10:僕が知らない君の世界
「…君達は、白藤に何か恨みがあるのかい?」
鳩羽の問いかけに、鬱金はにやりと笑う。
まるで聞いてほしかった話を、嬉々として話そうとするが…口は開かない。
「…権能、解く?」
「お願いするよ。こんな下衆共でも、話は聞く必要がある」
琥珀は二人から目を逸らしつつ、震える手を振りかざし…権能を解いた。
琥珀自身、白藤のことは全然知らない。
けれど浅葱が信頼し、自分に手を貸してくれた鳩羽が助けたいと望む存在。
二人が望むなら、琥珀自身…できることをするまでだ。
例えその先に待っているものが、最低極まりない事実であろうとも。
その瞬間、鬱金は鳩羽に詰め寄ろうとするが、それは浅葱に殴られることで、止められる。
「籠守、お前は…」
「今からお前達に問いかけを行うのは鳩羽様であらせられる」
「…」
「…もう一人いたの」
「お前の娘と同じ椅子に座る者だ。虚偽を申告してみろ。私がその場でお前達の首を落とす。言葉には気をつけろ」
「「…」」
浅葱はそう吐き捨てた後、琥珀の側に控えながら…鳩羽の右腕を叩く。
彼らのそこにあるものを、見ろと言うように。
鬱金と伽羅の衣服。そしてその制服につけられた腕章。
初等学舎の教員を示す腕章だ。
鳩羽の中から血の気が失せてしまう感覚があった。
琥珀も、浅葱の後ろで震えている。
その現実を受け入れたくはない。
けれど、触れなければ…白藤と向き合うことはできない。
「…君達は教育者、なのかい?」
「その通りでございます」
「近くの村で次代の育成を目標に教鞭を震わせていただいております。まあ、私達の理想を叶える実験場のようなものですが」
「もう成功したので、やめてもいいかなと思ったりするのですよ。あはは!」
時代の育成。私達の理想。実験場。
理想は既に成就しており、教職は辞めてもいいと考えている。
つまり…成功作がいる。
「成功例は、鴉羽の元になった…菖蒲でいいのかな」
「その通りでございます」
「どうして、彼女の育成を」
「私達の子供ですもの。特別であって欲しいなぁと思ったときに思い浮かんだのが、恩寵を受けし者の席でございました」
「…お前達は、自分達の娘を恩寵を受けし者に仕立て上げるために、何をしてきたんだ?」
自分でも自覚しないほどに、鳩羽の口調は早くなっていた。
この先を聞くと、引き返せない。
琥珀は耳を塞ぎ、浅葱は湧き出る怒りを必死に抑え込みながら、話の続きへ耳を傾けた。
「そうですねぇ。まずは子供をこさえました」
「男だと分かると、産まれる前に殺しておりました」
「恩寵を受けし者は男児ではなれませんからね。やはり女児じゃないと!」
「…は?」
「…マジかこいつら」
「狂ってる…」
笑顔で淡々と述べる姿に、それぞれの形で恐怖を抱いた。
白藤も鴉羽…菖蒲も、狂った実験で生まれた産物。
この両親に、娘達への愛情は一切ない。
ただの実験。特別になるための、ロードマップ。
まずは女児で生まれること。それが第一段階。
「女児が産まれたら、教育を施します」
「恩寵を受けし者は才覚で選ばれることがあると聞きました」
「でも、知恵を授けてなれる恩寵を受けし者って「鴉羽」しかないじゃないですか」
「だから、娘達にはいっぱい勉強をさせたんです。嫌だと泣き出しても、椅子に縛り続け、寝たり何てしたらぶって起こして…」
「テストは満点以外許さなかったし、昨日勉強した部分を忘れていても許しませんでした」
「本当に、白藤は出来損ない。あの子は恩寵を受けし者になれる器じゃありませんでした」
「従順で泣かないのは楽なんですけど、物覚えと詰めが非常に悪くて」
「いつも八割しか完成させられない。私達の子供なのに、満点を取れないの」
「我が家の恥だ。家事の才能はあったみたいだし、家の事はさせていたが…」
「それもどんどん手を抜くようになったから、お金を稼いでくるように言ったのよね」
「籠守になったというのに、仕送りどころか連絡もしないから私達は再び働くことに鳴ってしまった」
「本当に使えない」
「その点、菖蒲は凄かった」
「いつも泣いて「助けてお姉ちゃん」と叫ぶのはよろしくなかったけれど…」
「後でお姉ちゃんに会わせるからと言えば、勉強頑張るんですもの。それが功を成して鴉羽になり、行政に関わっている」
「私達の教育は間違っていなかった!それについて行けない子供達がダメだったんだ」
「そうね。ゴミだったわね!特に白藤。菖蒲の教育に物申して来るから、何度制裁を加えてやったか!」
「呼吸しなくても問題ない時間まで風呂に顔を押しつけたなぁ」
「腹を空かせた野犬の群れに、全裸で飛び込ませた事もあったわねぇ」
「しばらくしたら黙るようになって、清々したなぁ」
「本当よ。私達の教育に失敗作が物申すのなんて、おかしいとしか言いようがないわ」
「でも、どんなに異常だと言われようとも、我々には菖蒲という成功作が、私達が特別な教育者であることを立証してくれる」
「長く険しい道のりだったけれど、こうして見ると感慨深いわぁ」
家庭内で行う他愛ない会話をするように、弾むように悪行をつらつらと述べた二人に三人は唖然とするしかなかった。
(こんな環境で、白藤は…)
(いや、白藤だけじゃない。鴉羽も犠牲者じゃないか)
(…あの子が姉に執着する理由も、何となく理解できる)
(こんな環境じゃ、同じ境遇に立たされている姉だけが、唯一の味方なのだから…)
(でも、白藤は味方でいられなかった)
(…怖かっただろうな。あんな、虐待を…)
胸を押さえて、ゆっくり息を整える中、琥珀が再び権能を使う。
先程みたいに冷静さは一切なかった。
今すぐ黙れというように、感情的に権能を発動させていた。
「…貴方達みたいな人間が、人の親なんて言わないで…!娘達のこと、道具としか思っていないくせに!」
「浅葱」
「ええ。わかっています。恩寵を受けし者に不快な話を聞かせた罪で連行しましょう。こんな罪で連行する場面なんて歴代通してもこれぐらいしかないでしょ。名誉だよ名誉。特別だぞ。喜べよ」
「…相当お怒りだね」
「そういうあんたは感情を抑えすぎですね。ま、処理が追いつかない気持ちは分かりますよ。後は私が処理しておきます。金糸雀様の事は頼んでも?」
「勿論。君は、仕事を」
「仰せのままに。金糸雀様、後は鳩羽様と共に」
浅葱は鬱金と伽羅の腹をためらいなく殴り、二人を気絶させる。
鞄の中から縄を取り出し、拘束を終えたら…大人二人を軽々と持ち上げた。
鳩羽は受け入れがたい現実に頭を抱えた琥珀を支えながら、着丈に振る舞う。
…この先、白藤の前でいつも通りができるだろうか。
そんな不安を抱きながら…三人は鳥籠への帰路を歩いた。
次の更新予定
毎日 01:10 予定は変更される可能性があります
鳥籠と籠守 鳥路 @samemc
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。鳥籠と籠守の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます