二十一、
〈忍び足もできるのか〉にやりとするオルガさん。〈本当に優秀な魔道士だ〉
「タブレットみーっけ」にやりとする千秋刑事。「これ以上は使わせねえよ」
その(話すことばが違うので、当然だけど)かみ合わないやりとりを聞いていて、はっとした。千秋刑事の意図が、オルガさんにまるで伝わっていない。
ぼくは大至急叫んだ。
〈オルガさん、避けて!〉
千秋刑事が、
ひとつ舌打ちしたあと、ぼくのことを睨みつける千秋刑事。
「あんたを先に潰す必要がありますね。いや、そっか、良いのか。あんたはいま動けないから、その指輪さえ外しちゃえば、あれと話が通じなくなるんだ。そうしよ」
〈オルガさん、指輪取られそう!〉
とにかく寝室全体へ呼びかけたら、速攻なにかが降ってきて、マットレスから垂れ下がったままのぼくの右手と、それに触れようとした千秋刑事の間、すれすれを超速で貫き、ほぼ垂直に床へ突き刺さった。
「あぶなっ!」
千秋刑事が身をすくめる。ぼくも、ひとつ間違えたらお手々をちょん切られそうな荒技を繰り出されたせいで、全身鳥肌が立った。で、間髪入れずに
〈ノノ、魔道士に伝えてくれ。あなたに近づくな、と〉
「あ、あの、オルガさんが、ぼくに近づくな、って……」
「
〈オルガさん、警察の狙いは、オルガさんの持ってるぼくの道具です〉ぼく、速やかに状況説明。〈その道具は、ええとですね、ものすごく、電撃に弱いんです。だから、オルガさんに飛電が当たっちゃったら、道具も巻き添えになって、最悪、動かなくなります〉
〈そうなのか。しかし、これをまた隠してしまうと、わたしたちも次の手を打てなくなる。さて、どうするかな。……おや、ノノ?〉
〈なんですか?〉
〈絵がまた、真っ暗になってしまった。どうすれば良い?〉
〈ああ、スリープしちゃったか。その道具、一定の時間使わないと、待機状態になるんです。復活させるには、またさっきのボタンを押して、ぼくの指をボタンに乗っける必要g〉
「【飛電・十連】!」
かけ声のあと、再び、けたたましい破裂音を伴って、千秋刑事が寝室じゅうに光の球を撒き散らした。一瞬にして、視界が白飛びする。
「あああめんどくせえ! めんどくせえなあ!」
ちらりと見えた彼女の横顔が、怖いくらい鮮烈に笑んでいた。ことばとは裏腹に、これがしたくてたまらない、というきもちがにじみ出ているような感じだった。そして、彼女がさっき、同じように寝室を飛電で埋め尽くしたときの、オルガさんのつぶやきが脳裏をよぎった。
『数を増やして、闇雲にかき回すことにしたか』
さっきはターゲットのオルガさんが瞬間移動をやめたから、彼女はかき回すことはしないで、オルガさんに全部の飛電をぶち込んだ。けれど、今度はどうだろう?
タブレット、それを使おうとするオルガさん、それを指図するぼく、どれもがことごとく彼女の目の敵なのだ。だったらもう、この六畳間を滅茶苦茶にかき回す方が断然早い。きっと彼女は、タブレットとオルガさんの希望を打ち砕き、ぼくをおもしろ断末魔ののち失神させて、完膚なきまでに清々したいはずだ。間違いなくそうする。
ぼくは、(オルガさんのものと思しき)そよ風に向かって言った。
〈オルガさん、ぼくのことは置いといて、なんとかその道具を守ってください! ぼくは頑張って気絶します!〉
〈ふふ、心配性だな、ノノは〉そよ風は相変わらずの快活な声で、ぼくのことをからかった。〈わたしは、あなたの盾なのだ。あなたに向けられた力をくじくことこそ、わたしの真骨頂〉
左耳から頬にかけ、硬くてひんやりしたものがひっついてきたので、ぼくは思わず縮み上がった。あわてて首で振り払ってから、正体を確かめようと真横を向いたら、なんのことはない、ぼくのタブレットだった。
なるほど、物理的にぼくとタブレットをまとめた方が、オルガさんにとっては守りやすいというのは分かる。けれど、やけになった千秋刑事の攻撃は、たぶん、そういうことを気にする以前に、そもそも防ぎようがない。果たして、オルガさんはどうするつもりなんだろう?
〈さあ! やるか!〉
「これで終わりだ!」
オルガさんと千秋刑事が、同時に声を上げた直後、
ひしめくように浮かんでいた光の球が残像になって、
ばらばらに乱舞しながら、ぼくの視界を塗りつぶした。
刹那、鼻先すれすれで空気が張り裂けて、耳をつんざき、
そして次の瞬間、
至るところで、畳みかけるように飛電が爆ぜるのが聞こえた。
「なっ、」千秋刑事の動転した声。
〈良し!〉
爆発の余韻が、ゆっくりと引いていく。それと入れ代わるように、視覚と聴覚を取り戻したぼくは、急いでいまの状況を確認した。
かすかに白く煙る寝室の中、脚つきマットレスの前に、どっしりと立ちはだかるオルガさんの背中があった。さっき飛電を受け止めたときと同様、からだじゅうから小さな火花を散らしている。
その向こうで相対する千秋刑事は、両手を突き出したままの姿勢、けれど、苦虫を噛み潰したような顔で、鼻高々を叩き折られたことが明らかだった。飛電の球はひとつ残らず消えている。つまり、オルガさんは、ぼく(とタブレット)を見事に守りきったのだ。
「笑ってやがる」
忌々しそうにぼやく千秋刑事。「もう十発、自分から飛電に当たりに行って、それでも笑ってやがる。なにがそんなにおかしい? 楽しいの? 嬉しいの? 馬鹿なの? マゾなの?」
〈いやあ、すごく、痛い!〉
オルガさんは、それはもう絶好調な口ぶりで、彼女に向けて言い放った。
〈きみの電撃はとても堪えるな。しかし、これでもなお、きみがわたしたちの邪魔をしようというのなら、わたしは何度でも迎え撃ってみせよう。それこそが、盾たるわたしのつとめ、そして、わたしの
「だから日本語で喋れっつってんだよ!」案の定、千秋刑事にキレられた。
ぼくはなんだか放っておけなくて、水を差すようで悪いなあ、と思いながらも口を挟んだ。
〈あの、オルガさん……〉
〈ん?〉
振り返った彼女は、もちろん笑顔なのだけれど、勇ましさというか、目の奥の炎というか、そういう気迫が
〈どうしたノノ、どこか怪我をしたか?〉
〈ああいや、その……、いま、オルガさん、指輪してないので、話が通じてないんです〉
〈おお、そうだ。あなたに指輪を着けたんだった。せっかく
〈指輪、嵌め直します?〉
〈そうだなあ、もう道具のことも知られてしまったしな……、おや?〉
〈どうかしましたか?〉
〈道具の絵が、なにもしていないのに、光っている〉
〈ああ、メールかなにか着信したんですね。どれどれ〉
ぼくは、首を百八十度回して、オルガさんが不思議そうに眺めているぼく、の頭の隣のタブレットを見てみた。
違う。メールじゃない。
例の「星月夜」の絵の上に、発信者の長いメールアドレスが、ゆっくり横にスクロールしながら表示されている。ということは、タブレットの連絡先アプリに名前を登録していない、見知らぬだれかからの着信だ。
予感がした。
にわかに心臓の鼓動が高鳴る。はやるきもちを抑えながら、のんびりスクロールを続けるメールアドレスに
そしてぼくは言った。
〈オルガさん、〉
〈ん?〉
〈絵の下の方にある、緑色の丸に触ってもらえますか?〉
〈丸?〉彼女が腰を折り曲げて、ぐっとタブレットの画面に顔を近づける。〈ああ、この小さな丸い絵か。本当に触って良いのか? 絵を壊したりしないか?〉
〈大丈夫です。指一本で軽く、一回だけ触ってください〉
〈分かった〉
オルガさんは、さっきまでの大立ち回りよりよほど真剣な表情で、右手の人差し指を画面の「応答」ボタンへ近づけて、思いのほか上手にちょん、とタッチした。
タブレットがぱっ、とビデオ通話アプリに切り替わり、革のとんがり帽子と、肩までのくせっ毛が強い黒髪が印象的な、ぼくと同世代くらいな女のひとの顔が大きく表示された。若干暗めな映像だったけれど、友好的に微笑んで、片手をふりふりしているのが分かる。
〈オルガ~、やっほ~〉
緊張感のかけらもない、ゆるい呼びかけの音声が、タブレットから思いっきり発せられた。
「げっ、ビデオ通話だ!」千秋刑事にも気づかれた。「こんにゃろう、意地でも壊しt」
「待った!」ぼくはすかさず、声で彼女に立ちはだかった。
「待ったなし!」速攻足蹴にされた。
「それでも待った!」ぼくは食い下がり、こう駄目押しした。「いま壊したら、呪いますよ」
「は?」
眉根を寄せたまま、千秋刑事が動きを止めたので、あとはほっとくことにして、首をオルガさんの方に向け直した。
オルガさんは、ただただ、驚愕していた。
これまでに見せたことのない、とてつもない奇跡を目の当たりにしたような表情。
間違いない。
ビデオ通話の発信者は、ほんものだ。
〈オルガ~、顔が怖い~。なんか喋って~〉
〈オルガさん、その道具を手に取って、返事してあげてください〉ぼくも彼女に促した。
彼女は、ぼくのことをなにか確かめるように見つめてから、こくりとひとつ頷いて、おもむろにタブレットを掴み、胸元へ引き寄せた。そして、かすれてうわずった小さな声で、そっと、画面に向かって語りかけた。
〈……ユーリヤ?〉
それが、ぼくがメールアドレスから読み取った発信者の名前。
そして、オルガさんのお仲間のひとりの、フルネームである。たぶん。
〈そうだよ~、ユーリヤ・オヴァスカイネンだよ~〉
読みが、当たった!
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