第30話 追想(邂逅)
狭い部屋に並んだ六床のベッド。
窓から差す光は明るいが、どことなく無機質な印象を受ける部屋だった。
ここは――病院だろうか。
部屋の窓際、一番奥のベッドに一人の少女が横たわっていた。
「よう。調子はどうだ?」
「え……」
こちらに向けられた表情は驚きに固まっていた。
目の前の相手が、どうしてここにいるのかが理解できないかのように。
その儚げな少女は入院患者が着るような白い衣を纏っているが、間違いない。
古村綾だった。
そして、そんな古村綾の元を訪れたのは――
「なにしに来たの?」
古村綾は半眼でこちらを睨む。
その声はわずかに震えており、訪問者を警戒しているのが見て取れた。
「お見舞いだが」
訪問者は端的に言う。
「どうして?」
古村綾は不快そうに返す。
「クラスメイトのお見舞いに来るのに理由が必要なのか?」
「その理屈だとクラスメイト全員が私のお見舞いに来ることになるけど」
「知らねえよ。クラスメイト全員にお見舞いに来ない理由を聞いて回れってのか?」
「怖いから帰れって言ってるの。普通わからない?」
古村綾の態度は素っ気なかった。
これは訪問者に対する、明らかな拒絶。
そこで訪問者は降参するように両手をあげる。そして自分がここに来た理由を正直に明かした。
「色々あって生徒会の手伝いをしてるんだけどな。生徒会長に言われたんだよ。クラスメイトが事故に遭ったのなら、お見舞いくらい行けと」
「…………」
「生徒会も多忙な時期のはずだったんだが。あの人に言わせれば同じクラスの奴のお見舞いにいくことは、学校全体に関わる生徒会の手伝いなんかよりもよほど大事なことらしい」
「生徒会長。私、あの人きらい。何もかも見透かされてるみたいで気持ち悪いから」
「それでも生徒会長としてこれ以上なく優秀だろう。欠けているものがなければ、決して間違うこともない。何もかもがあの人の思惑通りに回り、全てが上手くいく。そういう風にできているんだ。この学校はな」
「そう。別にいいよ。生徒会長さんのことは……」
古村綾は疲れたように寝返りをうつ。
こちらの存在を視界から消し、これも拒絶の表現か。
しかし訪問者は構わずベッド脇に置かれたパイプ椅子に腰かける。
ギイという音でこちらがまだ居座るつもりであることは伝わっているだろう。
「交通事故だったか。災難だったな」
訪問者は皮肉めいた調子で言う。
「信号は青だったのに、トラックが突っ込んできた。そう聞いたが」
「そうだけど」
それが何か?
とでも言いたげに、古村綾は向こうを向いたまま生返事をする。
「自業自得だな」
しかし訪問者はにべもなく言い放った。
「……へっ?」
「青信号だから安全だとでも思ったか? 信号など目安だ。自分の身は自分で守るしかない」
ようは青信号でも車には注意しろ、ということだろうか。
いや、わかるけども。
古村綾も素っ気ないけど、さっきからこの訪問者も無駄に偉そうだな……
訪問者はさらに続ける。
「突っ込んできたのがトラックだったことを幸運に思うことだ。極端な話、横断歩道を渡っている間にビルの屋上から狙撃されることだってあり得ない話ではなかった」
いやいや。
「まあ俺なら余裕で対処できるがな。俺とお前とではこの世界に対する認識が違う」
だから何なんだこの痛々しいノリは。
何者だこの訪問者は。
これには古村綾もさすがにイラついたらしく。
「か、勘違いしないで」
またこちらの方に顔を向け、ベッドに伏したまま訪問者を睨み上げた。
「なんだと?」
「トラックにぶつかったのは、わざとだからっ!」
しかし出てきた言い分は、さすがにちょっと無理のあるものだった。
訪問者は呆れた声を返す。
「わざと? どうして危険を冒してまでぶつかる必要がある」
古村綾はふいっと視線を逸らす。
そして弱々しい声でぽつりと漏らした。
「……トラックに轢かれたら、異世界に行けたりしないかなって思って」
なにそれ!?
「……へん、かな?」
明らかに変だ。
そして古村綾にもその自覚はあったらしい。
恥じるように口元を布団で隠し始めた古村綾へと、訪問者はこう口にした。
「理由によるな」
えっ。
よるかな……?
訪問者からの意外な反応を受け、古村綾はおずおずと続ける。
己の奇行とも言える行動の理由を明かす。
「えと……異世界にいる魔王様に会って、お願いしたいことがあったの」
「その願いとは?」
「人類を滅ぼしてくださいって」
そこで出てきたのは、確かに古村綾の言葉だった。
俺の知る、そしてまだ理解することのできない古村綾の願い。
だからこそ、ここにいる訪問者も――
「そうか。それなら理解できる」
いや理解を示すのかよ!
古村綾がこわごわと顔を上げる。
「ほんとに……?」
「ああ。俺もかつては同じことを願っていたからな」
「そ、そうなの!? よろしければそこ、もう少し詳しく!」
ええー……なんだこいつら。
もしかして実は似た者同士? んなアホな。
いや、まあ、うん。
なんとなく気付いてるよ。
まず、これが夢であること。
そして交通事故。お見舞い。聞いていたとおりだ。
訪問者は俺で――古村さんとの間で実際にあったことなんだろう。
また別の日。
「ど、どうだった?」
ベッドにいる古村さんは、何故か不安そうにこっちを見ていた。
訪問者はまた偉そうな口調で答える。
「面白かったよ。絵本はあまり読んだことないから、あくまで個人的な感想だが」
「ほ、ほんとに?」
「ああ。独特な絵。そこから表現される世界観とメッセージ。お前の魂そのものが激しく主張しているかのように感じた。俺の魂までもが危うく呑み込まれかねないほどにな」
言いながら、訪問者はベッド脇にある台の上に何かを置く。
それは一冊の本だった。
訪問者が語る感想こそ禁忌とされる古代の叡智が詰め込まれた魔導書のようだったが、その実態は手作りの絵本らしい。表紙には赤と黒で彩られたおどろおどろしいタッチのイラストが描かれてて、そのタイトルは『人喰いマカロン』とあった。
いやタイトルちょっとこわくない?
絵本……なんだよな?
そういえば古村さん、始業式に一緒に登校した時に、夏休みの間も新しい絵本を作っていたとか言っていた。
絵本作りが趣味なのかな?
「望月君が書いたこれも凄いよ……!」
一方、今度は古村さんが興奮気味に何かに手を伸ばす。
それは一冊の大学ノートだった。
表紙部分に書かれたタイトルは『Bloody Sunrise』――って記憶喪失前の俺が書いた痛々しいノートじゃねえか! もしかして貸したの!?
どうやら二人は、自作の書物を恥ずかしげもなく見せ合いっこしていたらしい。
つまり他の人には明かすことのできない秘密を、お互いに打ち明け合っているということであり。
当時の俺と古村さんはそういう仲だったということだ。
だとしたら俺の失われた過去。
古村さんの真意。
俺の知りたかった真実が、この先にあるのかもしれない。
夢――追想はもうだけ少し続く。
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