第28話 登校(混沌)
俺達の通学路にしてごく普通の住宅地に、突如として謎の国王が現れた。
国王は妙に落ち着いた仕草で左右に首を巡らせる。
「ここはまさか……アカリがいたという世界か?」
「うんっ! そうだよ」
「そして、その者達は……」
「あたしのともだち!」
「そうか……」
見た目の年齢こそ六十を過ぎてそうなのに、体格は意外とカッチリしている。
その何気ない立ち姿は確かな貫禄を感じさせるものだった。
国王は改めて俺と古村さんに向き直り、仰々しく頭を下げる。
「お初にお目にかかる。儂はブランネスベルクの王だ」
「「…………」」
無言を貫く俺と古村さんに向け、国王は続ける。
「お主たちの友人……アカリには本当に世話になった」
「…………」
「我々の世界『リーゲルト』は魔族の王である『魔王』により絶望と恐怖に晒されていた。大半の国は壊滅状態となり、多くの民が苦しめられていたのだ。そんな時だった。異世界からアカリを含む四人の少女達がリーゲルトに現れたのは」
「…………」
「リーゲルトの伝承になぞらえて『勇者』と呼ばれた四人の少女達は、人々を守るために旅を続けた。モンスターや魔族達と戦い、そして最後は魔王を見事討ち果たし、リーゲルトに平和をもたらしてくれたのだ」
「…………」
言われても。
俺はどうコメントしていいかわからず、同じ心境であろう古村さんの方を見る。
古村さんは俺と目が合うと、ふんわりと頬を朱に染めてからあせあせっと慌て気味に視線を逸らした。この状況でそんなピュアな反応できるメンタルが逆にピュアじゃねえな。
「ねっ! ねっ! あたしの言った通りでしょ!」
天城さんが俺の肩をバンバン叩いてくる。
「嘘……だろ……」
俺は思わずそんな呟きを漏らす。
国王が真面目な顔を俺に向けて言う。
「嘘ではないぞ。アカリのおかげで、本当に我々の世界は平和になったのだから」
だからお前は普通に俺に話しかけてくんなよ。
「だが事態は急変した」
国王は突如として深刻な表情になる。
とにかくまだ何かを語りそうな空気を放っていた。
俺としては正直もういいんだけど、天城さんはきゅるきゅるお腹を鳴らしながらも一応耳を傾けている。ひとまず区切りのいいところまで待った方がいいのかもしれない。
「アカリよ。魔王に娘がいたことは知っておるな?」
「あっ、うん。聞いたことはあるけど、それがどうしたの?」
「その魔王の娘が忽然と姿を消した。およそ二ヶ月前のことだ」
「ええっ! そうなの!?」
天城さんが驚いている。
へえ。魔王の娘が急にいなくなったのか。なんか大変そうだな。
まあ俺の知らない世界の話だから関係ないんだけどさ。
「魔族達はさぞ混乱したことだろう。我々人間が攫ったのではないかという疑念が彼等の中に生まれ、勇者と魔王の戦いを経て和解したはずの人間と魔族の間に再びの緊張が走った。そしてそんな中……我々の世界を揺るがす程のさらなる事件が起こる」
「それは……一体……?」
天城さんは固唾を呑んで国王の話に耳を傾ける。
一方、俺は奇抜な恰好をした国王にチラチラと不審な目を向けながら通りゆく人達に軽く会釈を返していた。俺達なら大丈夫なんで気にせず行ってください。みんな朝は忙しいと思うんで。
そこで俺は重大な事実に気付く。そういえば俺も登校中じゃん。
やばいやばい。今度はこの意味不明なイベントのせいで遅刻とか勘弁してくれよ。
「いなくなった魔王の娘と入れ替わるようにして、またしてもリーゲルトに転移者が現れたのだ。しかも今度は六百人を超すほどの数でな。それもちょうど、今の君たちと同じような恰好をした少年少女達だった」
「ホッ!?」
慌ててスマホで時間を確認しようとしたら変な内容が耳に入ってきたものだから思わず変な声が出た。
いや六百人を超す転移者とか俺の知らない世界の話だしどうでもいいんだけど、俺の世界でも六百人を超す人が行方不明になったところだからさ。ちょうど二ヶ月くらい前に。
やばい。
ちょっとだけ国王の話が気になってきたぞ。
いや、俺には関係ないし意地でも聞きたくないんだけど。
「そして転移者の中にはアカリ達に劣らぬ程の傑物がいた。五人の少女達でな。なんと魔族共はこのうち一人を新たなる『魔王』として迎え入れたのだ!」
国王は熱弁をふるうように続ける。
いきなり見知らぬ世界に飛ばされてまだ三分くらいなのにここまで高テンションを維持できるのは賞賛に値するが、これくらいでないと一国の王は務まらないのかもしれない。
「それだけではないっ! 他の四人の少女達もまたも別の勢力の中心となり、六百もの転移者を巻き込んで争い始めた! 今や我々の世界はこれまでとは比べ物にならないほどの混沌と化しておる!」
「そうなんだ! 大変そうっ!」
「我々にはまた四人の勇者の力が必要だ。リーゲルトに来てくれ、アカリ」
「うんっ! わかったっ!」
そこで俺は「えっ」となった。
さすがこれはに聞き逃せない。思わず口を挟んでしまう。
「天城さん。行くの?」
「行く! だってリーゲルトのせかいがまたウンチらしいんだもんっ!」
「ピンチな。でも、どうやって?」
「どうって」
「いや。こことは違う世界なんだろ? どうやって行くつもりなんだ?」
「んと。えと」
天城さんがポカーンとなる。
「さあ……? 王様、どうやって行けばいい?」
「むう? 儂をこの世界に呼んだのはお主らじゃろう。同じように儂らを向こうの世界に送ることもできるのではないのか?」
呼んでねえよ消えろクソが。
でもまあ、ここは常識的な反応が返ってきてよかったよ。
さっきまで一緒に登校してたはずの子がこのまま異世界かどこかに消えたりしたら、もはや目も当てられないからな。
そう、思っていたところ。
「できますっ!」
そこで興奮気味に入って来たのは古村さんだった。
なにが嬉しいのか、先ほどまでの無表情をぱあっと輝かせながら。
「私に任せてくださいっ! 今すぐにでも送ります! いってらっしゃい天城さん!」
えっ、なにそれ。
本当にそんなことできるの?
俺が動揺する間も古村さんは砂場でお城を作る女児みたく楽しげに、天城さんと国王の周りに儀式用のアイテムを並べ終える。「異界に潜みし闇の眷属よ。我の捧ぐ供物を喰らいて現世に姿を示せ」そしていつもの呪文を唱えた――いや行動早えよ!
シュンと天城さんが光の柱に包まれていく。
俺に向けて、無邪気にブンブンと手を振りながら。
けど俺はただ立ち尽くすことしかできない。
天城さんが――幼馴染の女子が、俺の知らない世界に行ってしまうというのに。
「俺は…………」
思わず拳を強く握りしめる。
どうすればいい。
いや違う。俺は一体どうしたいんだ?
俺は――
「あ~か~り~ちゃんっ!」
気が付けば俺は幼馴染の名前を叫んでいた。
恥も外聞もなにもかもをかなぐり捨てて。
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