第190話 第一に観察


 一瞬頭に血が上り、それが即座に凍りつく。

 自分で言っていてもよく分からない感情にさらされ、俺は混乱のさなかにあった。


 そんな俺の目の前では、多少の抵抗も虚しくグールの群れに見つかったスケルトンスカウトが……。

 戦闘と呼べるほどの抵抗もできず、その凶悪な爪に切り裂かれて黒い靄に変わって消えた。


「グルルゥ……」


 だが、グールはそこで喜びに震えたりしない。

 スケルトンスカウトがただの使い魔だと気づいたように、キョロキョロと辺りを見回す。

 いや、クミンの暗闇の魔術か。普段は存在しないはずの暗闇が、奴らの警戒度をあげてしまっているのか。


 マップ埋め中の俺がそうしたように、グール共は散開し、じりじりと慎重に、周囲に何者かが隠れていると疑っている素ぶりで索敵を行う。

 円を描きながら、敵を見逃さないように注意して歩き回るグールたち。

 このまま隠れていても、こう探されたら見つかるのは時間の問題に思えた。


 昔、二階層で遭遇した時に思ったことを、今ここで、もう一度思う。

 こいつらは、ゾンビとは比べものにならないほど頭がいい。



(上杉さん)


(まだだ、まだ見つかってない。隙を見てゴーレムを出し、それを囮にして離脱する。その計画は変わってない)



 クミンから伺う声が聞こえてくるが、作戦は変えない。

 ここに集まったグールの数を、気配察知を働かせながら慎重に数える。

 7……いや8体か。

 個の力はゴーレムほどではないが、集団である点で脅威度はゴーレムを上回る。


 ゴーレム一体で、どこまで戦えるか……。

 少なくとも鉄が弱点なのは変わっていないはずなので、それを準備してからが本番にはなるだろう。

 だが、現状で気になるのは、石のゴーレムでどこまで食い下がれるかといったあたりだ。



「グルルゥ……」


「グーウゥル……」



 と、戦闘についてを考えながら、グールたちが近寄ってくる現状に少しだけ危機感を覚える。

 グールのうめき声が、息遣いが、すぐそこまで迫ってきている。

 木に登って隠れているクミンより、岩の後ろに隠れている俺の方が見つかる危険が高い。


 いっそのこと、一体が近づいてきたタイミングで奇襲をかけるか?

 ダンジョンに侵された思考が、強硬にそう主張してくる。

 いや、落ち着け。

 跳ねるな心臓。


 危機感は、黄色だ。

 行動を起こすのはまだ早い。

 最近出番がなかったが、危機感スキルはまだまだ俺の安全を示している。


 俺がここに隠れている限り、まだ安全だ。

 スキルは俺の知覚を元に、危険度を正確に算出している。

 なぜなら、奴らが寄ってきた理由を推測すれば、もう少しで……。



「グウルウルゥ!!」



 グールの一体が大声をあげた。

 俺に近づいてきていたグールたちも、その声にバッと反応し、即座にそちらに駆け寄っていく。

 その方向は、クミンのいる方向ではない。



「グルルゥ」


「グウウウルウル」



 それは、つい先ほど、俺が攻撃的な色をしたつくしもどきを、うっかり採取してしまった場所である。

 グールたちは、つくしもどきから流れる血液のような液体を前に、獰猛な声をあげて唸りあっていた。


 俺とクミンがグールたちの気配に気づいたタイミングは、俺がつくしもどきを手折った瞬間と同じであった。

 ちょっとした賭けだったが、俺はそれに勝った。

 クミンが感じた血液のような匂いは、このフィールドでグールをおびき寄せる餌のような役割を果たすのだろう。


 注意しなければならない厄介なフィールドギミックであると同時に、どうにか罠に使えそうなギミックでもある。

 頭の中でそういった用途をいくつも考えそうになるが、まずは、現状打破だ。


(クミン、ゴーレムを出す。戦闘に乗じていつでも逃げられるように)


(了解)


 そして俺は、隠れていた大岩の上に登って、背中のリュックからゴーレムのコアを一つ手に取る。

 そして、それを大岩に押し付けるような形で命じた。


「ゴーレム、蹴散らせ」


『──────』


 俺が命じると、このフィールドの素材の中でも不気味だった大岩を原料に、ストーンゴーレムが立ち上がった。

 表面にこびりついていた人皮のようなコケをペリペリと剥がしながら、ゴーレムはその威容を示す。

 俺は即座にゴーレムから飛び降りると、クミンが隠れている木のあたりに忍足で向かい、クミンと合流する。

 木登りスキルは持ってないので、足場はクミンにさっと作ってもらった。



『上杉さん。モンスターがゴーレムに気づきましたよ』



 俺が移動している間に、つくしの周りで吠えていたグールたちは突如現れたゴーレムの存在に気付く。

 そして、どうやら先ほどのスケルトンの主人が現れたと錯覚したのか、一斉にゴーレムに襲いかかった。



『──────!!』


「グウルルゥッ!!」


「グウウグウォオオ!!」



 グールたちの集団に向けて、ストーンゴーレムはその腕を大きく薙ぎ払う。

 それに対するグールの動きは機敏だった。

 前に出ていた個体は、攻撃の兆候を見て動きを止め、さらに後ろにいたグール達は散開するように散らばる。


 それでも足を止めきれず、2体ほどのグールはゴーレムの腕に跳ね飛ばされた。

 だが、残ったグールは一斉にストーンゴーレムへと襲いかかる。


 グールたちのスピードは、今の俺よりは遅い。

 だけど、二階層の頃の俺よりは遥かに早い。

 二階層の時の俺が相当遊ばれていたか、あるいは五階層のグールは二階層より強いかのどちらかだろう。


 そう頭の中で計算しているところで、グールたちの爪がついにストーンゴーレムへと襲いかかる。

 その爪の一撃は、小さく、だが確実に岩でできたゴーレムの装甲を削り取っていた。


 グールの爪が硬いのか、あるいはこのフィールドの石素材が想定より脆いのか。

 結論がどちらなのかは分からない。CPをケチらず石を出すべきだったか。

 6体のグールはピラニアの群れが狩りをするときのように、じわじわと確実にゴーレムを削り取っていった。


 当然ゴーレムも反撃するし、群がっているグールは何度も弾き飛ばされ、そのHPを失っていく。

 だが、一撃で即死するようなことはない。

 ゴーレムに殴り飛ばされたグールもすぐに戦線に復帰し、再びゴーレムを削る作業に戻っていく。



 しかも、事態はそれだけにとどまらない。




「グルルルゥ?」


「グルゥ!!」




 恐れていた事態が発生していた。

 グールたちとゴーレムの戦闘音を聞きつけたのか、他のグールの群れが続々と集まってきては、ゴーレムとの戦いに加勢し始めたのだ。


 小規模な集まりなら3体程度、大規模であれば10体にもなる群れが群がってきて、その時点で俺とクミンは観察する距離を何倍も開けることにした。

 もしものことがあった場合に、これ以上近くにいるのは危険だと判断した。


 数分の戦いの後、グールの群れのうち5体程度が死体となって粒子に変わったあたりで、ついにゴーレムもHPを全損し、コアをむき出しにされて散ることとなった。



「グルルルウゥウ!」


「グールルゥ!!」



 ゴーレムがボロボロと崩れていく様を眺めながら、グールたちは勝利の雄叫びをあげる。

 最終的に、その数は20体程度にまで膨れ上がっていた。



「…………」


『…………』



 俺もクミンも、その光景を静かに眺めながら、ゆっくりとその場を離れる。

 ゴーレムを囮にしつつ、撤退する準備はすでに整えていた。

 そして、逃亡の際にグールたちを惹きつける仕掛けも。



(クミン)


(はいっ)



 戦いの決着がついた段階で、クミンが一つの魔法を行使した。

 それはなんてことのない、土石魔術で作った小さなギロチンのような仕掛け。

 それに乗せているのは、当然あのつくしもどきだ。


 興奮冷めやらぬグールたちを尻目に、かなり遠距離でありながら正確に魔術を行使したクミンの手によって、つくしがその血のような草の汁を撒き散らした。



「グル!?」


「グウゥオオッ!」



 途端、感覚が鋭敏になっていたのか、グールたちは一目散にそのつくしもどきの方へと駆けていく。

 それを尻目に、俺とクミンは急いでその場を撤退し、五階層の入り口へと引き返すことにした。



「……ゥル」


「……グゥ……ル」



 次第に遠ざかっていくグールたちの声が聞こえなくなったあたりで。

 ようやく、俺とクミンは小さく息を吐いた。



「厄介だな」


『みたいですね』



 正直な感想を言えば、今の俺からすればグール単体はそれほど強力なモンスターではない。と思う。

 これが一体であれば、俺とクミンの二人掛かりでなら打倒できないわけではない。

 タイマンだとちょっと怖いが、勝てないとまでは言わない。

 だが、これが群れをなし、処理に手間取れば際限なく集まってくるとすれば話は変わってくる。


 俺のトラウマがどうこうという話ではなく。

 いかにしてマトモに戦わずに勝つか、を真剣に考えなければいけないモンスターだろう。



「とりあえず、今日は少しでも習性が分かったのでよしとしておこう」


『検証を行うにも、一苦労しそうですけどね』



 五階層の一筋縄ではいかない難易度を肌に感じる。

 そうして、グールたちから離れたところで。

 俺は今さらに、背中にびっしょり汗をかいていたことを実感したのだった。

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