図書室で銃撃戦が起こりました。
静谷 早耶
本文
カラスのような色。青い眼球をひくつかせ、机の裏に居座る少年。彼は先ほどから妙な恐怖を顔に浮かべていた。
「おう、カラス。ぎしぎし鳴らすなよ。放送が聞こえないだろ」彼の横で髪の毛をくねくね弄りながらヤマガタが言った。
「ごめんよ、でも、怖いんだよ」
「どこがぁ」
黒板の上で流れている白と緑と赤の映像を眺めている。ヤマガタは、「おい前みろよ」とカラスの方を叩いた。
周りの生徒達も、皆、みんな、一点を見つめていた。その様子にまたカラスは怯えていた。
「今回は図書室かぁ」と周りが騒いだ。うるさいぞ!と教師が生徒に指さした。
映像では、パイプや竹定規や、銃を持ち歩いた教師や大柄の先輩たちが、なぐりあっていた。
先輩が殴られたり、教師が血を吐いたりするのを見るたびに、カラスは怖がって、椅子の背中で目を覆った。
「なっ、すごいだろ。こんなところまで見せてくれるの、ここらじゃここだけなんだぜ」ヤマガタがカラスの方を向いた。「カラス。何で見ないんだよ」
「ぼ、僕はあんなの見たくないよ、は、はやく授業始まらないの」パイプ椅子の隙間から覗いた。その様子を見てヤマガタは笑った。
「現在、特大図書室、Aの扉から進行中、シズオカ班、進行中」テレビの向こうで大声で先輩たちが叫んだ。
大きな棚をプラスチック爆弾で吹き飛ばした所で映像が途切れた。
黒く揺れ動く映像の波が、止まったら教師が生徒に指示を出した。
「机を列に並べろ。教卓の上を拭いておけ」
生徒が揺れ動く中でも、カラスは自分の机の裏から動かなかった。
「なあ何がそんなにこわいんだよ」ヤマガタが机を運びながらカラスに話しかけた。「お前だけだぜ、なぁ、今日が初めてだったとしてもさ」
ヤマガタはカラスが怖がっているのが、心底わからないようだった。
それはそうだった。二人とものこころの中は、この学校へ越してきてから一度も、その境界線をまたいでいなかったからだ。
カラスは南から転校してきた。
だからこの学校の伝統に慣れていないのだ。いつも悲しそうな顔をして、学校をうろついていた。
それも今日までのことだった。一ヶ月に一度の、戦争の時間がやって来たのだ。
「ぼくは、ああいう、血みどろのお遊びは好きじゃないんだよ」
ヤマガタは「なんでだよ」といったような表情をした。心底、知らないものを見ている顔をカラスに向けた。
「では、映像を今から流す。静かに聞くように」
先生が手元のスイッチを押すと映像が再び流れ始めた。カラスは再び目を閉じた。
「ドアを閉めろ!曹長、ドアを閉めるんだ。ガスが充満している。目がやられるぞ」映像では、タオルを頭に巻いてゴーグルを身に着けた教師が、図書室の棚の間で
「活字の参考書か…火を点けるには丁度いい」腕章を埃で汚した教師たちが、奥の方から迫る足音のために武器を作っていた。
火筒を肩から取り出して、紙の上で火薬を燃やす。そうすることで、何やら人を傷つけるらしいのが、カラスには見ていなくても分かった。
音響の裏で流れる、生徒と教師の火花の散らし合いが鼓膜のふるえで感じ取れた。
その様子を見たのか見ていないのか、ヤマガタはカラスから漂う、怯えの空気を無視した。無視した上で、あえて優しく言葉を投げかけた。
「おらさ、お前のいってること、よくわかんねぇけど、暴力やこわいことが嫌いなのか?そんなら、おれだって母ちゃんや四階の階段レールが嫌いなんだ。知ってるか?四階のやつ、ぎしぎし音が鳴るんだぜ」
カラスは喋らなかった。ただ足と腹の間に顔をうずめ込み、肩で耳を腕で足を挟み込んだ。
ヤマガタはそんな様子を見かねて、教室の後ろの方へ下がっていった。
「僕は、戦争や暴力が嫌いだ。知らないところも知らない文化も嫌いだ。大きな音も、しゃべると怖い先生も、だだっ広い校舎も真っ白の壁も、煤けた校庭もだいっきらいなんだ!」
これは、実際に、カラスがしゃべったわけでは無かったが、落ち着いた様相からは似ても似つかない、精神的に達観した様子を担任が評価していることをカラスは知らなかった。
カラスは知っていた。ここで「こんな事は馬鹿げている」と言って映像を切ってしまえば、先生がカラスを廊下に連れてって、遠くの懲罰室で反省文を書かされたり説教されたりするのだ。
映像はまだ続いている。紙の本がバラバラに床に散らばって、それを踏みしめて歩いている先輩たちを映像が追っていた。
「シズオカ班、応答ナシ。廊下の移動レールへの破壊工作、失敗」オーバーマスクで顔を覆っている先輩が通信を聞きつつ忍び足で文化史の壁を背に移動していた。「大砲を確保したか」
オーバーマスクの後ろの男が答えた。「いや、アイチの班がⅡ地点でぶどう弾を確保したが、論理の奴らが邪魔してやがるらしい」
「くそ、文学に取り憑かれた奴らめ。ああいう大人は救えん」オーバーマスクは腕章をそこらの本を破った紙で拭いた。「俺たちで引導を渡してやるのさ、このフィールドは奴らには戦いづらかろう」
先輩はクハハハ、と笑った。すると同時に画面が光ったかと思うと爆発が辺りいっぱいに響いた。「おおっ!」という声が周りで起こった。カラスは先生の方をちらっと見たが、あちらも頬を紅潮させていた。
煙が画面から晴れた頃、何が起こったかが分かった。大砲である。生徒からぶどう弾を強奪した論理教師どもが先輩たちを吹き飛ばしたのだ。
「カカカカ、自殺志願者どもが!戦場で笑うとは余程服を赤く染めたいらしいな」
煙の裏から、生き残った先輩たちが叫んだ。
「やかましい!俺の論国の答案はもっと真っ赤だ」
辺りには先輩たちの腕が散らばっていた。カラスはそれを直接見てしまった。気分が悪くなり、さらに足の力を強めた。
その時、丁度うしろのほうからヤマガタがカラスのところへ戻ってきた。
「なあカラス、コウチ連れてきたぞ、コウチ。話したらどうだ?」ヤマガタはすぐにその場から離れた。
「カラスくん、映像を見るのが怖いの?だったら、先生に頼んでトイレで休んできたらどう」彼女はカラスに優しく話しかけた。
「べ、別に大丈夫だよ、なんともないよ」うずくまりながら答えたカラスに、コウチは肩を寄せた。
「でも、カラスくん、ひどい顔なのよ。肩も震えているわ、大変だったら、私に言うのよ」
カラスは頷いた。そしてこう考えた。この女は人にやさしくできるのだ。だとしたら、こいつらはなんだ…。暴力と優しくなれることは、一度に起こり得るのか。横にいる、女も頬を紅潮させている。この
周りの生徒たちの熱狂が、映像の爆発の音と共に渦を巻くように隅々の壁や柱に昇りはじめた。
その時、教室の扉が勢いよく開いた。生徒たちがそれに気付くことはなく、やはり映像に見入っていた。気付いたのは、カラスとカラスの動きに反応したコウチだけだった。
「おい、注目!」ジャージを来た男の教師が竹刀を持って教室に入ってきた。「先ほど通達があった。どうやら3年のテロリストたちがこちらの校舎へ向かっている。もしも、この教室まで来た時の為、今すぐ防衛準備をせよ」
辺りはまるでカエルの囂々たる鳴き声のように騒ぎ始めた。カラスはそこで初めて、本当に初めて、苦しく感じた。恐怖や驚きの念ではなく、安息地をお尻から限られ崩れ去る感覚。
「ねぇ、大丈夫?じつは、あたしも怖いのよ。本当は、戦争なんてまっぴらだわ」隣のコウチはわざと体を震えてみせた。「先生たちと戦って、意見を通そうだなんて、きちがいなのよ。先輩たちは頭がおかしいわ」
カラスは喋らなかった。その様子を見て、コウチはさらに喋り続けた。
「そうよ、まったく私たちと関わらないでほしいわね」
カラスはそれを聞いて目を見開いた。「か、関わらないでほしい、だって?」
コウチは笑顔で言った。「ええ、そうよ。人を殴ったり、先生を銃で撃ったりするのは先輩の役目なのよ。私たちには関係ないわ」そしてこうも言った。「まるで戦争を手段かなにかと勘違いしているのよ。きっとそうよ、彼らの中に血を見たり肌をえぐったりするのが好きな指導者がいて、それに扇動されてるだけなんだわ」
まるで事細かに歴史の教科書を朗読するかのように彼女はこう言った。
カラスは聞いた。「なんだい、じゃあ君はあの映像を見て、馬鹿らしいとか、くだらないとか思ったりして、あのいまいましい、血みどろの殺人ショーを消したりなんか微塵も思わなかったりはしなかったんだね?」
コウチが答えに困っているのを見て、さらにカラスは言葉を強めた。「だとするなら、君は、ここの生徒たちの代表格である君は、この現状を止めようとすることは思わなかったわけだ。実際、君の目線は常にあそこを向いていたしね。ええそうだ、楽しんですらいたわけだ!」カラスは涙が溢れていた。
その場のみんなが机の中から各自で拳銃を取り出したりしている中、二人は床に座ってお互いの顔を見ていた。睨み合うような、悲しみ合うような顔をしていた。
ヤマガタはカラスの分とコウチの分のも持ってきていて、いつの間にか後ろで彼らの話を聞いていた。
「ヤマガタくん、僕はどうしてもこの学校を好きになれないよ」カラスは拳銃を触ろうとしなかった。
「カラス、さっき言ってたことだけど、俺らは多分戦争なんかしないんだぜ」ヤマガタは拳銃をくるくる回していた。「コウチの言う通り、別に俺らは戦争したいわけじゃないないしよ、ただ単に娯楽としてあれを楽しんでただけだぜ」
「そうかい、勝手にするがいいや」
廊下の奥から銃声が鳴り響いた。「うわー」や「すげー」と言った声が周りから聞こえる。
「本当に、俺らのところへ来たりしないかな」と言った声まで聞こえた。そのあとも笑い声が続いた。
廊下の方からは、未だに怒号のような弾音が鳴り響いている。カラスは、その音をできるだけ聞かないように、耳に手を入れた。
聞こえない。
銃声。
聞こえない。
銃声。銃声。銃声。
カラスは目だけを窓の外へ移していた。ただし、廊下からは背を向けていた。背を向けるときに、コウチの泣き腫らしたあとの赤いまぶたとヤマガタが歯をガチガチ鳴らして銃を握っている姿が見えた。
もし、カラスの頭に銃弾が入ったとして、そのまま辺りが血の海になったとして、どうすれば怖がらずにいられるだろう。白い壁一枚に阻まれたいのちの奪い合いから、どうして無関係でいられるだろう。
ふとした時には、みんなが立ち上がっていた。
後ろを振り返ると、防具で身を包んだ教師が金髪で背丈の高い先輩を蹴っていた。頭から血が流れている。
「カラス、おい、やったで。あいつ、やられたらしいわ、みろよ、おい、カラス」ヤマガタが嬉しそうに銃を撫でていた。
コウチも先生に嬉しそうな顔を見せていた。
皆喜んでいるみたいだった。大声で叫んだり、校歌を歌ったりしていた。カラスがまだ覚えていない校歌だ。
カラスは震える足を抑えて、立ち上がった。
「やっぱり俺らの出番はなかったな。いや、こんなに近くで見たのは初めてだったや」とヤマガタがカラスの肩を寄せて笑いかけた。
カラスは、疲れたように言った。「怖かったぁ。けどこれで安心だ。もうこんな、人と人とで争うことはないんだからね」
図書室で銃撃戦が起こりました。 静谷 早耶 @Sizutani38
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