ゲーム音楽を歌ってみた

@komasan1625

第1話 プロローグ

 入学式を終え、僕たち新入生が体育館を出ると、そこには人だかりができていた。部活勧誘の嵐だ。校門に向かう道沿いにずらりと並んだ先輩たちが、我先にとチラシを差し出してくる。気づけば僕の手には、紙の束が次々と積まれていく。

「うちは運動部で一番強いぞ!」

「文化祭はうちの演劇部が主役!」

 そんな声が飛び交う中、僕はどうにかその人だかりを抜けた。いつの間にか、手元のチラシの厚さは1センチを超えていた。百枚以上はあるんじゃないか。ずっしりと重いそれは、なるほど、僕がマンモス校と呼ばれるこの学校に入学したんだという実感でもあった。

 その後は、新入生オリエンテーション。僕たちは本館3階の一室に集められた。座席は名前順になっていて、僕の前の席には青木くんという男子が座っていた。

「よろしくね」と軽く話しかけると、彼は岡山から引っ越してきたばかりだという。

同じ地方出身というだけで、なんだか少し安心した。

「チラシの数、すごかったよね」と彼が言う。

「本当にね。リュックがもうパンパンだよ」と僕も苦笑いを返す。

「伊崎くんは、どこか入りたい部活とか決めてるの?」

「まあ、だいたいね。伊崎でいいよ」

 僕は既に決めていた。中学の頃から続けていた合唱部に入るつもりだった。全国大会に常連出場しているこの学校の合唱部は、全国的に有名だった。もちろん僕もその実力に惹かれてここを志望したのだ。

 友達ができた、とはまだ言えないけど、入学初日に話せる人ができたのは少し心強かった。これから始まる高校生活の中で、ぼっちだけは絶対に避けたい。

家に帰ると、まだ段ボールが積まれたままの自室で、鞄からチラシの束を取り出した。吹奏楽部、美術部、科学研究部……一見まともそうなものもあれば、駄菓子研究会、激辛同好会、ミステリー研究会など、興味をそそられるものもある。

 「この学校、どんだけ部活あるんだよ……」と呟きながら、僕は目当てのチラシを探した。

 淀高混声合唱団のものだ。この学校の合唱部は、60人を超える大所帯。迫力のあるハーモニーが持ち味だが、規模が大きすぎて一人一人の技術が埋もれるようなところがある、と噂で聞いた。対して、少人数精の「淀高コール部」という別の合唱団もあって、こちらはわずか20人足らずの小規模ながらも非常に高いレベルで歌を追求しており、全国大会も常連。どうやら明日、合同の新入生歓迎コンサートがあるらしい。


 入学式の次の日は一日中部活動体験ができる日だ。この学校は部活動全員加入が原則となっており、どこかしらの部活に所属しなければならない。ニュースではブラック部活がどうとか以前聞いた記憶がある。なんでも教員の働き方改革だとかいう話だが、ここは私立だからか、異様に部活に力を入れている。僕自身、中学校では部活がなかったので少し持て余していた。その分勉強はそれなりにやってきたと自負しているが、それだけでは高校生活はさみしい。部活をやりたくて高校を選んだようなものだった。

 昨日入学式が行われた大講堂では混声合唱団が演奏するらしい。目当ての淀高コール部は四階の音楽室だ。机が全て取り払われており、座席はゆうに100を超えるが、あまり占有率が高いとはいえないようである。混声合唱団の方に人が流れているのだろう。僕は座席の中央から少し左よりに座った。

 開演の時間になると、ぞろぞろと団員が入ってきた。まばらな拍手だが、団員たちの表情は緊張で固まっていた。しかし演奏がはじまるとどうだろう。まるで一人の巨人が歌っているかのように、乱れぬハーモニー、高音域の伸びも良く丁寧な発声で心地よい。これが全国レベルの合唱か。演奏が終わると、先輩たちとの懇談会があった。

「すごくよかったです」

 なんて語彙力の無い感想。なんとか感動を伝えたかった。

「ありがとう。君は入部希望者かな?」

「はい。是非。中学校の時から決めていました」

「それはうれしいね。」

 おい、入部者一名確定だぞと言うと、他の先輩らから歓声が聞こえた。この程度のことで承認欲求を満たすことができるのは新入生の特権だ。

「ところで最初に話しておかなくちゃいけないんだけど」

 その後の話を聞いて僕は結構絶望した。金が、かかりすぎる。全国レベルを維持しており、定期演奏会も開いている。その定期演奏会はホールを借りることになるが、到底お客さんだけでホール代をまかなうことができず、ある程度は手出ししなければならない。大体10万円くらい。加えて、毎月の費用が3000円。

「みんなこの話を聞くと辞めてしまうんだよね」

 合唱ってこんなに金がかかるのか。ちょっと考えさせてほしい旨を伝え、教室に戻る。教室には青木がいたが、他のクラスメイトと談笑中だ。邪魔しちゃ悪いなと思い、教室を出ることにした。

 さあ困ったぞ。とてもじゃないが、我が家は母子家庭、学費はかからないが施設維持費もばかにならずひいひい言っている親に10万出してくれとはいえない。母さんの顔が浮かぶ。ちょっと涙が、、いや涙は出ないが。しかしここはバイト禁止の学校だ。どうしたものか。

 「ねえねえ新入生だよね。うちの部活覗いていかない?」

 悶々と考えていたところでふわふわした声をかけられた。ボブカットに少し毛先に緑を入れて見た目はパンギャ系を思わせるが声とのギャップが凄い。手には「GMC」と書かれた段ボール紙を持っている。特に断る理由もなく、沢山ある部活だ、この際色々見てもいいだろうと考え、「あ、はい」と答えた。

 「じゃあいこうかね」

 今日一日が部活動体験の日だから、上級生の教室が全て部活動勧誘の為の出し物部屋と化している。しかし教室を貸与されるのは実績のある部活だ。この先輩はどこに連れていくのだろう。階段を下りて、体育館の脇を通り過ぎたあたりで不安になったが、プール脇にある着替え室の並びにそれはあった。

「ここが部室ねー」

 部活が活発なマンモス校ではあるが、すべての部活が華々しい実績を出しているわけではない。有象無象の部活は隅にまとめて追いやられるのは、学校としても合理的な判断だと思う。およそ六畳一間で一人のガタイの大きくふくよかな女性の先輩は頭をかりかりかきながらカタカタとPCに向かってキーボードをたたいており、もう一人の先輩は本を読んでいる。中央にはテレビがあり、映し出されているのはレトロゲーと呼ばれるものだ。ドット絵が古めかしく、ピコピコと一人の先輩がプレイしている。

「新入生をつれてきたぞお」

 軽く会釈をすると、「おー」「どうもどうも」となんとも歓迎とは程遠い声が聞こえる。 空気が重い。自分には場違いで、早く帰りたい気持ちもあるが、とりあえず会話を続けさせなくてはという思いで尋ねる。

「ええと、ここは何の部活なんですか」

「ゲーム音楽を合唱する部活だよ」


 これが僕が高校三年間を共にする部活との出会いである。

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