十三、②

〈……、ん?〉

〈ってなりますよね。説明します。では、女のひとが人前で裸になることはありますか?〉

〈国によるかな。わたしの生まれ育った聖ブリク王国では、女同士のときにはなくもないが、男といるときには、まずない。人前で裸になるのは、品がなく、恥ずべきこととされているんだ。わたしはそういう感覚がどうも鈍くてな、家族や仲間にしばしば叱られたものだ〉

〈ああ、日本も大体同じ感じです。なので、その文化を利用します。どういうことかというと、もし、オルガさんがまっとうな理由で裸になれば、その裸が見えないように、お巡りさんが見張りを中断して、この部屋の可能性があるんです。そこに賭けるわけです〉

〈魔物と戦うことを考えると、できればこの格好のままでいたいのだが、そういうことなら、やむを得まい。しかし、裸になる、まっとうな理由というのは?〉

〈実は、この話とは関係なく、昨日からお巡りさんと相談して計画してたんですが、このあと、ここにお湯を運び込んで、オルガさんにからだを拭いてもらおうと思っていたんです。お風呂に入れないので、その代わりに……〉

〈そうだったのか。それなら確かに、堂々と裸になれる。それにしても、わたしを清潔にすることまで考えてくれていたとは、あなたは本当に、思いやりにあふれているな〉

〈いや、それはちが……、まあ良いか。で、筋書きはこうです。とりあえず、この密談が終わったあとは、をします。早い話が、のことを知らないていで、あとは臨機応変に会話をするってことです。どうですか、オルガさんは、ひと芝居打てそうですか?〉

〈ほんものの役者とまではいかないが、必要とあらば、やれる。知性の高い魔物と戦うために、欠かせない能力だからな。それに、実際やってみると、ほどよい緊張感があっておもしろい〉

〈ぼくは、子どものころに学校で演劇をやらされたくらいしか経験がなくって、お芝居は自信ないですけど、は得意なので、まあ、なんとか、頑張ります〉

〈なに、ノノならうまくやれるさ。それはそうと、いまこうして二人で話している状況が、まず間違いなく怪しまれているだろうから、なにを話していたか、口裏を合わせておく必要があるな〉

〈そうですね。話の内容は、あくまでも、アストリッドの指輪のことが中心で、さっきぼくが悩んでいたのは、うーん、とりあえず、オルガさんにからだを拭くのを断られそうになったせい、ってことにでもしておいて、あと話したのは、ぼくが外出禁止になっていること、それに今日これからのご飯について、それくらいで良いかな――だったということにしましょうか。ちなみに、今日は昼ご飯も夜ご飯も、白粥と具なしの味噌汁です〉

〈なんと! 密かに期待していたのに……。だが、文句を言っても仕方ない。分かったよ〉

〈それで、準備ができ次第、この部屋にお湯を運びます。問題がなければ、ぼくが合図をしますので、『裸になる』と言い出してください。合図はなんにしましょう?〉

〈そうだな。。大体読めるから〉

〈はあ、すごい……。じゃあ、そういう目? をします。それで、こっちの思惑どおりに、この部屋のドアが閉められたら、とりあえず普通にからだを拭いたり頭を洗ったりしたあと、できるだけ、できるだけで良いです、全裸に近い状態で、ぼくを呼び出してください〉

〈分かった。全裸で呼ぼう〉

〈ああ……、ええと、そうしたら、最低限、大事なところは隠すようにぼくが言いますので、隠してもらって、そのあとで、『着替えがない』とぼくに言ってください。そうしたら、ぼくが部屋の中に入って、元どおり、ドアを閉めます〉

〈なるほど。そうして二人きりになるんだな。しかし、ノノには裸を見せることになるから、ドアを閉めている意味がなくなる。だったら、ケイサツはドアを開けたままにするのでは?〉

〈お巡りさん次第なので、これも賭けですね。ですけど、ひとたびドアを閉めたなら、オルガさんが裸になってから元に戻るまでの間は、ずっとそうしてくれると思います。日本では、入浴のときは、それが当たり前ですから。もちろん、ぼくは男なので、長い時間二人でいたら、怪しまれます。急いで張り紙をする作業を済ませないといけませんね〉

〈すると、ここからが重要だな。どうやって、張り紙をするところまでこぎ着ける?〉

〈まず、オルガさんには着替えを渡しますので、ひとつひとつ、どういう衣類なのか、ぼくに質問しながら着けていってください。それで時間稼ぎしている間に、ぼくが道具でテクノロジーを使いはじめて、張り紙の下準備を済ませておきます。大事なのは、ドアが閉まっている間、日本語では着替えの話しかしないことです。なおさらお巡りさんが聞き耳を立てている可能性がありますからね。そして、準備ができ次第、速攻で張り紙をつくって、超人気の掲示板に載っけます。うまくいけば全体で、十分以内――分じゃ伝わらないか、ちょっとした歌一曲? くらいの時間でできます〉

〈そんな短い時間でできるのか。流石、魔法というだけはある。しかしノノ、一番肝心な張り紙の道具はいま、ケイサツの手の中にあって、手が出せないんだろう? それはどうする?〉

〈そうなんです。が、ひとつ、思い出したというか、忘れてたことがあるんです〉

〈というと?〉

〈実は、ひとつだけ、うっかり、お巡りさんに渡しそびれた道具がありまして……〉


 それがこのタブレットだった。

 寝る前や、休みの日に布団の中でゴロゴロ動画を観たり、漫画を読んだりするために買ったのだけれど、しばらくして、スマホで充分事足りることに気づいてしまった。それで正直持て余して、もったいない精神だけで月一回くらいだけ使っている、少々可哀想な機械である。

 ところが、ぼくがその存在すら失念していたおかげで、ここにきて突如、ぼくとオルガさんの救世主に急浮上したのだった。背面にある、果物をかたどった鏡面加工のロゴや、HeyPadという機種名の刻印が、燦然さんぜんと輝いて見える。持ってて良かった、HeyPad。

「靴下とやらを……履いてみたが……どんなものかな」

 オルガさん、かろうじて墨色の靴下を履いたものの、完全に興味が画面の方に吸い寄せられてしまっている。その瞳に映る光の色が切り替わり、タブレットの起動が完了したことが分かったので、ぼくは、くるりとタブレットの画面をこちら向きに戻して、ロックを解除した。

「ああ、良いですね、履き方合ってますよ」

 と言いながら、「芝居頑張ってください」というきもちをこめた視線をオルガさんに送ってみると、彼女は目をしばたいてから、二回、頷いてみせた。そして、

「履き心地は良いが、股引の代わりにしては、ちょっと薄いな」

 声色をぐっと引き締めた。すごい、ちゃんと伝わっている。「ああ、そうか、それで同じものが二組あるのか。重ねて履けということだな?」

「そうです。なんか足にも硬い鎧の靴? を履いてたので、厚い方が良いと思って……」

 ぼくは答えながら、まずはタブレットがインターネットに繋がっているかを確認した。見慣れたWi-Fiワイファイ接続のマークが画面の右上に出ていたので、ほっと胸をで下ろす。

「おお、それは鉄靴てっかと言って、靴は靴でも、単なるで、足には先に革靴を履いていたんだ。しかし、靴擦れを防ぐために厚みを持たせるのは正解だ。では、これも、履いてしまおう」

 オルガさんが長目に喋り、ゆっくり下着を着けてくれているうちに、ぼくはタブレットの翻訳アプリを立ち上げ、画面上のキーボードを叩いて、日本語を英語に翻訳する作業をした。あらかじめ二人で考えておいた、「張り紙」の説明文をつくるためだ。内容はこう。

『わたしはオルガ。から日本に来た。ともに魔王を倒した仲間たちとはぐれてしまい、彼らを探している。仲間たちの名前は、ヴィクトル、ユーリヤ、そしてパーヴォだ。もし彼らのことを知っていたら、メールして欲しい:(以下、ぼくのメールアドレス)』

 流石、最近の翻訳アプリ、人工知能の学習だかなんだかの賜物か、文字を打っている先からあれよあれよという間に、中学校レベルの英語しか分からないぼくにも理解できるような分かりやすい英文を生成してくれた。ありがとう翻訳アプリ。

 あとは、「張り紙」の本体、すなわち、オルガさんのビデオメッセージを撮って、「超人気の掲示板」、すなわち、インターネットの超人気動画サイト、ToTubeトゥーチューブと、超人気つぶやきサイト、heXunヘックシュンに投稿するだけだ。

 そう。

 ぼくの捻り出した方法とは、オルガさんをSNSデビューさせることなのだ。

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2025年5月16日 18:00
2025年5月21日 18:00
2025年5月23日 18:00

なんでもないぼくと戦士のオルガ 小河彰護 @ogosyogo

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