第34話 対面
古村さんからメッセージが届いた。
しかし九門はそのことを知る由もなく、話し続ける。
「もはや私にできることはない。あとは勇者に委ねるだけよ」
「あのアホに?」
「もちろん貴方にもできることはないから……今は大人しく休んでおきなさい」
そこで九門は少し迷う素振りを見せてから。
「……そうね。貴方が退院する頃には全てが終わっていて、また学校に通えるようになるのかもしれない。なんなら、その時は改めて貴方に恋占いしてあげるというのも面白いかもしれないわね」
「へえ。そいつは興味深いな」
「まあ、占うまでもなく貴方には誰とも縁が無いのはわかりきっているけど。感謝することね。そんな貴方に構ってあげているのは、いつだって私くらいなんだから」
「…………」
俺はベッドで横になったまま無言で九門を見る。
九門はそれに気づくと、慌て気味に視線を逸らした。
「……か、勘違いしないように。私はただ貴方に興味があるだけで……あっ、や、あくまで占いのサンプルとしての話でね? 虚無とされた貴方がどんな恋模様を描いていくのか、せいぜい見定めさせてもらうとするわ」
「お、おう……」
「果たしてそこに貴女の入る余地があるのかしらね……古村さん?」
そこで九門が一際大きな声で、そんなことを口にする。
なんだと思いながら少し待っていると。
ガララララと控えめな音を立てて、病室のスライド式ドアが開かれる。
そこに立っていたのは古村さんだった。
古村さんが妙にソワソワした感じで病室に入ってくる。
「おい九門。なんで古村さんがそこにいることがわかった。まさか何かの占いか?」
「違うわ」
九門は艶めいた笑みで得意げに言う。
「実は学校からこの病院まで古村綾と一緒に来たのよ。そして別々に、五分交代という約束で私が先に貴方と話をすることになったの」
なんだそれは。
古村さんがメッセージでカウントダウンしてたのもそういう理由か。
「もしかしてお前ら、実は学校だと仲良いの?」
「冗談。どうして私がこんな女なんかと……」
「九門さん。もう五分過ぎてるけど」
すぐ傍まで来た古村さんが、椅子に座ったまましゃべり続ける九門を見下ろす。
踏まれて潰れたゴ■■リの死骸を見るみたいな目だった。
九門は何も言わずに立ち上がる。
そして今度は古村さんがぽすっと椅子に腰を下ろした。
「も、望月君。こんにちは」
「お、おう……こんにちは」
古村さんは俺と目が合うなり、控えめに頬を緩ませる。
その仕草に俺も少し体が熱くなった気がした。
変に意識してしまうのは、さっき見た夢のせいだろうか。
「具合のほどは……あっ。りんごがあるんだけど、切ってもいい?」
「あ、ああ。じゃあ頼んでいいか?」
後ろで九門が「いつの間に……」とか呟いている。そういえば学校からここまで一緒だったと言っていた。途中で買ったわけじゃないのなら、色々入ってるあの学生鞄に最初から入っていたのかもしれない。
古村さんは見てて安心できない程度にはたどたどしいナイフ捌きで林檎を切っていく。そして若干歪ながらも、八つに切り分けられた林檎が広げたハンカチの上に置かれた。
古村さんが九門を見上げる。
「まだいたんだ」
全ての民に分け隔てなく慈愛をもたらす天上の女神を地上で唯一憎悪し今まさに呪い殺そうとしている童女のような目だ。
「よかったら食べる?」
「……遠慮しておくわ。それ、望月悠希を刺したナイフじゃない?」
うわっ。そういやそうだ。
そして夢の中では、俺が古村さんにプレゼントしていた果物用のナイフ。
「そう。私は平気だけど。だって望月君の血だよ?」
九門は顔をひきつらせる。
それでも約束していた時間を過ぎたからか、もう語るべきこともないみたいで。
「それじゃあ、私はこのあたりで帰らせてもらうから」
長い黒髪をさらっと揺らしながら俺達に背中を向ける。
そして最後の最後に古村さんへ「約束は五分。それ以上は駄目よ!」ビシッと指を突き付けてから、今度こそ病室を去っていった。
こうして俺と古村さんだけが残される。
まあここは個人部屋じゃないから、他のベッドにも患者さんはいるんだろうけど。
俺はとりあえず無難な話から切り出すことにする。
「ごめん。なんか階段から転げ落ちたみたいだ……心配させちゃったか?」
「望月君だし、なんとなく大丈夫だろうなって思ったけど。もう体は痛くない?」
相変わらず俺に対する信頼が謎だ。
確かに無事とはいえ全身が痛くて寝返りうつのもしんどいんだけど、そこは言わないでおこう。また気に病まれてもそれはそれで困る。
「ああ。とはいえ看護師さんに聞いた感じだと安静と様子見は必要みたいで、このまま二週間ほど入院することになるらしい」
「そうなんだ」
「学校に行くのもまたしばらくお預けだな」
「ごめんなさい。私が変な人を喚んじゃったせいで……」
「だからそれは俺が儀式の途中で余計なことしたからだろ。そういえばあの国王はどうなったんだ?」
別に国王のことはどうでもいいし触れたくもないんだけど、なんだかんだ古村さんが俺のことを気にし始めたようなので話題を変える。意味不明な国王だったがそれ故に話題を変えるネタとしては都合がよかった。
「自転車に乗ったままどこかに走り去っていったけど……」
古村さんが学生鞄から取り出したガラケーをかしかしと弄る。
ネットでそのことを調べてくれているのか、少しすると「あ」と声をあげた。
「それっぽいニュースがあった」
「聞かせてくれ」
「自転車に乗った身元不明の英国風男性(七四)が全裸で保育所に突っ込んだってある。おそらくこの人だよね」
「それっぽいな。全裸で保育所に突っ込むまでの経緯はわからんけど」
ともあれ、国王にとっては不運の連続としか言いようがない。
無事に元の世界に戻れることを誰か祈ってあげてほしい。
さて、ここからが本題だ。
思わぬ形ではあるけど、古村さんと二人になることができた。
「それで、古村さんは何しにきたんだ?」
「え……」
「……なんて言うつもりは全然ないんだけどさ。俺は最初、古村さんにそんな感じのことを言われた気がするな」
古村さんは一瞬だけ驚いたように目を見開くも、すぐに儚げな笑みを浮かべた。
俺が何のことを言っているのかは、すぐに通じたらしい。
そして俺は、先ほどの夢が事実だったことを改めて確信する。
「あの時とは立場が逆になったな」
「……うん。望月君は、よくこうして私の元に来てくれてたよね」
「本当に成功させてしまうとは思わなかったよ。魔王の召喚」
「私も本当にできちゃうとは思わなかったけどね……っ」
そこからは古村さんが入院していた頃の思い出話に花を咲かせた。
自業自得とはいえ入院するハメになった古村さんだが、一日中ベッドでぼーっとする時間が意外に快適だったこと。
それもだんだん退屈になってきたところで俺が訪れたこと。俺が持ってきた『Bloody Sunrise』にハマってからは一日中読み込み、自分なりの研究に熱中する時間がこれまでの人生で一番充実していたこと。ただお見舞いにきている時の俺のキャラは微妙に絡みづらかったこと。いや古村さんにも受け入れられてなかったのかよ当時の俺……
あと召喚した『破滅の魔王』こと金髪幼女の話にもなった。
ちなみにあいつは今も俺の部屋に入り浸り、ネットでのゲームに夢中になっている。オセロやブロック崩しみたいなシンプルなやつだ。それを聞いた古村さんは、魔王に会いにいつか俺の部屋に来たいと言った。
同じ学校の女子と、そこそこ楽しい雰囲気で話す時間。
悪くはなかった。
けど忘れてはいけない。
この少女はいくら見た目や仕草が可愛くとも、ラブコメに登場するような健全なヒロインなどではなく。
人類を滅ぼすために全校生徒を生贄にして消してしまうような奴だということを。
だからこそ。
「あ、そうそう。明日、私たちの学校で全校朝会があるんだけど」
それを証明するかのように。
古村さんからその言葉は驚くほど自然に紡がれた。
「その時にまた全校生徒を生贄にしようと思うの」
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