二、

「へっ、意味不明なんだけど」

 半笑いで小馬鹿にしつつも、千秋刑事はその話に食いついてきた。「あたしの時間が、終わり? なに、あたしをいまから殺そうとでも思ってんの?」

「違う違う、そうじゃない~」

 ユーリヤさん(ビデオ通話でのご出演)が、んで含めるように話しだした。「オルガのことを~、隠し通すために~、オルガにひどいことしようとしてたでしょ~? それ~、しちゃいけないことになったから~」

「しちゃいけないことになった?」

「そう~。だからもう、オルガを頭のおかしな怪物扱いして、ひたすら閉じ込めたりしたら駄目だよ、っていう話なのさ~。とりあえず~、今日のところは~、オルガからいったん手を引いて~、事務所に帰って~、いろいろ考え直して欲しいんだよね~」

「……どこのだれが勝手にそんなこと決めて、てめえに好き放題喋らせてる?」

「あなたたちのおかしらさんだよ~。理事官、っていうんだっけ~?」

が?」千秋刑事の表情が変わる。「GOサイン出したのは、ほかでもないなのに、なんでいまさら梯子はしごを外してくる必要があんだよ」

「ヒント。いまワタシは、どこにいるでしょうか~」

「あ? 喧嘩けんか売ってんの?」

 千秋刑事が早速食ってかかった――と思ったら、

 彼女は突然、それこそ、雷にでも打たれたような衝撃をあらわにして、その場に立ち尽くした。そして二、三秒ののち、頭を抱えてその場にしゃがみ込むと、「そういうことかぁ……」とつぶやいた。

「なになに、どうしたの」その後ろから、まだ事情が飲み込めていないらしい土倉刑事が声をかける。「どういうこと? なにが起こったの?」

 タブレットを持つオルガさんがこちらに背を向けているので、相変わらずユーリヤさんの様子は見えなかったけれど、直前にぼくと軽く挨拶をしたとき、彼女はテントっぽい、布を張った空間の中にいて、ランタンのようなあたたかな光で、柔くお顔を映しだしていた。ただし、映像は全体的に薄暗くて、黒い霧のようなノイズが乗っていた。つまり、彼女のいる場所は、夜のように暗い。というか、たぶん、夜なのだ。一方、ここ伊皆いみな市は、おそらく午後のワイドショーが終わったあたり。太陽が西日になって色づく手前だ。ということは、要するに、

「これは、国際通話です」

 ため息交じりに千秋刑事が言った。「このは、外国、それも、地球の反対側から偉そうなことを言ってきてるんです。その意味が分かりますか」

 土倉刑事がなにか言いかけたそのとき、千秋刑事の肩掛けバッグの中から、いきなり「七つの子」のメロディ、それも、猫の鳴き声を並べてつくったファニーな調べが寝室中に鳴り響いた。急ぎ、バッグの中からスマートフォンを取りだして画面を見た彼女は、「まじか……」と、がっくりうな垂れて、その姿勢のまま、スマホを耳に当てた。どうやらお電話らしい。

「千秋です。……お疲れやまです。……はい。……ええ。……そうですね。……ええ。……はい。……そうですか。……ええ。……はい。……分かりました。……はい。……はい。分かりました。土倉刑事にも伝えます。わざわざ直々のご連絡、ありがとうございました。失礼します」

 電話を切って、深呼吸した千秋刑事は、立ち上がり、顔を上げると、能面みたいな表情を一転、怒りで激しくゆがませて、

「ふざけんなやぁ!」

 と叫びながら、手にしていたスマホを、オルガさん(とユーリヤさん)へ力いっぱい投げつけた。それをオルガさんが、「おっと」と、難なく片手で受け止めて、脚つきマットレスの上にちょこんと置く。「これも機械か?」

「千秋くん!」土倉刑事が、背後から千秋刑事の肩をつかんだ。「落ち着きなさい。スマホに八つ当たりしたって、始末書が増えるだけだよ」

「分かってます! ただの専門家のブチギレです!」

「それは分かってるうちに入らないから」

「だって、だって土倉さん、」

 すっかり沸騰した千秋刑事が、やっと土倉刑事の方へ振り返って、こう喚いた。

「あの米国防総省ペンタゴンを使ってうちに圧力をかけてきたんですよ!」

「ペンタゴン?」素っ頓狂な声を出して、目を点にする土倉刑事。

「ペンタゴン?」小首を傾げるオルガさん。「なんだ? それは」

「アメリカっていう国の、軍のまとめ役? みたいな組織です」

 引き続き寝たきり状態のぼくが口を挟むと、オルガさん(とユーリヤさん)がこっちを向いてくれたので、詳しいいきさつを聞こうと思った。

「ユーリヤさんは、その、いま、アメリカで、ペンタゴンに保護されてるんですか?」

「そう~。ペンタゴンの中の~、『全領域異常解決局』ってところのお世話になってるの~。なんか~、ワタシみたいな~、に普通、いないはずのものを扱ってるんだって~」

「そんな名前の部局が……。じゃあ、オルガさんの情報も、そこからもらったんですか?」

「そうそう~。仲間がのどこかにいるかも、って話を担当さんにしたら~、ほかの部局に聞いて調べてくれて~、それでさっき、ToTubeとheXunにオルガのことが載ってるよ~、って教えてくれたのさ~。真夜中なのに~。わざわざワタシを起こしてまで~」

「そこまで急いでユーリヤさんに知らせたってことは、その、全領域なんとか局は、こっちがいま、追い詰められてることも掴んでたんですね?」

「掴んでたっていうか~、予想してたって感じ~。担当さんの話だと~、こっちと日本じゃあ、から来たものの扱いが全然違うらしくて~。公にしないでこっそり研究するのは変わらないんだけど~、こっちでは手厚く保護するのに~、日本はとにかく自由を奪うことしか考えないんだって。そんなとこにいるにもかかわらず~、オルガったら、自分のことを公表しちゃったわけじゃない。だから~担当さんが~、『このままだと、日本はオルガのことを徹底的に隠して、二度とあなたと連絡を取れないようにしてしまう可能性が高いけど、どうする?』って聞いてくれたの~。ワタシはすぐに言ったよね、『』って。あはは~」

「なるほど……」

 本人はへらへら笑っているけど、ひと言でペンタゴンを動かすなんて、とんでもない力がないとできないことじゃなかろうか。オルガさんと同じタイミングでに来たのなら、たった一日経つか経たないかのうちに、アメリカの政府? 軍? に一目置かれる存在まで到達したことになる。やばいね、

「で、ペンタゴンが、と」

「そういうこと~。なんかね~、こっちのそれなりのひとから~、魔道士さんたちのおかしらに~、『ネットにあがってるオルガの件、当然把握してるよね? 彼女の仲間のユーリヤ、うちで保護してるから。ってことでいまから、この二人の情報、全部共有することで決まりね。あと、日本はおもてなしの国だ。?』って言ったらしいよ」

「どうせすぐ、『はいそうします』って答えたんでしょ、うちのは」

 千秋刑事が、寝室の出入り口前から口を挟んできた。まだお怒り冷めやらぬご様子だ。「風見鶏が。これからは影で、風眼鏡かざめがねと呼んでやる」

「ひとつ、分からないことがある」

 オルガさんが問いかけた。「ニホンとアメリカは別々の国なんだろう? それなのに、どうしてアメリカのペンタゴンは、ニホンのケイサツのやることに口出しができるんだ?」

「日本とアメリカは、同盟国なんです」ぼく、補足説明。「けれど、単純にアメリカの方が大きくて強い国なのと、昔、戦争で敵同士になったりとか、いろいろあったんで、日本の方が立場が弱いんです。……たぶん」

「そうか、長年の力関係があるんだな。それなら、ケイサツがペンタゴンの言うとおりにわたしの扱いを変えるのも分かる。――しかし、ノノ、あなたは結局どうなる? わたしの存在が引き続き、公には伏せられるとしたら、たまたま居合わせたに過ぎないあなたは、やはり、記憶を消されて排除されてしまうのではないか?」

「確かに」

 肝心なことを忘れていた。さっきのペンタゴンのおことばの中には、ぼくのぼの字もないのだ。ぼくが不安に駆られた矢先、タブレットの画面の中のユーリヤさんが、ひときわ感じの良い笑顔で話しかけてきた。

「ノノさ~ん、恩返しは~、ここからが本番だよ~」

「え、警察を追い返すのが、恩返しじゃないんですか?」

「それもそうなんだけど~、駄目押しってやつ。ふふふ~」

 含み笑いがちょっと怖い。別の意味で不安になる。

「ワタシがいまから~、オルガに呪文を授けま~す。それを一回唱えるだけで~、警察はノノさんに手出しできなくなりま~す」

「じゅもん」

 ぼくは穏便そうな内容にほっとしつつも、いまいち、ぴんと来なかった。この場を魔法でどうこうするより、オルガさんのピンチを救ってくれたのと同じように、ペンタゴンに警察をもらった方がずっと確実だし、ユーリヤさんらしいと思ったのだ。

 それに、彼女はタブレット越しというか、インターネット越しでも魔法を放てるみたいだけれど、オルガさんは確か、そもそも魔法が使えないと言っていた。わざわざオルガさんに呪文を唱えさせることに、なんの意味があるんだろう?

 ぼくの疑問をよそに、オルガさんがタブレットを自分の方に向けて、ユーリヤさんと(間違いなく)ブリク語で話しはじめた。真顔でなにか伝えるオルガさんに対し、ユーリヤさんが、にこにこしながらことばを返すと、オルガさんは、「ああぁあ」と感嘆したのち、にやりとして、深く頷いた。どうやら、ユーリヤさんのを理解して、同調したみたいだ。

 そのあと、短く談笑してから、二人はぼくに向きを直した。

「ノノ、ユーリヤから良い呪文を教わった。使呪文だ。これでわたしは、あなたがどこにいても、あなたを守る約束を果たせるようになる。早速唱えてみせよう」

「はあ、あの、ありがとうございます」

「うまくいかなかったらごめんね〜。かたきは討つから〜」

「えぇ……」失敗したらぼくはどうなるというのか。地味に脅かさないで欲しい。

「なに、また魔法使ってくんの?」

 千秋刑事のやけな声に二人が振り返って、また両陣営、向き合う格好になった。

「良い加減にして欲しいんだけど、そっちがその気だってんなら、k」

「大、丈、夫!」オルガさんがぴんと右手を挙げて、向こうのことばを遮った。「わたしの唱える呪文は、だれも攻撃しない」

「なにそのポーズ」

 片手でつくりかけた光の球をしぼませつつ、千秋刑事がけちをつける。「選手宣誓かよ」

「そう! まさしく宣誓だ!」

 オルガさんは嬉々ききとして認めると、刑事さん二人に向けて、元気はつらつ、声高らかに言い放った。

「よく聞いてくれ! 【今後、万が一、ケイサツがノノ・タカシに危害を加えたり、彼の意思に反してわたしと引き離したりしたら、】!」

 その後、数秒間、寝室にいる全員が、彼女のことばの余韻の中で沈黙した。

「ん?」

 右手を挙げたまま、オルガさんが問うた。「どうだ? ちゃんと効いたか?」

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