第35話 告白
魔王の召喚について語る古村さんは饒舌だった。
夢で見た過去の古村さんと同じで。
「前の学校の時は、やっぱり召喚の儀式は完全じゃなかったみたいで。魔王様が破滅の力を発揮することができなかったのも、そのせいみたい。ほら、前に公園で天城さんを滅ぼそうとしたのに、できなかったでしょ?」
「は? ええと、あの子が叫びながら手を突き出して、何も出なかった時のこと?」
「うん。あのあと、魔王様に聞いたの。上手くいかなかったのはダークエナジーが足りなかったせいなんだって」
ダークエナジーとは。
「魔王様が破滅の力を行使される際に用いる魔素……大気中に存在しているはずのそれが、この世界ではとても少ないみたいなの。そしてそれは向こうの世界にいるあの黒い獣を、この世界に呼べば呼ぶほど濃くなっていくんだとか」
もうこの時点で何の話をしているのかわからなくなった。
ただ笑って流せなさそうな空気だけは、ひしひしと感じることができる。
「だから当面の目標は、人間を生贄にして黒い獣をどんどんこの世界に招くことになりそう。だからね、ちょうど明日、全校朝会があるからその時にまた全校生徒を生贄にしちゃおうかなって 」
今日は機嫌がいいからいつものタピオカミルクティーにちょっと奮発してクリーム多めにトッピングするような気安さで古村さんが言う。
日常的に、非日常なことを。
止めないといけない。
俺が、今ここで。
「なあ。古村さんはなんで人類を滅ぼそうと思ったんだ?」
「え? そ、それは……」
これまで聞くことができなかったことに、ここでようやく踏み込めた。
古村さんからの答えはすぐに返ってこない。
少し待っても、言葉を探すようにゆらゆらと視線をさ迷わせている。
俺は続けて問う。
「俺とか……古村さん自身も滅ぼすつもりか?」
「……えっ。どうして?」
しかし古村さんは何故かそこできょとんとした。
意味がわからなそうに目をぱちぱちさせている。
「どうしてって。俺も古村さんも人類……」
「違うよ?」
「えっ」
「違うよ?」
「…………、」
古村さんからの明確な言葉に思わず息がつまりそうになる。
俺を捉える古村さんの瞳は、墨汁で溢れる聖杯みたいに暗澹と揺らめいていた。
それに呑み込まれまいと俺はどうにか口を開く。
「じゃあなんだって言うんだよ。選ばれし民か? 神に仕える天使様か?」
「さすがにそんな大層なものじゃないと思うけど……」
俺の言葉に古村さんはちょっとだけ恥ずかしそうにすると。
控えめな胸に右手をあて、雨に濡れそぼつ花のように微笑んだ。
「私は私だし、望月君は望月君だよ。それ以外にないでしょ?」
「…………」
もはや俺の言葉は通じそうになかった。
古村さんの中には、決して揺らぐことのない古村さんの世界がある。
「だから。あの、えと……」
古村さんは俺から視線を外すと、急に何かを言い淀む。
まるでこれからの行いに迷いを見せるかのように。
何かの覚悟を、小さい胸の内に秘めるかのように。
「えと。前の学校では失敗しちゃったわけだけど、それも当然というかっ」
やがてあわあわと、視線をさ迷わせながら話し始めた。
「魔王様を召喚するのは、もっと実験とか練習をしてからにするつもりだったんだよ。でも、でも。なんで急いじゃったか、わかる?」
「それは……なんでだ?」
「前の学校のみんなのことだって、本当は全部を生贄にしようなんて思わなかったんだよ。でも望月君はみんなの人気者で、退院してからは私のこと全然見てくれなくて。えっ、一緒に人類滅ぼすんじゃなかったのって。だからね。そんなこと思ってたらついつい終業式の日にみんなまとめて生贄にして消しちゃったの」
「…………」
「あ、えと、もちろん望月君を責めているわけじゃないよ。でもでも、後で気付いたの。ああ、もっと早くこうしとけば良かったんだって。私なんかが望月君に見てもらうためには、こうするしかなかったんだって」
「な……」
俺に……見てもらうため……?
そのあまりに突拍子もない発想に、俺の思考があやうく止まりかける。
しかし古村さんは止まらない。
「も、望月君。もしこの世界に、私と望月君しかいなくなったら」
古村さんは瞳を泳がせ、頬や首筋に至るまで真っ赤に染め上げると。
意を決したように、口を開いた。
「……ずっと私と一緒にいてくれますか?」
静かな病室に響く、一人の少女の願いの言葉。
ある小説の中で誰かが言っていた。
大胆な告白は女の子の特権であると。
けど古村綾という少女は控えめで、自分に自信を持てなくて。
だからこそ、大胆にも他の人間を滅ぼし尽くそうとしているというのか。
俺の見た夢が事実なら、古村さんは俺と出会うその前から人類が滅ぶことを望んでいたはずだ。しかしそんな純粋なはずの願いと目的すら、 古村さんにとってはいつしか俺に構ってもらうための手段でしかなくなっていた。
「……約束の五分、ちょっと過ぎてる。私、行くね?」
古村さんはこの場での答えを求めてはいないようだった。
「それじゃあ……また」
「あ、ああ」
最後に控えめに頭を下げると、古村さんはそそくさと行ってしまう。
こうして病室のベッドに俺は一人取り残された。
「何だったんだ、一体」
まさか俺は――告白されたのか?
だとすれば、願ってもない女子からの告白だったはずだ。
それなのに。
俺が望んでいたラブコメ小説のような展開はどこに消えた?
「……なんなんだよ、これ」
なんか明日、また『神隠し』と同じことが起ころうとしているらしい。本当にまた全ての生徒や先生が消滅してしまうんなら、確かに登校どころじゃなくなる。
なにもかも九門の占いのとおりだ。
もう二度と俺は学校に行くこともなく――やがて人類は滅ぶ。
この世界に俺と古村さんだけを残して。
「俺に……どうしろっていうんだよ」
記憶と過去を失った俺は、これから先にある高校生活について知るために多くのラブコメ小説を読んだ。
後にそれは作家が作り出した架空の物語であると知らされたけど。
それでもそれぞれの作品の中では主人公が多くの人と出会い、楽しい時間を過ごし、時には過酷な運命に立ち向かう姿が尊いと思える。そんな物語の数々だった。
あるいは。
虚無な未来を予見された少年が、占い師の導きにより星のように特別な少女達との恋愛を求めて学校中を奔走したり。
人類滅亡を目論む組織に属していたはず少年が、素性を隠しながら高校生活を送る中で出会った同年代の仲間達を守るべく組織との戦いを繰り広げるようになったり。
高校生の少女が召喚された先で勇者と持て囃されて魔王と戦うことになったり。
この世界や別の次元のどこかには、そんな物語だって転がっているのかもしれない。
だとすれば。
『望月悠希』という高校生の少年は。
今ここにいる俺は。
どんな物語の中にいるんだろう。
過去を失った俺は。
何を信じて。
どこに向かえば――
「うう」
体中が痛い。
意識が朦朧とする。当然だ。
病院に運ばれるくらいなんだから。
考えることを放棄した俺は、そこでまた眠りに落ちた。
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