは古村さんらしいな。
「決まってるだろ。古村さんがやろうとしてること、止めに来たんだよ」
「えっ……」
「全校生徒を生贄にしようなんて馬鹿げた真似、もうやめるんだ」
「…………っ」
古村さんは何も言わなかった。
両手を胸の前できゅっと握り、文字通り言葉を失っている。
こうなるのも当然だ。
今の俺は、古村さんを真っ向から否定している。
「そして俺は古村さんに答えを言いに来た」
「え……」
「何のことかはわかるよな」
びくっと古村さんの肩が跳ね上がる。
そして焦り気味に両手をバタバタ振りながら、
「あっ、や! あれは別に答えを求めて言ったワケじゃ……」
「俺は決めたんだ」
確固たる決意と共に俺は告げる。
「過去はもういい。その代わり、これからの未来を精一杯生きるって」
それは二学期の始業式。
新しい高校生活を迎えた朝にも誓っていたことで。
「だから俺は、二学期になってから起こったことの全てを一つたりとも無駄にするわけにはいかないんだ」
「な、なんのこと……」
「言い逃げは許さないってことだよ!」
俺はさらに一歩を踏み出し、古村さんへと詰めよる。
それは病室で古村さんからもらった言葉。
その続き。
俺からの答え。
俺は、古村さんに。
「あああああああああああああああああああああああああああああ!」
古村さんが叫んだ。
それが古村さんの言葉にならない想いそのものであるかのように。
自分に降り注ぐ全ての言葉を必死に拒絶するかのように。
「望月君は……本当はこんなこと、望んでいなかったんだよね」
古村さんがかたかたと肩を震わせる。
瞳にはじわりと涙が浮かんでいた。
「私だって、本当はわかってた。あの日、望月君が私を置いて逃げた時から……」
「あの日……?」
逃げたといえば、俺と古村さんが裏通りのゴミ捨て場で『破滅の魔王』と初めて出会った日――いや。
まさか『神隠し』が起こった一学期終業式の日のことか?
俺は『神隠し』を起こした古村さんを置いて逃げたというのか?
「古村さん。待て。待ってくれ」
「何をしても駄目なんだね。私なんかじゃ……」
俺の言葉は古村さんに届いていなかった。
今の古村さんの世界には、もう古村さんしかいない。
「ああ、でも、ひとつだけ。知ることができて良かったことがある……かな」
古村さんは歌うように、ただ一人で言葉をつないでいく。
「異世界って本当にあったんだ」
「……古村さん?」
「こんな世界にいるくらいなら……」
急速に嫌な予感が駆け巡る。
古村さんはすでに表情を消していた。
感情の乗らない言葉が紡がれる。
「異界に潜みし闇の眷属よ」
それは異世界への扉を開く言葉。
「我の捧ぐ供物を喰らいて姿を示せ」
その言葉はこの世にある何かの存在を否定し、消失させる。
屋上に――光が生まれる。
「古村さん! く、くそっ!」
この現象の理由は考えるまでもない。
召喚の儀式に必要な準備が、この屋上にも仕込まれていた。おそらくこの屋上のスペースを囲うように例の供物が置かれているんだろう。
まさかここで追い詰められることも想定していたのか?
光は屋上の全てを覆うほどの大きさだった。
このままではこの場にいる全員が呑み込まれてしまう。
「あかりちゃん!」
「うんっ!」
あかりちゃんはこういう状況には鋭いのか、すぐに俺の意図を理解してくれた。即座に立ち上がって九門の手を取り、屋上扉へと消えていく。あとは階段を下りさえすれば物理的にこの儀式の範囲外に逃れることができるだろう。
俺の位置から屋上扉は少し遠い。
けど、ギリギリ間に合う。そう信じて走るしかない。
そして――古村さんは一体どうなる?
古村さんはここから逃れるための扉には最も遠い、屋上の端っこにいる。とても間に合わない。いや、自分でしたことだ。逃れる気もないんだろう。
光に霞む視界の向こうで、古村さんは俺を見ていた。
いつもの儚げな笑みを浮かべて。
それで俺はすぐに理解した。
古村さんが俺に危害を加えるとは思わない。九門やあかりちゃん含め、最初からこの儀式に巻き込むつもりもなかったんだろう。
つまり、この世界からいなくなるのは古村さんだけで。
世界から――この俺から否定された自分だけが――
「ふざけるな!」
ここに俺がいる意味。進むべき未来。
もう決めていた。
だから俺は走った。
真っすぐに――古村さんに向かって。
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