転生貴族は返したい!

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手違いは誰にでもある....神はダメじゃないか?

空が白んだ早朝。俺が寝ている寝室にけたたましいスマホのアラーム音が鳴り響く。俺はそのアラームを止めようとスマホを手に取る。目に映る画面には2025/08/03という日付と06:03という時刻がいつも通り表示されている。別に何があるというわけでもない当たり前の光景に何を思うこともなく俺はゆっくりと一階へと降りていく。

朝食はすでに母親が用意してくれていて、俺は洗顔や歯磨きなどの諸々を終わらせた後に席についてパンを頬張る。

今日のメニューはバタートーストとサラダか。量がちょうどいいし美味い。

俺は咀嚼と嚥下を繰り返しながらテレビをつける。アニメなんかこの時間は碌なのがやっていないから大体見るのは天気予報かニュースだ。


『都内での通り魔事件、一昨日深夜にも新たな被害が――』


そんな音声が聞こえた気がしたが、特に気に留めることもなく俺は番組を切り替える。どこかの誰かの不幸なんて興味はない。薄情だな.....なんて言うやつもいるだろうがそんなものに何かしら思えるほど俺の感受性は高くない。

にしても物騒だ。よりによって俺の住んでる地域に近いのは困る。せめてもっと遠くの出来事であって欲しかった。俺はそんなどうにもならない愚痴を頭に巡らせつつ食べ終えた朝食の皿を下げる。


……この時の俺は、自分がその「不幸な誰か」になるなんて、思いもしていなかった。




朝の準備を終え、家を出たのは7時より少し前。

最寄り駅まで歩いて20分。俺の平凡な通学路。建物も信号も何もかも代り映えがない。でも不思議と安心できる。いつも変わらないものがある。それは平和であるということに他ならないのだから。そんないつもと変わらない景色の中、伸びをして空へ視線を向けた、そのときだった。


「……ッ!?」


突如として腹部に、ドンッと割と重めの衝撃と焼けるような痛みが走る。あまりの痛みに俺は声一つ出せずその場にうずくまってしまう。

何が起こった.....そう考える俺の頭に今朝のニュースが過る。通り魔だ。どうやら俺は運悪くその通り魔の標的にされてしまったらしい。


「――なんで、俺なんだよ.....!」


俺がやっとの思いで吐き出したのは理不尽な通り魔への怒りだった。何故俺なんだ。俺以外の誰かを刺せばよかったのに..... そんな思考が今際の際にできるのだから俺は自分が思うよりろくでなしなのかもしれない。

口の中が気持ち悪い。ベタベタしてずっと鉄の味がする。多分血が逆流してきている。俺はその人生最悪の感覚を味わいつつ冷たいアスファルトの上に倒れこむ。

ここで俺、くさび幸太こうたの人生は終わり俺の人格と意識は深く深く沈んで消える.....そのはずだった。


でも気付けば俺は知らない場所にいた。何もない。真っ白な空間。

距離感、平衡感覚が崩れてしまいそうなくらい本当に何もない。

ここはどこだろう?死後の世界?天国?地獄?様々な疑問が頭にめぐる。しかし一つの事実に俺は笑いが零れてしまう。

俺は死に際にあれほど刺されたことを恨んだのにもう既に死んだことを受け入れている。どんな精神構造だ。もっと理不尽に怒ってもいいはずなのにそれが一切湧き出てこない。しかしこのまま永久に黙ってじっとしているのもつまらない。地獄に落ちたにせよ天国へ向かったにせよ話し相手がほしい。俺はそう思って何もない空間に大声を張り上げる。


「すみませーん!!どなたかいらっしゃいませんかー!!!」


「うるさいですね。死んでるんですから静謐であってください。」


いやー人生で初めて出したよこんな大声。死後にできた初体験.....なんて言っている場合じゃないか。俺がそんなくだらない事を思っていると空白から突然声が発される。それだけじゃない。その声を起点にするように人のような姿が形作られていく。

それは俺と同年代くらいの少年だった。

その少年の突然の出現に、俺は思わず後ずさる。

真っ白な空間から滲み出るように現れたその少年は、俺と同じくらいの背格好で、雪のように白い髪に白銀の儚さすら感じさせる瞳を持っていた。

更にその少年が現れたと同時に周りの景色が一変する。何もない純白の空間ではなく都会のカフェのような場所へと唐突に変化する。

俺の正面に座る少年は服は黒いスーツに濃紺のネクタイに黒いズボンと服装がやけに現代的だ。すごくキッチリとした印象を受ける。

しかし目の間の少年の髪の毛には割と癖の強い寝癖がついていてその目は胡乱げで機嫌の悪そうな.....コイツまさか寝起きだったりするのか?


「そうですよ。貴方のせいで目が覚めました。というかスーツ....貴方にはそう見えているんですね。」


「お前こっちの心読めるのか?それと寝癖直してこいよ。笑いそうになるだろ。」


「事情がなければ即座に地獄行きにしてますね。不敬です。」


「不敬って....お前は神かなんかかよ?」


「そうですよ?私は神です。そして貴方が死んだ元凶です。いや本来別の人が刺されるはずだったんですけど寝ぼけていたのか間違えて貴方を指名してしまったんです。我ながら痛恨のミスですね。」


おい待て。コイツ今淡々とした口調でとんでもないこと言いやがったぞ。俺が死んだ原因がコイツ?ラノベでよくある"主人公が神の手違いで死にました!"ってやつか?何平然と無表情で告げてくれてんだこの野郎。謝罪の気持ちとかねぇのか。

先程まで静まっていた理不尽さへの怒りが沸々と溢れ出てくる。さすがにそんな事を言われて冷静でいられるほど俺は達観しイカれてはいなかったようだ。やはり俺は普通の人間なんだな、とある種の安堵すら感じていた。

そんな俺を殺した目の前の元凶である神の口から放たれたのは開き直りに近い言葉だった。


「無いですね。ミスとか誰にでもあるでしょう?変えようのない既に終わった事に文句を言うのは詮無きことです。というか性別ないので野郎じゃないですよ。」


「クソどうでもいいわ。お前のせいで尊い一つの命が消え去ったんだぞ。どう責任とってくれんだ。生き返らせろよ!神なんだからそれくらいできるだろ!」


「二つ。訂正しておきますね。まず一つ。命に尊いも賤しいもありません。全て等価です。貴方の命も、貴方が食料として食べていた牛や鶏も全てです。命の重さを量る権利などにだってありません。こちらの落ち度であるのは認めますが命の価値をたかが十数年生きた人間ごときが語らないでください。ましてや自分の命を自ら尊いとのたまうなど言語道断です。」


俺はカフェの机を叩きながら立ち上がり目の前の神と名乗る少年を怒鳴りつけるも、俺は少しだけ怒気を孕んだ少年のその言葉に思わず委縮してしまう。確かにそうだ。命は等価なのかもしれない。でもだから何だ。いくら正論のように言葉を並べ立ててもコイツのせいで俺が死んだことに変わりはない。俺が口を開いて反駁しようとしたその時、それを遮るように目の前の神が喋りだす。


「二つ。誰も無責任に放り出すなんて言ってません。人の話を最後まで聞く、というのは人間の世界の常識ではなかったのですか?あぁ...."義務教育の敗北"というやつですかね?まぁ何にせよこのまま貴方を適当にあしらえば私の体裁が良くありません。ですから貴方には選択肢を差し上げます。ラノベが好きな貴方なら大方察しているでしょうが転生という選択肢です。」


「世界観は?まさか魔物と人間がお互いを滅ぼすために戦争してます、みたいないかにも長生きできなさそうなところじゃないだろうな?」


「まぁありきたりな世界ですよ。魔法があり生まれ持った能力があり、魔物がいてダンジョンがあって。そういう貴方が腐るほど見たであろう使いまわされたテンプレートのような世界。それが貴方がこれから歩む場所です。」


なるほど。ある意味願ってもない話だ。俺は別にラノベの主人公たちみたいに異世界を楽しむ気も冒険する気も恋をする気もない。ひっそりと、ただ平和に暮らしたいだけだ。前世と同じようにダラダラと過ごしたい。そんな願望を持つ俺にとって擦り切れて出涸らしのようになっていそうなその世界はどんなに幸福に包まれる可能性のある世界より魅力的だった。


「分かった。転生させてくれ。あーあのスキルみたいな概念はあるか?一応身を守るくらいのは欲しいんだが。」


「その概念もありますよ。先程言った生まれ持った能力、というのがそれに当たります。あちらの世界では固有魔法スキルと呼ぶらしいですね。」


知ってたよ。どうせ呼び方はそれ系列だろうなとは思ったけどまんまスキル呼びなのかよ。そういや俺の固有魔法スキルってどうやって決めるんだ?

選択肢としては目の前のアイツが選ぶか、ランダムで選ばれるか.....だが。

お願いだから前者で.....目の前の神も性格悪いから一緒か。

俺がそんな事を思っていると目の前の神が俺をジト目で睨む。


「私には0000007シェヴァという名前があります。いつまでも神呼びしないでください。貴方もずっと人間、人間と呼称されては不快でしょう。そういうことです。そして固有魔法スキルですがランダムで選んでもらいます。」


「何で俺が選ぶっていう選択肢がないんだ?」


「公平性を出すためですよ。あちらの人間は生まれたその瞬間に神がランダムに固有魔法スキルを授けます。つまりあちら側の人間は選べません。」


「だから何だよ。質問の答えになってないだろ。」


俺が噛みつくようにそういうとシェヴァは呆れるような視線を俺に向ける。はっきり言って意味が分からない。あっちの人間が選べないことと俺に選ばせないことに何の因果関係があるんだ?そう思っていた矢先その答えをシェヴァが諭すように教えてくる。


「いいですか?貴方は転生しあちらの世界の住人になります。あちらの世界では自分の固有魔法スキルは選べないのが絶対の法則です。そして貴方がその世界の住人になる以上その乱数ランダムという名の絶対的公平性は守られなければなりません。」


「俺はお前のせいで死んだんだから例外だ!固有魔法スキルを選ぶくらいの優遇はあっていいだろ!」


「貴方の世界では人助けをした人間であれば殺人は罪にならないんですか?貴方の言っていることはそういう事です。個々人の都合や状況で公平が揺らぐことはあってはなりません。こちらのミスであるとはいえそれによる我儘を許すことはできません。」


シェヴァのその言葉に感じたのはある種の畏怖と尊敬だった。絶対に曲げないという強い意志。

揺らぐことのない公平という信念という壁には俺のどんな言葉を叩きつけたところで傷一つ入らない気がした。だから俺はため息を一つ吐いて大人しくランダム選出に従う。シェヴァはご理解どうも、と不愛想に言うとカフェのような空間の奥からティーカップを持ってくる。その中にはコーヒーと思われる黒い液体が入っており香ばしい香りと湯気がカップからは立ち昇っている。

え?コーヒー?いや優雅にコーヒー飲んでる場合じゃないんだが?


「コーヒーなわけないでしょう。それが固有能力スキルなんですよ。これ別に選び方は何でもいいので今の気分で決めました。味は不味くはないんじゃないんですか?知りませんけど。」


「俺はコーヒーより紅茶派なんだが。あとせめて味は保証してくれないか?」


「くだらないこと言ってないでさっさと飲んでください。」


俺は急かすようなシェヴァの目線に耐えられず大人しくそのコーヒーらしき液体を喉奥へと流し込む。苦味か甘味か何が来るのかと覚悟していたが.....まさかの無味だった。コーヒーの匂いのする水である。いや何だそれ?


「ほら。不味くはなかったでしょう?」


「味ねぇんだから美味いも不味いもクソもねぇだろうが。」


「はいはいそうですねー。それじゃ用も済んだので転生させますね。それではまたどこかで。良い人生を。」


シェヴァは俺の抗議を軽く流しながら一方的に転生させる。俺の意識はあの時のように静かに落ちていった。

というか俺、固有能力スキルの内容知らされてないんだが!?そんな今更すぎる問題を思いつつ俺は転生するのだった。



目を覚ませば知らない天井が俺の視界に映る。大きい、というか天井が高い。俺が急いで感覚の違う身体を起こし辺りを見回すとベッドの横には謎の錠剤と水がある。

さらに部屋は一人部屋というにはあまりにも広い。まるでアニメで見た貴族の自室のような......待て。何で転生先が部屋なんだ?しかも生活感がある。

その時俺の中に最悪の想像が浮かぶ。俺は奇跡的にあった部屋の中の鏡で己の容姿を確認する。そこに映っていたのは金髪に紫色の瞳をした見ず知らずのイケメンであった。


「おい.....待てよ。これ.....」


己が発しているはずなのに全く聞き覚えのない声が聞こえる。

最悪だ。俺の予感は的中してしまった。これは俺の身体じゃない。シェヴァが俺専用に用意した身体じゃなく.....見知らぬ誰かの身体だ。

あぁ.....どうやら俺は最悪な転生をしてしまったらしい。

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