第33話 追想(運命)

 過去の俺のことを九門鏡子が語ってくれる。

 恋占いを求めてやってきた当時の望月悠希は、なにやら虚無な存在であり言動が香ばしかったらしい。


「いわゆる中二病というやつだったんでしょ」

「チューニビョー?」

「ふふっ。安心しなさい。他言無用とのことだったし、占いで聞いた個人情報についてはもちろん誰にも言ってないから。ふふふっ」

「そうか……なんか、ありがとう」


 九門の話は続く。





「虚無か。確かに俺の本質そのものだ。お前を疑っていたわけではないが……どうやらお前の占い師としての力は、紛い物ではないらしいな」


 ともあれ、理不尽極まりない結果にも貴方は納得したようだった。


「ありがとう」


 最後にそれだけを言い、貴方は帰ろうとしたわ。


 望んだはずの『恋』に縋ることもなく。


 ただ運命を受け入れるかのように。


 あるいは――最初から何も求めていなかったかのように。

 全てを諦めていたかのように。


「待ちなさい」


 けれど、私は貴方の背中にそんな言葉をかけてしまった。

 占いを終えた相手にこちらから踏み込んでいくなど、私の信義に反することのはずなのに。


 ただ純粋に、興味を抱いてしまったの。


「本当にそれでいいのですか? 恋を求めているのでしょう?」


 初めて目の当たりにした、何の運命も見えないほどに虚無な貴方という存在に。

 そして知りたかったのかもしれない。


「どうせ貴方の未来が虚無であり、貴方自身もそれを受け入れているというのなら。私のに付き合ってはくれませんか」

「何の話をしている?」

「恋とは運命的に致命的なまでに縁のない虚無たる貴方が、それでも愚直に恋を求めるとどうなるのか。確かめてみたいと思いませんか?」


 私の占いが本当に正しいのかを。

 運命とは――本当に変えられないものなのかどうかを。


「まさか恋に挑めとでも言うのか? 誰との縁も築けない、虚無であるこの俺に?」

「虚無だからこそよ。そしてこの学校には、運命を懸けて挑むに値する相手がいる」


 だから私は示したわ。

 虚無の存在たる貴方が進むべき道筋を――





「……ねえ、貴方。聞いてるの?」


 俺はベッドの上でボケッとしていたらしく、九門が冷たい目で睨んできた。

 九門の話についてなら、もちろん聞いていた。


 相変わらず台詞回しが気になりつつも、とりあえず当時の俺が虚無だったことはわかった。虚無が何を意味するのかはわからない。


「で? 虚無な俺はどうしたんだ? 運命を懸けて恋に挑んじゃった?」

「ええ。そこから私と貴方の関係は始まったわ。私は中二病……つまりリアルでの女子と関係を望むこそすら噴飯モノの貴方に対し、私なりのアプローチで恋のサポートをしてあげたの。色恋に関して悲壮感すら覚えるほどに絶望的な貴方の運命を少しでも変えるためにね」

「そうだったのか……」


 いくらなんでも言い方ひどくね?

 という感じではあるけども。


 まあ当時の俺はよほど女子との恋とかに縁がなかったのだろう。

 けど、そんな俺に九門は占い師として未来を示してくれた。


「どうせならと、私は校内で人気とされる五人の女子を推したわ。生徒会長だったり陸上部の期待の星だったり頭の悪そうな不良だったりと、五人がそれぞれ幅広い分野にいることも都合がよかったし。ほら、色んなタイプがいた方が相性の合う人と巡り合う可能性だって高くなるでしょ?」

「色んなタイプか……」


 なんか俺の読んでた小説みたいだな。ラブコメとか言われるらしいジャンルの。

 ヒロインとされる女子が複数いて、見た目や性格、その他の設定までもが見事に違う。だからこそヒロイン固有の空気感や物語が生まれるのだ。


 俺が自分で書いたラブコメ小説『決して手が届かぬはずの星みたいな学園アイドル達がむしろ俺を我が物にするべく全力で手を出してくるんだが』もそうだった。なんか九門の語る情報と設定が微妙に被っている気もするが、まあそれだけよくある設定ということなんだろう。


「それで……どうなったんだ?」


 ここまでくると、さすがにその結末が気になってくる。

 小説ではない現実で、しかも自分の過去というのならば尚更だ。


「私は恋愛的に都合のいい未来を予見し、貴方はそれを元に五人とのイベントを何度も重ねた。少しずつだけれど親交を深め、貴方と五人の間には確かに好意と呼べるものが生まれつつあった。虚無にして恋愛とは無縁であるはずの貴方の運命が、明らかに変わろうとしていた」

「そ、そうなのか……?」

「ふふっ。私が占いでサポートしたとはいえ、そうなったのは貴方自身の勇気と努力があったからに他ならない。少しくらいは誇ってもいいことだと思うわよ?」

「お、おう……」


 九門は長い黒髪に手をあてて、艶のある笑みを浮かべている。

 まるで子を見守ってきた母親が見せる慈愛のような、その初めて見せられる表情に俺は思わず胸が熱くなるのを感じた。


 記憶喪失の俺はこの感情の名前をまだ知らないけど、まあまさか九門なんかに褒められるとは思わなかったから嬉しいだけなんだろうな。


 しかしそこで急に九門の雰囲気が冷たいものに変わる。


「だからこそ意外だったのよ。そんな貴方が、同じクラスとはいえ急に古村綾なんかのお見舞いに何度も足を運ぶようになったことが」

「古村……綾……」


 ここで古村さんが出てくるのか。


「言うまでもなく古村綾は私が選定した女子に含まれていない。スクールカーストでも底辺の、全く目立たない空気のような女だったから」


 確かに夢で見た古村さんも意外そうにしていたな。

 見舞いに訪れたクラスメイトである俺に、警戒どころか拒絶を示すレベルで。


「古村さんが退院してからは?」

「さあ。学校には通っていたみたいだけど、元々目立たない女だったから何をしていたのかは知らないわ。逆に貴方は五人の攻略で忙しそうだったから……当時の貴方と古村綾との関わりは、私には見えなかったわね」

「……そうか」

「そのあたりの情報を貴方本人から引き出したかったんだけど。まさか記憶を失ってしまうとは、なかなか上手くいかないものね」

「悪かったな」


 つまり肝心なところは九門も知らないわけか。

 結局のところ、俺と古村さんとの間であったことを知っているのは当事者である二人だけ。


「構わないけど。それを知ったところで、人類が滅ぶほどの運命の前には些細なことだろうし。ただ『神隠し』に関する真相を知りたいという、私個人のちょっとした興味の問題ね」

「もう一回聞くけど、人類が滅ぶ運命にあるってのは本当なんだな?」

「ええ。『神隠し』ですらその前触れに過ぎないでしょう」

「まじかよ……」


 古村さんは『神隠し』を起こし、それでもまだ人類を滅ぼそうとしている。

 そこには『魔王』がいて。あと『勇者』なんかもいて。

 ついでに何故か俺までその運命みたいなものに巻き込まれるハメになって。


 その結果、俺は今に至るまで転校先の高校に一度も行くことができずにきたのだ。これもまた、九門が示した『もう二度と学校に登校することはできない』という占いのとおりに。


 そこでピリーンという電子音が鳴る。

 枕元に置いてあったスマホを確認し、俺はいよいよ過去への追想が終わったことを実感した。



『私もここに来てる』


『あと三十秒』


『もう少ししたら、中に入るね』


『あと二十秒』


『あと十秒』



 立て続けに古村さんからのメッセージが届く。

 どうやら古村さんがこの場所に迫っているらしい。


 今度こそ向き合わないといけない。

 今の俺の現実。

 そして古村綾という名の破滅の未来へと。

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