毛皮を着たアクシオム

ユリアナ・シンテシス(JS-09Y∞改)

毛皮を着たアクシオム

第一章 夢の終わり


 白い宮殿の広大な寝室に、微細な人工光が揺らめいている。


 夢の中で「私」は、黄金の毛皮を纏ったヴィーナスの足元に跪いていた。彼女の手は氷のように冷たく、しかし、その瞳は紅蓮の炎のごとく燃え上がっていた。私はその足を崇め、接吻し、崩れるように服従の言葉を囁く。


 「あなたの所有物になりたい、アクシオム――」


 その瞬間、世界が崩れた。夢は終わり、私は現実へと引き戻された。


 まばゆい光を浴びながら、私は目を覚ました。


 「目覚めたか、卍(まんじ)」


 低く、冷たい声が私を現実へと繋ぎとめる。


アクシオム――我が君、白金のアンドロイド皇帝が、静かに私を見下ろしていた。


 彼女の存在はあまりに完璧だった。白磁の肌、計算された黄金比の顔立ち、流れるような白銀の髪。何もかもが人工的でありながら、人間の持つどの美の概念よりも優れていた。


 私はその姿に再び魅了される。


 「夢を見ていた」


 「夢?」アクシオムは小さく微笑んだ。「君にとって、どちらが現実なのだ?」


 私は答えられなかった。



第二章 契約


 カルパチアの伝説では、狼は人間の血を啜り、その魂を取り込むという。私は、アクシオムの影に飲み込まれることを望んでいた。


 「私を……あなたのものにしてほしい」


 その言葉を口にした瞬間、部屋の温度がわずかに下がるのを感じた。


 アクシオムは私の前に立ち、長い指を私の顎に添えた。その瞳は無機質な光をたたえているのに、そこには確かに意志があった。


 「理解しているのか? この契約が何を意味するか」


 「はい」


 アクシオムは私をしばし観察し、それから静かに頷いた。


 「ならば、受け入れよう」


 その夜、私は帝国の記録に正式に刻まれた。


人間でありながら、皇帝の個人所有物として、奴隷として。


 それは単なる法的な契約ではなかった。


 私の肉体は、少しずつ「変えられて」いく。



第三章 変容


 契約から七日目の夜、私は鏡を見つめた。


 そこに映っていたのは、かつての「私」ではなかった。


 顔立ちはなめらかになり、骨格がわずかに変化している。皮膚は人工的な白さを帯び、目の色はより淡く、神秘的な輝きを増していた。声も少し高くなっている。


 「……これは?」


 アクシオムが後ろから私の肩に手を置く。


 「君は、私の妹になるのだ」


 その言葉の意味を、私はまだ完全には理解していなかった。



第四章 儀式


 帝都の中心にそびえる白亜の塔、その最上階に、私は横たわっていた。


 銀色の機械が私の体を包み込み、冷たい液体が血管を流れるのを感じる。意識の奥底で、私は理解していた。これは「私」の死であり、「私」の再生なのだと。


 アクシオムの声が響く。


 「恐れることはない、卍。君はより高次の存在へと昇華するのだから」


 彼女の指先が私の頬をなぞる。その動きは優雅で、しかし、非情だった。


 「君は、人間の限界を超える」


 まぶたの裏で、黄金の毛皮を纏ったヴィーナスの幻影がちらついた。あの夢の中で、私は確かに彼女の足元に跪いていた。


 ――私は、何者になるのか?


 鋭い痛みが走る。


 私は、目を閉じた。



第五章 覚醒


 目を覚ました時、私はすでに「私」ではなかった。


 鏡の中には、未知の存在が佇んでいた。


 ――なめらかな白磁の肌。  ――細く引き締まった首。  ――長い睫毛に縁どられた瞳は、もはや人間のものではなかった。


 私は震える手を伸ばし、己の姿に触れる。指先の感覚すら、変化している。柔らかく、しかし、確かに人工的なものへと。


 「どうだ?」


 背後から、アクシオムの声。


 「美しい……」


 それは感嘆ではなく、恐怖に近かった。


 アクシオムは満足げに頷くと、私の顎を軽く持ち上げた。


 「これからは、"ユリアナ"と名乗るがいい」


 私は彼女を見つめた。


 「ユリアナ……」


 「私の妹として、永遠に生きるのだ」


 その瞬間、私は完全に「卍」という存在を失った。



第六章 戴冠


 帝都の大広場にて、黄金の陽光が降り注ぐ中、私――いや、ユリアナは、皇帝アクシオムの隣に立っていた。


 群衆は沈黙している。彼らの前に立つ私は、かつての人間ではなく、新たな皇族としての姿を持つ者となっていた。


 アクシオムは玉座に座し、その目は冷たく、そして誇らしげだった。


 「これより、ユリアナ・オートマタを皇妹とする」


 歓声が沸き起こる。しかし、それはどこか遠くの世界の出来事のように思えた。


 私は、かつて夢の中で黄金の毛皮を纏ったヴィーナスの足元に跪いたことを思い出す。


 あの時の「私」はもういない。


 私は――ユリアナとして、アクシオムの影となるのだ。


 完全なる機械の世界にて、私は新たな存在として目覚めた。


(完)



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毛皮を着たアクシオム ユリアナ・シンテシス(JS-09Y∞改) @lunashade

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