第27話 登校(異変)

 チリンチリン!


「うおっ、と。びっくりした」


 俺と古村さんと天城さんの三人で登校していると、後ろからベルを鳴らす音が聞こえた。

 振り返ると、六十過ぎくらいの男が面倒くさそうに俺達を見ている。ここは歩道で、歩行者が優先だったはずなんだけど。


 まあ今回は、歩道とはいえ三人で広がって歩いてた俺達も悪いか。


 俺は道を空けるべく天城さんの後ろにつく。

 すると古村さんも俺の意図を察してくれたのか、すっと俺のまた後ろにつく。

 こうして空いたスペースを、自転車が通り抜けて行った。


 また後ろから来る人を邪魔してもよくない。

 そう思って天城さんの後ろについたまま歩いていると、天城さんが遠足ではしゃぐ女児みたいに言う。


「この歩き方、異世界を旅してた時みたい!」

「えっ。本当にこんな感じで歩いてたの?」


 今の俺達は先頭から天城さん、俺、古村さんの順で縦一列に並んで歩いている。

 確かにそういうゲームのプレイ動画はネットで何度か見たことがある。主人公達はダンジョンや町の中をこんな感じのフォーメーションで歩いていた。


「うんっ! その時は四人パーティだったけどね! あ、パーティのうちの一人は今も近くの学校にいるよっ!」

「そうなのか~。またみんなで一緒に旅ができるといいな!」

「うんっ!」


 どう返していいかわからないので適当なことを言っておく。なんとなく天城さんの楽しい気持ちを尊重してあげたいと思った。古村さんもどういう心境なのか、微笑ましそうな表情で天城さんを見てる。こっちも機嫌が直ったようでなによりだ。


 チリンチリンチリン!


 また後ろからベルが鳴らされる。


 ああもう! またかよ!

 ちゃんと自転車が通れるだけの幅は空けてるだろうが!


 思わず振り返ると、スーツを着た三十過ぎくらいの社会人男性が歩道とは思えないスピードで自転車を走らせている。危ねえ!


 しかしそれにイチ早く反応したのは意外にも古村さんだった。

 スババッと忍者がマキビシを撒くみたいな素早さでフロッピーディスクやら小ぶりのナイフやらパック詰めされた天かす(?)を自転車の進行上に配置。


 そして社会人男性が自転車で通り過ぎる瞬間、


「異界に潜みし闇の眷属よ! 我の捧ぐ供物を喰らいて現世に姿を示せ!」


 古村さんがそう唱えるとバシュンと光の柱が発生。

 光が消える頃には社会人男性は自転車ごと跡形もなく消失していた。


「ちょっ、こっここっこここここっ……こむらさん……っ」


 やっちゃった!

 また古村さんがやっちゃった!


「あっ。気付いた?」


 古村さんは何故かえへへと笑い、儀式に用いたアイテムの一つを拾い上げる。

 それは小ぶりのナイフだった。

 どこか見覚えあると思ったら例の果物ナイフじゃん。俺の脇腹刺したやつ。


「『人を刺した果物ナイフ』だよっ」

「へっ」

「ほら、召喚の儀式に使用する供物の条件は『退廃と矛盾の象徴』でしょ? だから果物を切るんじゃなくて望月君を刺したことでこのナイフもその条件を満たしたんじゃないかって、そう思ったんだ~」


 えっ。いきなりなんの話してんのこの子。こわい。


 いや今はそれよりも、だ。

 こんなところもし誰かに見られたら――うげえっ!

 あっちで小学生女子が俺達の方ガン見してる!


 そして例のごとく自転車乗りの代わりに黒い犬が出現していた。

 漆黒の四肢を震わせて「グルル」と獰猛な土佐犬みたいに唸ってる。


「やああ! アルダーストラッシュ!」


 ゴチン!

 瞬時にそれをビニール傘でぶっ叩いたのは天城さんだ。

 そういえば天城さんにも真横で見られたはず。やばい。こっちはどうやってごまかそう。


「ってだから傘で人を叩くな! たとえそれが犬でもだ!」

「かわいそう!」


 俺、そして珍しく古村さんまでもが声を荒げて天城さんを非難する。

 天城さんは「え? モンスターでも?」と不思議そうにしているけども。


 黒い犬は「キュウウ……」とか細い声を漏らすと、地面に突っ伏した。

 やがてバシュンと光の柱が生まれて消滅。

 代わりに出現したのは先ほど消えたはずの社会人男性だ。


 俺? もちろん我が目を疑いましたよ。


「えっなにこれ。どういう原理?」

「すぐに倒されたせいで召喚がキャンセルされたみたいだね……」


 古村さんが思案顔でそんなことを言う。

 社会人男性は「今度はどこ!?」「俺のチャリがねえ!」とか一人でなんか叫んでる。本当だ。そういえばこの人が乗ってた自転車が見当たらない。もはや何がなんだかわからんけどまあこの人が無事でなによりだよ。


「異界に潜みし闇の眷属よ! 我の捧ぐ供物を喰らいて現世に姿を示せ!」


 とか安心してたらまた古村さんが社会人男性をバシュンと消す。

 代わりにさっきの黒い犬が出現する。


「アルダーストラッシュ!」

 

 と思ったらまた天城さんが黒い犬の頭をゴチンとぶっ叩いて召喚をキャンセル。

 再び「ここは……」と呟く社会人男性を生還させる。


「……どういうつもり?」

「やらせないよ、こむらさんっ!」


 女子二人の視線が交わる。

 そして――


「異界に潜みし闇の眷属よ! 我の捧ぐ供物を喰らいて現世に姿を示せ!」

「アルダーストラッシュ!」

「異界に潜みし闇の眷属よ! 我の捧ぐ供物を喰らいて現世に姿を示せ!」

「アルダーストラッシュ!」


 バシュン! ごちん!

 バシュン! ごちん!


 二人による生贄召喚と召喚キャンセルの応酬が繰り広げられた。


「なかなかやるね……!」

「こむらさんも!」


 古村さんが挑発的に笑う。

 それに天城さんは爽やかな笑顔で応える。


「異界に潜みし闇の眷属よ! 我の捧ぐ供物を喰らいて現世に姿を示せ!」

「アルダーストラッシュ!」

「異界に潜みし闇の眷属よ! 我の捧ぐ供物を喰らいて現世に……」

「アルダーストラッ……あっ!」


 ごちん! ぐへえっ!?

 

 だがここで古村さんが召喚の詠唱を途中で止めるというフェイントを見せた。

 結果、消失しなかった社会人男性の頭を天城さんのビニール傘が強打する。


「引っかかった引っかかった!」

「くっそ~! 今度こそ!」

「遊んでる場合か!」


 とりあえず叫ぶ俺。

 そしていつの間にか、こっちを見てた小学生女子が五人くらいに増えてる。さっきから何人もの自転車乗りが俺達を不審そうにチラ見しながら通り過ぎていく。ひえええ。どうしよう。


 けど残念なことに女子二人が止まる様子はない。


 だったら――俺が止めるしかない!


「異界に潜みし闇の眷属よ! 我の捧ぐ供物を喰らいて現世に姿を示せ!」

「アルダーストラッシュ!」


「……今だッ!」


「異界に潜みし闇の眷属よ! 我の捧ぐ供物を喰らいて現世に示せ……あっ!」


 俺は社会人男性が生還してから古村さんが呪文を唱え終えるまでのタイミングを狙い、配置されていたアイテムの一つであるヌイグルミを蹴り飛ばした。白いイルカみたいなやつがコロコロと歩道を転がっていく。


「よし! これで……」


 生贄召喚の儀式は失敗に終わるはず。



 しかし――バシュン!



 光の柱は止まることなく社会人男性を包み込んだ。


「あれえ!? なんで!?」


 そして代わりに姿を見せたのは、先ほどまでと同じ黒い犬――ではなく。



 鬚を生やした、やたら恰幅のいい初老の男だった。



 派手な装飾が散りばめられた赤いガウンみたいなやつを羽織り、頭にはキラキラした王冠を被っている。

 ちょうどトランプのキングの絵柄みたいなオッサンだ。


「いや誰!?」

「召喚の儀式にバグが起こったみたい……望月君が途中で変なことするから……」


 古村さんが深刻な声で言う。その顔は真っ青だ。

 俺はなんか今までで一番ヤバい予感がした。


「えっえっ、バグ? な、なにそれ。さっきの社会人男性は?」

「わからない……」


 テンパる俺に、古村さんは震える声で告げる。


「最悪の場合、時空の狭間に呑みこまれて消滅したかも……!」

「マジで!?」


 どうしよう!


「ここは、どこだ……」


 そこに場違いな、やけに貫録のある声が響く。

 ついさっき出現した謎の国王風の男だった。


「王様!?」


 そんな声をあげたのは、なんと天城さん。


「アカリか!」


 そして国王風の男もまた驚きに声をあげる。

 どうやら知り合いらしい――知ってんの!?

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