1-5 カフェ・ダイアリー

 私とウィルさんは、ピアノの仕事を何日かした後、王都ララバルを出立し、南にある「ラドスの村」に到着した。ラドスの村は、500人程が暮らす郡部の小都市で、農業で有名な街だった。このファーガ国では、ライ麦パンを主食とする者が多く、その原料となるライ麦が良く採れることで有名だった。


 路銀を稼ぐ仕事を見つけようと、カフェ・ダイアリーに立ち寄ったのが三日前のこと。私たちは、そこでラドスの村長さんへの親書を届ける依頼を受けたのだった。


 「この仕事で、たったの1万ニルなんですね。はぁ。この先が思いやられるなぁ」

 私がため息まじりにそう云うと、ウィルさんは苦笑いで応じた。

 「まあ、そんなに落胆することはないさ。人生において『何が良くて何が悪い』と決めつけるのは、あまり得策じゃないよ。もっと楽に構えた方がいい」

 「いいなぁ、ウィルさんは楽天家で」

 「予測したことに、いかに柔軟に対応できるかが、学者かそうで無い者との違いなんだと、僕は考えているよ」

 「また、小難しいことを言わないで下さいよ。もっと感覚的に生きた方がいいと思いますよ」


 ラドスの村までの三日間は、ウィルさんとそんな楽しい会話をしながらの旅だった。私たちは、ラドスの村長さんに親書を渡すと、また三日かけてララバルへと引き返した。途中、モンスターが現れなかったことが、唯一の救いだった。とは云うものの、上空にはオオガラスという怪鳥が飛んでいる時もあったし、ジャッカルという魔犬の匂いがした時もあった。幸いにして、今回はモンスターと遭遇しなかったものの、次はどうなるか分からない。


 「シンシアさん、親書を届けて参りましたよ。報酬下さい」

 私たちは、「カフェ・ダイアリー ララバル店」の店へ着くなり、カウンターに座る女性店長にそう切り出した。

 「カフェ・ダイアリー」はファーガ国全土に分店を持つ喫茶店で、旅人に仕事を紹介する店だった。発泡する天然水にレモンと砂糖を混ぜたレモネードが有名で、この店を訪ねる多くの客がそれを頼んでいた。酒類の販売もあった。ファーガ国では十六才の「旅人の誓い」を終えた後から、酒類を飲むことが許可される。しかしながら、それは名ばかりの法で、実際には旅人の期間に呑み方を覚えることが通例となっていた。


 「まあ、早かったのね。まずは、お飲み物はいかが? 一息ついてから、話を聞かせて下さいね」

 シンシア店長はそう云って、爽やかに笑った。シンシア店長は、細面の美人でゆるやかに髪をまとめていた。

 「ありがとう、シンシアさん。レモネードを二つ下さいますか」

 私はそう注文をすると、背負袋を下ろし、中をさぐった。そして羊皮紙を丸く束ねた受取書を取り出す。それはラドス村長の受取書だった。


「はい、レモネードよ、ウィルさんにも」

「有難う。……ああ、生き返るな」

 ウィルさんがガラスの器を半分程乾した。

「シンシアさん、ラドス村長に受取のサインをもらってきました。こちらです」

「確かに」


 シンシア店長は、羊皮紙に目を通して頷いた。

「……これが、報酬の1万ニルよ。どうぞ」

 シンシア店長は、銀貨十枚をウィルさんに手渡した。銀貨が鈍く光る。

「感謝します、シンシア店長」

 ウィルさんが、にこやかに銀貨を受け取った。

 「これから、どちらへ?」

 シンシア店長が、そう聞いてきたので、私は返答に困ってしまった。ウィルさんが間に入る。

「これから、南のエルザラードへ向かおうと思っています。途中で、ファルムの町とブルクの村を経由して、砂漠地帯へ入る予定です」

 ウィルさんは、簡単に云うのだけれど、結構大変な旅になるんじゃないだろうか。

「それはご苦労様です。またお仕事があったらお願いするわね」

「ピアノ弾きや、歌唄いの仕事があったら、ぜひご紹介ください。私、頑張りますので」

必死にアピールしても、あまり反応がないことが多いのだ。今回もそうだった。

「カフェ・ダイアリーには、ピアノを置いていない店が多いの。ご免なさいね」

シンシア店長は、そう柔らかに応えた。

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希望の指輪 ~ラドニス英雄譚 vol.3~ 雨宮大智 @a_taichi

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