1-4 神聖学者ウィル
どこからともなく、拍手が聞こえた。ピアノから振り返ると、酒場の後ろの席にいる30才位の男性が、こちらに拍手を送ってくれていた。
「なかなか上手な演奏ですね。僕はウィル。古代神エルマーニルさまに仕える神聖学者です」
「初めまして、ウィルさん。私、マティといいます。今日から、『旅人の誓い』で、世界を巡る旅に出立した者です」
ウィルと名乗った男性は、頷いて言葉を続けた。
「僕は、旅の神聖学者で、遥か南のエルザラードにこれから行く予定なんだよ」
「随分と遠くまでいらっしゃるのですね」
私は驚きを禁じ得なかった。この王都ララバルからだと、片道三か月は掛かるだろう。
「長旅になりますね」
「そうだね。でも、一度『古代神殿』を訪れることが、僕の夢なんだ」
私は「神聖学者」という職業の人物に会うのは初めてだった。このララバルに住む人にとって、「古代魔術と古代神聖魔法に通じている古代文明研究家」というのが、神聖学者に対する一般的な認識だろう。エルザラードという砂漠地帯には、古代文明の遺跡が多く残されており、そこに天魔族という古代人の末裔が暮らしているのだという。私も話には聞いていたのではあるが、実際に神聖学者と会うのは初めてだった。
「マティさん、君はこれから何処へ旅に出るのですか?」
私は正直に話そうと決めた。
「実は、まだ決めていないのです。どこかの街でピアノ弾きと歌唄いの仕事ができればいいなぁ、と思っていたところなんです」
「それなら、一緒に旅をしませんか? 一人だけの旅では心細いでしょう。旅の途中ではモンスターも出没することですし」
私は少し嬉しくなって、柔らかに応じた。
「ありがとう。優しいのね、ウィルさんは。こちらこそ、よろしくお願いします。私、モンスターを追い払うのは、ちょっと苦手なの」
私は護身用として、短剣術を少し心得ていた。投げナイフで目標を正確に射貫くのだ。音楽だけでは食べていけないのではないかと思い、投げナイフの曲芸を平行して見せることも考えたこともあったほどだ。
このルティア大陸には、モンスターが多く出没する。郡部の森林地帯などはとりわけ多く、女性の一人旅を禁じる街もある程だった。
「僕は、医術やヒーリングなども得意だから、万が一、怪我をした時にも対処できると思いますよ」
「それなら、心強いですね」
それが私と神聖学者ウィルさんの出逢いだった。
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