あなたが死ぬ日

えころけい

あなたが死ぬ日

『あなたが死ぬ日』

 仕事から帰り、ポストの中を確認すると、そこにはそんな言葉と共に今日から三日後の日付が書かれた紙切れが入っていた。

 

 今時、こんな悪戯をする奴がいるのか。ま、どこかの近所の子供が面白がって入れたのだろう。

 そんなことを思いながら、俺は拙い文字で予言のメッセージが書かれたぼろい紙切れを手に取った。


 するとその瞬間、この紙切れに書かれていた内容について、俺はふっと納得させられた。 

 なるほど、どうやら本当に俺は三日後に死ぬらしい。

 

 俺には持病もないし、今現在体調が悪いわけでもない。

 ただ、この紙切れを手にした瞬間、理屈ではなく本能で

「ああ、俺は三日後に死ぬのか」

と、すんなり理解させられ、信じさせられたのだ。


 しかし、そこに何か悲しみを感じるようなことは無かった。

 死が間近に迫っていると理解した自分を、俺は他人事のように感じていた。

 それは俺が、生きることに執着している人間ではないからだった。


 俺は今までの人生、熱く盛り上がったことも無ければ、深い挫折を経験したわけでもなく、常に感情の振れ幅が一定だった。 


 好きなものも嫌いなものもなく、平日はただ仕事をして、家に帰り、食事をとり、風呂に入り、寝る。休日も、ただ家でごろごろとして寝るだけで時間を浪費するだけ。


 もし生きていて楽しいかと問われれば、首を傾げながら、よく分からないと答えるしかないような人生だ。

 

 つまり、俺は大きな目標も無く、今この瞬間に生命活動が続いているから生きていて、ただ偶然死んでいないだけの、を送っている人間なのだ。 

 

 だから、自分が三日後に死ぬと分かったところで

「へえ、こいつ死ぬんだ」

という程度にしか思わなかった。


 きっと、いつものように朝起きて、何も感じないまま、時間を浪費して……それが三日続いて、勝手に死ぬのだろう。


 ……果たして、それでいいのか?

 

 終わりが来ることが分かっているのだ。今まで何もしてこなかったから、同じように何もしないという終わり方で、俺は本当にいいのだろうか。

 ああ、何も無い人生だったな。と、死ぬその時にそう思いながら死んでいくことが、俺の理想なのだろうか。

 

 分からない。俺の人生を誰かが覗き見ていたら、これこそが理想だと感じる者も、こんな人生有り得ないと感じる者もいるだろう。

 だが俺は、俺の人生について、俺自身が良いものとして捉えているのか、悪いものとして捉えているのかすらも分からない。

 

 分からないが、どうせあと三日なのだ。今まで通り過ごしていても何も無いことが分かっているのなら、今までとは違う生き方をしてみるのもいいのではないだろうか。


 おあつらえ向きに、明日から三連休だ。時間はフルに使うことが出来る。今から何か出来ることを探してみよう。


 そうして、俺が次の日にしたことは、映画を観ることだった。

 今までろくに映画も観てこなかったので、サブスクリプションサービスを利用して、有名な作品でも観てみようかと思ったのだ。


 適当に名前だけは聞いた事のある映画を観て、俺は衝撃を受けた。

 面白い。

 なんて面白い作品なんだ。素直に俺はそう思った。


 今まで感じたことのない高揚感に、映画とはこんなにも良いものだったのかと思い知らされたような気分だった。


 そんな気分のまま、確かこの作品ってシリーズになっていたよな……と気になり、ネットで調べてみた。

 なんと、続編が八作品もあるらしい。 


 八作品! そんなに続いているのかこれは。

 いやしかし困った。それらを全て観ていたら、三日間などあっという間に終わってしまう。


 俺はこの作品だけに残りの人生を費やしてしまっていいのだろうか?

 

 悩んだ末、俺は作品について色々と調べ、三作目まででひとつの大きな区切りとなるという情報を信じ、そこまではこのシリーズを観ることにした。


 確かに、三作目までで丁度よくストーリーが区切られていた。最早、続編が作られる余地はないのでは無いかと思うほどの完成度だった。

 四作目以降は蛇足、と過激派のファンが言うのも少し頷けた。


 その後も、俺は料理に挑戦してみたり、最近人気の音楽を聴いてみたり、漫画や小説を読んでみたりと、手当り次第に出来る娯楽に挑戦した。


 準備に手間を要するものや、外に出て何かをするタイプの娯楽は、フルに楽しもうとすると突然三日の間に予定として組み込むのは難しく、そのあたりのジャンルに手を出せなかったのは惜しいが、挑戦したものはその全てが自分に充実した時間を与えてくれるものであった。

 

 何故、俺はもっと早くにこれらのことに挑戦してみなかったのだろうか。


 思えば馬鹿なものだ。今まで俺は、もし挑戦して時間の無駄になったら嫌だから、と後込みして、結局何もしない最も無駄な時間を過ごしていたのだから。


 そうして、何も挑戦することのなかった人生を、あたかも自分から望んで何も無い人生を歩んでいるかのように装って、損をし続けていたのだから。

 

 人生とは、こんなにも色鮮やかに見えるものだったのか。まさか、あと一日ももたない命となって、今更こんなことに気付くとは思っていなかった。


 そこまで考えて、俺は自分の心に大きなものがのしかかったような感覚に陥った。

 

 そうか、もうすぐ俺は死ぬのか。

 

 こんなにも人生が楽しいと思えるようになったというのに。こんなにも、周りに興味を持つことが出来るようになったというのに。


 ……嫌だな。


 そう思った瞬間の事だった。突然、胸が締め付けられたかのように苦しくなった。

 うまく呼吸が出来なくなり、大量に汗が吹き出て、胸を抑えてその場で蹲る。


 気付けば、あの紙を手に取ってから、時間にしてちょうど丸三日が経とうとしていた。

 ついに死ぬ時がきたのだと、本能的に理解する。

 途端に俺は焦燥感に駆られた。


 走馬灯というやつだろうか。苦しみの中で、充実していたこの三日間の記憶ばかりが、いくつもいくつも脳裏に浮かんでは消えていく。


 それよりも前の出来事については、何も浮かんできやしなかった。


 くそっ、こんなところで俺は死ぬのか。

 やっと、面白いと思えるものに出会えたのに。

 やってみたいことが、数え切れないくらいあるのに。

 

 俺の人生はまだ、何も満たされていない。

 興味を向けるのが遅すぎた。始めるのが遅すぎた。後悔すらも、何もかもが遅すぎた。

 

 苦しい。自分の命が終わっていくのを感じる。生きたいと願えば願うほど、この先は無いのだと強く突きつけられる感覚が、絶望的なまでに現実味を帯びていく。


 嫌だ!

 

 まだだ……!

 

 まだ、俺にはやりたいことが……

 

 俺は、まだーー

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