最終話
それから、幾日かが過ぎた。
グレイス領は借金取りの脅威を振り払い、魔物被害も大きく減ったことで、ゆっくりと本来の活気を取り戻し始めている。
荒れ果てていた畑に農民たちが戻り、町の露店も少しずつ再開。子供たちのはしゃぐ声が、久しぶりに大通りに響いていた。
「ここまで落ち着いたの、何年ぶりかしら……」
ローブをまとったファルナは、街の一角からそんな光景を眺め、しみじみとした口調で言う。かつての姿には戻りきらないまでも、人々が微笑み合う様子が微笑ましく、彼女の心を温めているようだ。
傍らの俺、レイは深く頷いた。
「ほんの一週間前まで、借金取りが跋扈して、魔物が森から押し寄せてたんだもんな……。みんな、必死に耐えてきたんだろう」
「ええ。……あなたとフローラがいなければ、この領地はどうなっていたか……本当にありがとう」
ファルナはふとレイを見上げ、少しだけ目を伏せて笑う。「私はまだ領内に少し残って、魔術面の後処理をするけど……レイ、あなたはどうするの?」
レイは微笑み、「フローラと話して決める。伯爵の容態もまだ本調子じゃないし、すぐに冒険に出るのもどうかと思ってね」と返す。
ファルナは短く息を吐き、「そっか……」とだけ答えたが、その瞳はわずかに淋しげな色を帯びていた。
陽が少し傾きかけた頃、俺とフローラはレオンハルト・グレイス伯爵が休む執務室へ向かった。借金問題は不当契約が証明され、大部分が帳消し、あるいは大幅な利息減額へと持ち込めたため、彼の心も幾分か軽くなったようだ。
伯爵はベッド代わりに使っているソファに横たわりながら、柔らかな笑みを向ける。
「……二人とも、ようやく落ち着いたか。私はもう少し休めば回復するが、いろいろ迷惑をかけたな」
「いいえ、お父さま。むしろ私の方がもっと早く戻ってくれば……」
「その話はよせ、フローラ。お前がここにいてくれたおかげで、私は大きく救われたのだ。レイくんにも、感謝してもしきれん」
俺は伯爵の前で一礼し、「伯爵が必死に戦っていたからこそ、僕らも力を尽くせたんです」と返す。
伯爵は満足そうに頷き、フローラの手をそっと握る。
「……領地の危機を救った今、フローラ、お前の道はお前自身で決めていい。私のもとで領地を支え続けてもいいし、レイくんと旅に出ても構わない。お前の人生だ……」
「お父さま……ありがとう。でも、私はもう少しだけ一緒にいさせて。完全に復興の目処を立ててから、旅立ちたい……」
伯爵は「わかった」と目を細め、安堵の息をついた。
翌日、フローラは「父と領内を回って状況を把握するから、レイも来てほしい」と声をかけてきた。彼女は借金取りがいなくなった街や、復興を始めた農村を自分の目で確認し、彼女なりに責任を果たそうとしているのだ。
俺とフローラが馬車に乗って街道を進むと、行き交う人々があたたかな笑顔を向けてくれる。小さな子が手を振り、フローラが笑顔で応じると、子供ははにかむように笑い返した。
「こんな平和をずっと続けたいわね……。お父さまも、数か月後には体力が戻るし、きっと私たちが冒険へ出ても心配いらなくなると思う」
フローラは少し頬を染めて言う。乗り込んだ馬車の揺れが心地よく、俺もすっかり気が抜けそうになるが、ふと彼女の横顔に視線を向けると、こちらを見つめてきた。
「レイさん……もし私が落ち着いたら、また一緒に旅に出ませんか? この領地を救ったように、世界にはまだたくさんの苦しみがあると思うんです。あなたの剣なら、それを解決できるかもしれないし……」
「もちろん、一緒に行こう。俺も、あの剣がまだ完成じゃないって気がしてる。もっと強く、もっと自由になれるかもって……」
レイが微笑みながら応えると、フローラは嬉しそうに笑い、少しうつむいた後、意を決して小さく手を握る。
「ふふ、ありがとう……。あの剣が見せてくれた進化、まだ先があるかもしれない。それをファルナも研究したがってるし、私もあなたと一緒に見届けたい」
「フローラ……俺も、きっとその方が楽しいと思う」
一瞬だけ沈黙が流れ、馬車の車輪の音だけが響く。するとフローラはわずかに体を寄せ、「これからも、よろしくね」と恥ずかしそうに囁く。レイもこっそり手を重ね返し、優しく微笑んだ。
その夕方、館に戻ると、ファルナが魔術の書を閉じてこちらを出迎えた。彼女はローブを揺らしながら「おかえりなさい」と笑顔を見せ、二人の様子をちらりと見比べる。
「ずいぶん仲が良さそうね。馬車で楽しい話でもしてたの?」
「え? ま、まあ……領地の今後について、いろいろ話してたわ」
フローラが咳ばらいして視線をそらすと、ファルナは笑みを絶やさぬまま「ふふ、そっか」とほんの少しだけ寂しそうに口元を緩める。
しかし、すぐに「私も領地の魔力調査がひと段落したら、一緒に冒険に行こうかしら」と軽やかな調子で言う。フローラもレイも、「ぜひ」と頷いた。
それから数日後、領民の活気が確かなものとなっていく中で、レイ・フローラ・ファルナの三人は領地の守備を兵士たちに任せ、徐々に次の行動を見据えるようになる。
伯爵の体調も少しずつ回復し、以前より穏やかな表情を取り戻しつつある。フローラは父の容態を確認しながら、近々に訪れる出発の日を想像している。
「平和が戻ったら、私たちは旅に出ましょう。父上が完全に元気を取り戻したら、きっと笑顔で見送ってくれるはず……」
フローラはレイに笑顔を向ける。剣を懐にしながら、レイも穏やかな気持ちで応じた。
「この領地を救えたのは、みんなが力を合わせたからだ。今度は世界を見に行こう。俺とこの剣の進化は、まだまだ続きそうだから……ね?」
「ふふ……そうね」
ファルナは少し離れたところでローブ越しに二人を見守り、「いい加減、私も混ぜてよね」と冗談めかして苦笑する。
三人は視線を交わし合い、微笑みを共有する。借金と魔物の二重苦を乗り越えた今、彼らは一緒に次の一歩を踏み出す準備ができていた。
さらに日にちが過ぎ、城下には市場の活気が戻り、伯爵家の周りも明るい空気に包まれ始める。フローラは父と連れ立って見回りをし、笑顔で住民の声を聞く。その姿を眺めたレイは、剣を撫でながらほっと息をついた。
「本当に平和になったんだな……」
「ええ、レイさんのおかげよ。ありがとう」
横に並んだフローラが嬉しそうに言い、ふと距離を詰めると、「……これからもよろしく」と小さく囁く。
ファルナも合流して、三人で街を歩いていく。人々の声は明るく、借金取りの不当な要求も影を潜めたままだ。
そして、三人の背後で陽光が注ぐグレイス領の町並みが広がる――。
「さあ、これからどうする? 領地が完全に落ち着いたら、また旅に出るんだろ?」
レイの問いにフローラもファルナも微笑みを交わす。
「もちろん。お父さまが『自由に生きろ』って言ってくれたしね。あなたの剣だって、もっと大きな世界を見たいでしょ?」
「私も、まだ魔術研究は尽きないから……。レイと剣の成長を見届けたいし、フローラとも一緒にいればきっと楽しい」
三人の笑い声が街に溶け込み、優しい時間が流れる。
――こうして、グレイス領は平和を取り戻し、借金も魔物も過去のものとなりつつある。彼らの冒険は終わらない。今はほんの束の間の安息だが、やがて新たな旅路が始まるだろう。
晴れやかな空の下で、フローラ、レイ、そしてファルナは笑顔を交わし合い、未来へ向けて歩みを進めるのだった。
ゴミ装備と追放された俺が、武器進化スキルを開花させたら無双できました 真冬のスイカ @mafuyunosui
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます