第37話 『破滅』に立ち向かう

 その少し前。


 ――貴様が何故ここにいる。


 夢と現実の境目で、そんな声が届いた気がした。


「しまった……っ!」


 慌てて体を起こす。どうやら気を失っていたらしい。いつの間にか日が昇っていたみたいで、そこには先ほどとは違う景色が広がっている。


 夜ではない朝の校舎。

 すぐそばにある建物は体育館だ。


 中からマイクを用いた声が漏れ聞こえてくる――どうやらみたいだな。


 俺は安堵の息を吐き、どうにか重い体を立ち上がらせる。

 そんな俺をいつもの無表情で見上げているのは、黒ワンピース姿の金髪幼女だ。


 ――貴様、事故に遭い入院していると聞いたぞ?


 というか、なんでここに『破滅の魔王』ちゃんが?

 そんな疑問が浮かんでくるも、まだボンヤリした頭の整理がてら俺は答えた。


「えっと……病院なら昨日の夜にこっそり抜け出してきましたよ。それでどうにか歩いて学校まで来て、校門を乗り越えて中に入ったんです。まあやっぱ結構な無理してたみたいで、結局は今の今まで気を失ってたわけですけど」


 ――なんだそれは……一体、何がしたいのだ貴様は。


 無表情ながらも、驚くような言葉を俺の頭に響かせてくる『破滅の魔王』。

 けどそれを聞きたいのは俺も同じだった。


「そういうあなたは、なんでここにいるんです? ここ学校なんですけど」


 そして俺は聞かされた。

 今まさに古村さんが、全校生徒を生贄にした召喚の儀式を行おうとしていること。

 それに『破滅の魔王』自ら協力してやっていること。

 供物は全校朝会が行われる体育館を囲うように配置されており、もし召喚の儀式が行われる九時までに不備があるようなら別に用意した供物を代わりに置くようにお願いされていること。


 確かに今の金髪幼女の背中には、青いリュックサックが背負われていた。ここに予備の供物が入っているらしい。


「……そうでしたか。まあ正直、俺はあなたがいてくれて助かりましたけどね」


 本当に心からそう思う。

 よくぞ茂みの陰で倒れていた俺を見つけ、声をかけてくれた。

 そうでなければ俺は――最後まで気を失ったままだったかもしれない。


「これ、俺が預からせてもらいますね」


 言いながら、青いリュックを『破滅の魔王』の背中から強引にふんだくる。


 ――なにをする!


「悪いですけど、この学校の生徒を生贄になんてさせませんよ」


 ――どういうことだ。貴様、あのメスの味方ではなかったのか!?


「…………」


 ――わけがわからぬ! あのメスと貴様は一体どういう関係なのだ!


「それ、何回か聞かれましたよね……」


 そして俺はその度に、はっきりとした答えを返すことができなかった。

 けど、今は。


「俺、実はその子に告白されたんですよ」


 ――なっ? こ、告白だと?


「あ……意味わかります?」


 ――馬鹿にするな。貴様はそれを受け入れるというわけか?


「そんなわけないでしょう」


 俺はキッパリと言った。


「だって俺、あいつのことが全然わからないんですよ」


 ――…………。


『破滅の魔王』は俺の言葉に何の反応も示さない。

 俺と古村さんの関係が、余計にわからなくなったみたいに。


「古村さんはどこですか?」


 ――……屋上だ。


「ありがとうございます」


 それがわかれば、これ以上ここに留まっている理由もない。

 俺は校舎に向けて歩こうとし、


「いってえ……」


 全身を支配する痛みを改めて思い知らされることになった。

 膝をつきながらも、どうにか倒れまいと体を支える。


 ――貴様、体を負傷しているのではなかったのか。


「…………、」


 俺は痛みに汗ばむ額を拭い、四階建ての校舎を見上げる。

 それは天空に聳える城のように、幻想的なまでに遠く感じられた。


 ――無理をするな。召喚の儀式は、貴様の手により既に破綻した。


「どうですかね。あいつなら、まだ何か考えてるかも……ちょっと危なっかしいところがあるみたいですから」


 ――ではなおさらだ。そこまでして貴様が奴に構う必要はないだろう。


「言ったでしょう。俺、あいつに告白されたんですよ」


 これは俺自身の問題だ。

 俺の物語には。

 俺の未来には、俺が決着をつけないといけない。


「だから俺は……俺の言葉を直接あいつに伝えないといけないんです」





 俺が登校するはずだった始業式より二週間ほど。

 初めて入る『白風高等学校』の校舎の風景を前に感慨にひたる余裕もなく、俺はただひたすらに廊下を走り、階段を駆け上がる。


 やっぱり体中が痛い。

 自転車に追突されて石階段を転げ落ちてからまだ一日も経っていないのだ。それにまた脇腹が痛み始めた気がするのは、古村さんに刺された傷が完全に治っていなかったからだろうか。


 あの時の俺がどうして自分で刺したなんて嘘をついたのか、今ではわかる気がする。

 多分、国王と一緒に異世界へ行こうとした幼馴染を止めた時と同じで。


 ようは失いたくなかったのだ。

 自分の過去を知る誰かを。

 これから作っていく誰かとの未来を。


 けどあの時の俺が庇ってしまったがために、本来なら傷害事件の加害者として何らかの制限を受けていたはずの少女が今も野放しにされているというのなら。

 その子が次に起こそうとする凶行を止める責任が俺にはある。


 古村さんのお見舞いに何度も訪れた俺。

 病室で何度も交わされた二人だけの秘め事。

 古村さんを本当の意味で止められるのは俺だけなんだろう。


 とは言っても記憶喪失のせいで、過去のことははっきりとわからないけれど。

 今の俺にも――古村さんと向き合うだけの理由がある。


 それができるのは、今この瞬間しかない。


 階段を上りきると、『立ち入り禁止』と書かれた立て看板とロープが道を塞ぐ。

 しかし俺はためらくことなくそれを乗り越え、重い鉄扉を開いた。


 一気に開放的な空間が広がる。


 校舎の屋上。

 そこには三人の先客がいた。

 入口すぐのところに並ぶ九門鏡子と天城燈。


 そして一番奥、屋上を囲う金網を背にして立つ古村綾。


 いずれも学校の中では初めて見ることになる、顔なじみの女子達だ。

 三人は一様に俺へと異物を見るような目を向ける。


 いやいや。

 おかしいだろ。


「そんな不審者を見るみたいな目するなよ。一応、俺もれっきとしたこの学校の生徒なんだけどな。まあ……運命に邪魔されたせいで未だに一回も登校できてないけど」


 しかし言ってる途中で気付く。三人の反応はもっともだ。

 俺は古村さんに刺されて、女児への痴漢という冤罪を被されて、異世界の国王に自転車で追突されて。これまで三回も新しい学校への登校を阻まれてきたんだから。


 九門が示す占いのとおりに。



 それでも。

 ここは余裕の笑みを浮かべて見せる場面だ。



 さて、ここからは俺も介入させてもらうぞ。

 魔王だの勇者だのが勝手に描こうとしている破滅のお遊びにな。



 俺の登場により、三人の間に沈黙が降りるのもわずかのこと。



「どうして貴方がここにいるの?」


 三人の気持ちを代表するかのように、九門が眉根を寄せた。


 あれっ。体を張っていい感じの台詞で決めたつもりなんだけど。

 ちゃんと最後まで噛まずに言えたよな?


「いや、だからさっき言っただろ。登校できない運命なら不法侵入を……」

「そういうノリの話ではなく理由を聞いているんだけど」

「えっ」


 素で返された。


 いまいち決まらないなと思いつつ。

 しかし――九門のおかげで、余計な力が抜けた気がした。

 

 これは運命だとか人類滅亡とかそんな大それた話じゃない。

 俺の物語は最初から最後まで一貫している。


 ようやく新しい学校に辿り着けたことだしな。

 

 今度こそ始めさせてもらうぞ。

 ここからが俺のラブコメだ。

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