第6話 異変




 翌週になり、先週までにはなかった異変が二つある。


 一つ、駿矢がクラスの中心的人物になっていた。



「駿矢、お前部活入ってないってマジ? 体育であんな動きしてたのに? もったいないから俺のいるサッカー部に来てくれよ。お前なら今からでも全然レギュラー狙えるって」


 部活動に勧誘されていたり。


「駿矢の歌がさ、レベチすぎて神ってた。今度お前らも一緒に行こうぜ。ぜってぇビビるから」


 いつの間にかクラスの人とカラオケに行ってたり。


「あの、八木くん。この前勉強教えてくれたから、お礼にクッキー作ってみたんだけどね。その、もし良かったら、もらってくれないかな?」


 女子に勉強を教えて、見え見えの好意を向けられていたりした。


 モンスターが皮を被っているという表現は強ち間違いではなかったのかもしれない。


 僅か一週間で、駿矢はクラスメイトの信頼を勝ち取っていた。


 そもそもの話、駿矢が信頼を得るにはゼロからのスタートではなく、マイナスの状態から始まっていたはずだ。


 駿矢はこの二年間、不良生徒として有名だった。


 中学三年生のとき、一つ上の百合恵さんが卒業したことで駿矢は学校への興味を失ったらしい。


 遅刻常習犯になり、休み時間になったら勝手に家へ帰ったりすることもあった。


 修学旅行二日目途中にヒッチハイクで無断に帰宅した事件は他校の人でも知ってる逸話だ。


 そして、高校受験を控えた中学三年の冬。


 物心ついたときから駿矢を知っている僕にとって、駿矢が一生懸命勉強している姿を見るのはそのときが初めてだった。


 それはもう、死に物狂いで一日中勉強していた。

 理由は百合恵さんのいる北高に合格するため。


 僕は身の丈にあった西高を受け、試験後受験日が同じだった駿矢に連絡を取った。


 本人には受かっている自信があったらしい。駿矢の努力を知っていたから、素直に嬉しかった。


 けれど、結果は不合格。


 百合恵さんが進言してくれたお陰で僕とは別の受験パターンで西高を受けて、どうにか高校生になることはできた。


 しかし中学時代と変わらず、駿矢にとって百合恵さんのいない学校には行く意味がなかったのだろう。


 高校の入学式から、いきなり駿矢はバックレた。


 それから学校には留年しないギリギリの日数だけ登校していた。


 自由気ままにいたりいなかったりするから手がかかる生徒なのは間違いない。


 強いて擁護するのであれば、駿矢は暴力沙汰や未成年の飲酒、喫煙を始めとした犯罪などの問題行動を一つも起こしていない点だろう。


 学校に、いや、百合恵さんのいない学校に心の底から興味がないだけで、駿矢は誰かをおとしいれるような加害性をまるで持ち合わせていない。


 しかし、こんな素行を続けていては噂に尾ひれが付いてしまうのも致し方なかった。


 麻薬の密売人。国家転覆を図る裏組織の住人。忍者の生き残り。


 これらは実際に僕が耳にした駿矢の噂である。

 もはや大喜利のネタにされているじゃないか。


 これに関しては訂正するような働きをしなかった僕にも責任があるのかもしれないが、とにかく駿矢のことをよく知らない人たちからはそういう評価が下されていた。


 しかしながら今、そんな散々なレッテルをすべて引き剥がすかのように、駿矢はクラスの人たちから慕われている。


 認められているのはまだクラス内だけかもしれないが、学校内全体で評価され始めるのも時間の問題だろう。


 偉業どころじゃないし、僕には絶対できない。


 この件に困惑してばかりの僕だが、さすがに駿矢を讃えるべきかもしれない。


 先週久しぶりに駿矢が登校した朝以来、特に話せてはいないが、次に喋る機会があるときは柄にもなく褒めてあげようと思った。


 さて、これが異変一つ目だ。


 二つ目はそれと比べてしまえば大したことではない。


 先週、教室の入り口に立っていた茶髪の女子生徒が頻繁に現れるようになった。


 そのときは目が合ってしまったが、今は視線が交差することすらない。


 女子生徒が目を向ける先を見ればすぐに分かる。


 駿矢だった。


 常に、駿矢のことを見ていた。


 妙なのは、駿矢の良い評判を聞きつけて、という感じがしない。先週の時点で、彼女は廊下から駿矢を覗いていた。


 少し気にはなったが、結局、深く考えるのをやめることにした。


 最近は駿矢に注意を置きすぎていて疲れてしまった節がある。


 一度、ゆっくり休もう。


 そう思ったはずなのに、僕は放課後、空き教室で一人待機していた。



 遡ること数時間前、午前中のコミュニケーション英語の英会話中、椎名がまた日本語を喋った。



「三島くんにお願いがあってね。私の後輩の相談に乗ってほしいんだ」


「ノーセンキュー。ベリーベリーノーセンキュー」


「来年受験生だよ。もう少し語彙力のある断り方にしないと」


 現在高校二年の5月。ほんの二カ月前までは一年生だった。


 椎名はともかく、西高の同学年で既に受験を見据えている生徒なんてほとんどいない。


「受験とか意識させるなよ。高校二年生の心臓に悪い四字熟語ランキング第1位『来年受験』だから」


「そう? 『退学確定』とかの方が嫌じゃない?」


「学年関係ないだろ、それ」



 普段の英会話の時間、他の人たちもこんなくだらない会話をしているのかもしれない。



「受験に英会話ないしいいよ。第一、なんで僕なんだよ。椎名が相談に乗ってあげればいいだろ」


「え、私も乗るよ? でも私じゃ力量不足だから、三島くんの力を借りたいなって」


「なおさら意味が分からない。椎名にできないことは僕にもできないよ」


「ううん。そんなことないよ。今回、あの子の一番の力になれるのは三島くんなんだ」



 協力するのは依然気が引けたままだが、そう言われて興味は湧いた。


 完全無欠とも評される椎名から見て、僕が最も頼れる相談。



「三島くんだけが頼りなんだ」



 両手を合わせて、椎名は懇願した。


 またうっすらとだけ、百合恵さんが重なった。


 いや、本当に、やめてくれ。


 椎名は何も知らないだろうが、こうなってしまったら、僕はもう断れない。


 北高の受験に落ちた駿矢は高校に行く気なんてなかった。それでも百合恵さんが駿矢に高校に通ってほしいとお願いしたのだ。


 駿矢はそれをあっさりと聞き入れた。


 そして、そんなチョロい人間が、実は駿矢以外にもう一人いる。


 僕もまた、百合恵さんの頼み事を無下にできない人間だった。



「分かったよ」



 僕は渋々承諾した。


 これでもし、しょうもない相談とかだったら即帰ってやろうと思った。 






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る