第三話 ChottoCHEFのカツ丼

一、

 おさらい。オルガさんと離ればなれになったお仲間は三人いて、その名をそれぞれ、ヴィクトル、ユーリヤ、パーヴォという。らしい。

〈生きてて良かった~、オルガ~〉

 タブレットの画面の向こうから、そんなお仲間のひとり、ユーリヤ・オヴァスカイネンさんがこうして喜びの声を送ってくれているのに、オルガさんにはどうもきていない様子で、タブレットに向かって質問攻めをしはじめた。

〈本当に、ユーリヤなのか?〉

〈そうだよ~。え~、ワタシに見えない~?〉

〈ユーリヤに見える。では聞こう。生年月日は?〉

〈聖暦七二六年の~、二月二十九日、第三曜日生まれで~す〉

〈ユーリヤだ。では、魔王討伐隊での合い言葉は?〉

〈えっと~、『ちょうに花、しずくの中の虹、光る』〉

〈ユーリヤだ。では、とき、わたしなら、どうすると思う?〉

〈う~ん、その鳥を~、日暮れまでず~っと励ましてる気がする~〉

〈ユーリヤなら、どうする?〉

〈え~ワタシ~? さっさと魔法で捕まえて~、、ってしちゃうかな~〉

 それを聞くやいなや、オルガさんはわあっ、と喜色満面になって叫んだ。

〈ユーリヤだ!〉

(え?)

 ぼくは内心、ぽかんとした。ようやく奇跡を信じてくれたのは良かったのだけど、なんでその決定打がお誕生日や合い言葉じゃなくて、鳥についての珍問答なのか、全然分からない。

〈ユーリヤ! ユーリヤ! ユーリヤ!〉うれしさ全開でタブレットを揺さぶるオルガさん。

〈オルガ~、やっと信じた~〉向こうの声もほんのり弾む。

〈抱きしめたい!〉

〈機械壊れちゃうから、きもちだけにしてね~〉

〈機械〉

 やんわりハグを止められて、ちょっと冷静さを取り戻すオルガさん。〈そうか、このはシラコ遺跡の機械たちと同類なのか。どうりで、がしないのに、ひとにはとても真似できないような、高度なことができるわけだ。――ということは、ユーリヤのところにも同じような機械があって、わたしがいま見ているこの、ドウガ……だったかは、その機械がいまユーリヤをつくって、転送してきたものなのか?〉

〈そうそう~。では~、こんなふうに機械を使って~、離れた場所にいるひと同士が普通におしゃべりしてるんだよ~。すごくない~?〉

〈すごい。まさにテクノロジー様様だな〉

〈え~、そんなことば、いつ覚えたの~?〉

〈今日覚えた。ノノが教えてくれたんだ〉誇らしげにぼくの名前を出しちゃうオルガさん。

〈ノノ。あ~、ToTubeトゥーチューブheXunヘックシュンにオルガのことを載せたひとね~〉

〈細かいことは分からないが、身を賭して、わたしの張り紙をしてくれた。それに、瀕死ひんしだったわたしに、とてもうまい水を惜しげもなく飲ませてくれた、いのちの恩人でもある〉

〈すご~い良いひと~。ご挨拶したいな~。近くにいる~?〉

〈いるぞ。すぐそばのベッドで伸びている〉

〈伸びてるの~? どういうこと~?〉

〈ケイサツの魔道士から電撃を受けてしまってな。からだが動かせないんだ〉

〈え~可哀想~。あれ、もしかしていま、警察と交戦中~?〉

〈交戦というよりも、防戦をしている。いまはひとまず、魔道士の猛攻をしのいだところだ〉

 オルガさんはそう言うと、寝室の出入り口前で不機嫌の絶頂にある千秋せんしゅう刑事をちらりと見てから、こちらの状況について、ユーリヤさんへ説明しはじめた。千秋刑事は例によって、土倉つちくら刑事の図体を背に、仁王立ちで黙ってオルガさんのことをにらみつけていたけれど、やがて、片足で床をたんたん踏み鳴らしはじめ、結局、体感時間で二分も経たないうちに、ぼくへこう指図してきた。

は終了だ、って通訳してください。あと、金輪際ブリク語で喋るな、って」

「あの、通訳しても良いんですけど、なんかですね、」

 ぼくは、オルガさんとユーリヤさんの会話をずっと聞いていたので、その成り行きを彼女へ知らせることにした。

「お二人の話がまとまって、ユーリヤさんが、刑事さんと話すことになったみたいです」

「あたしと話?」千秋刑事は鼻で笑って、「交渉の余地があるとでも思ってんのかなあ。ま、こっちもこの際だから聞きたいことがあるし、したいならすれば? って感じ」

 とのことだったので、早速オルガさんに報告した。

〈刑事さ……あっちの魔道士も、話に応じてくれるって言ってます〉

〈おお、そうかそうか〉

 こちらを向いたオルガさんは、画面を見せるようにしてタブレットを抱えていたので、ちょうどユーリヤさん(の映像)とも対面する格好になった。そうしたら、たちまち彼女が、

「あ~、ノノさ~ん!」

 とタブレット越しにゆるい歓声を上げた。前面のカメラを通して、ぼくの映像が向こうに届いたらしい。また手をふりふりしながら、「ワタシがユーリヤです~。はじめまして~」

「は、はじめまして……」ひと嫌いのぼく、声に出して言いたくない日本語ランキング上位の挨拶を捻り出す。「こんな格好で、すみません」

「いえいえ~。オルガを助けてくれて、本当にありがとう~」

「いや、あの、そんな、大したことは全然してないんです、ほんとに」

「そんなことないよ~、オルガとワタシをつなげてくれたんだから~」そうぼくを持ち上げたあと、ユーリヤさんはにこやかに言った。「じゃ~、いまからこのご恩を返しま~す」

「いまから?」

「そう、いまから~」ずいぶんとスピード感のある恩返しだ。「それで~このままだと~、ワタシと魔道士さんがなにを言ってるか、オルガが分かんなくなっちゃうから~、オルガにアストリッドの指輪を返してもらっても良い~?」

「ああ、それはもう、もちろんです」ぼくは視線を移して、〈オルガさん、自由にぼくの指から外してください〉

〈分かった〉

 うなずくと、オルガさんは脚つきマットレスから垂れ下がったままのぼくの右手を取って、その小指から自分の左手人差し指へ、指輪をめ直した。そして、(たぶん)ブリク語でユーリヤさんと短くことばを交わしてから、ぼくに背を向け、刑事さんたちと再び相対した。

 千秋刑事が待ち構えていたように、口の端を上げて言う。

「やあ、、その二」

 ユーリヤさんは、その呼びかけには答えずいきなり、

「――【空の慟哭どうこくよ、光る龍となり、の者を貫け】」

 という日本語を、別人のようにはっきり声に出した。

 すると、

 即座に、千秋刑事の足元で青白い光の輪が展開した。

 それを目の当たりにした彼女は、一気に余裕を失い、

 とっさに天井へと両手を突き出して、まくし立てた。

「土倉さん、あたしから離れて!」

「言われなくともっ」

 土倉刑事が泡食って廊下の奥へ引っ込んだ途端、光の輪の中で六芒星ろくぼうせいが花開き、輪と星の接点から、しゃん、という鈴のに似た響きに合わせて、同じく六芒星入りの小さな輪が、ひとつ、またひとつと、時計回りに生みだされた。それが六つ出揃でそろう寸前になって、千秋刑事が歯を食いしばりながら、高く掲げた光の球を、自身の肩幅を超えるまでにふくらませた。

 そして戦慄わななき声でつぶやく。

「集英社に許可取ってねえんだぞ、この絵面」

 にわかに緊迫してきた状況と、本日三度目の青いまぶしさに、ぼくが固唾をんだそのとき、

「【雷撃魔法バリッカ】!」

 火蓋を切るようにユーリヤさんが唱え、すかさず千秋刑事が叫び返した。

「【解電げでん・特大】!」

 次の瞬間、

 放たれた稲妻を、

 真下から放たれた光の球が

 ぷちゅん、という例えようのない音を立てて、

 双方とも、弾けるように消し飛んだ。

 そして静寂が立ちこめる。

 警戒を解いた千秋刑事が、だらんと両手を下ろし、息を細く、長く吐いた。そのあとで、いかにも恨めしそうに、(オルガさんが抱えているタブレットに映っている、はずの)ユーリヤさんのことを睨んだ。

「ずいぶんなご挨拶じゃねえか……」

「あ~そうだ~、ご挨拶ご挨拶~。はじめまして~、警察の魔道士さん」

 元どおりのゆるい口調で応じるユーリヤさん。けれど、なぜだろう、先ほどまでと受ける印象が全然違って、得体の知れなさすら感じられる。場の空気もぴんと張りつめたままだ。

「ごめんね~。ノノさんにするつもりが~、うっかりあなたにしちゃった~」

「ほざけ」

 切って捨てる千秋刑事。「そんな、わざとらしい冗談にかこつけて、あたしに雷落とすようなとなんざ、交渉する余地なんかねえわ」

「あはは~、うまいこと言ったつもりだったんだけどな~、やっぱりウケなかったか~」

 ユーリヤさんは楽しそうに残念がってから、こう続けた。「でも、あなたはひとつ、勘違いしてるみたいだから~、それだけは正しておきたいな~」

「勘違い?」

 千秋刑事が聞き返すと、彼女はそうそう~、と、あくまでものんきに答えた。

「ワタシはあなたと交渉したかったんじゃなくって~、あなたに通告したかったの~。よ、って」

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